この変わってしまった世界を行く
出会い
馬鹿げた話だと一蹴できれば、どれだけの者が救われただろうか。
何処か遠くの方で爆ぜる轟音が鳴り響く。
現代兵器による徹底抗戦。それが日本の――いや、この世界にある大半の国が下した決断だった。
異世界キ・ガルシュ。
一方的な宣戦布告と共に侵攻を開始した、この世界とは異なる世界。
開戦から約一年が経過し、世界各国の戦況は解らない。ただ、日本の戦況が非常によろしくない事だけは明らかだった。
一年前まで普通に利用できたインターネットは使い物にならず、当然の事ながらスマートフォンは唯の板でしかなかった。物流は途絶え、食料の確保に四苦八苦する日常。治安は乱れ、同じ世界の人間だろうと味方だとは限らない。
可能な限りの安息を求めるのならば、自衛隊が駐屯する地に留まるべきだろう。少なくとも最低限度の衣食住とこの世界の暴徒からは守られるからだ。しかし、同時に異世界人からの攻撃に晒される危険性も存在している。それでも自衛隊と共にいる事にはメリットがある。
とは言え、俺は自衛隊と共に行動していない。
初めこそ自衛隊の庇護下に与っていたのだが、増え続ける避難民と連日の戦闘、それに伴う避難民による苛立ちからの空気。
そんな状況に嫌気が差し、知り合いにも告げずにこっそりと自衛隊の駐屯地を抜け出した。それが半年くらい前の話だ。
倒壊したビル群の合間を掻い潜りつつ、スーパーマーケットだった瓦礫の山の前に立った。缶詰などの保存食を掘り起こす為だ。その他にも使えそうな物が手に入れば回収するつもりだ。
人力で動かせそうな物は抱えて投げ捨てる。大き過ぎるもの、重過ぎるものは其処ら辺に転がっている適当な鉄棒を使って動かす。
「みかんとパイナップル……おっ、鯖缶もあるな」
瓦礫の下から見つけ出した缶詰。瓦礫に潰され変形しているが破損していなければ問題ない。発掘した缶詰を並べて問題なさそうなものを、その他に何処かで使えるかもしれない乾電池や消費期限が切れていない飲み物もザックに詰め込んでいく。
ある程度回収し終えたら、俺は速やかに移動を始める。
こういった施設の跡地には暴漢なども集まり易い。奴らは自衛隊の庇護下にはいられない故に食料調達も自らで行っているからだ。
パンパンになったザックを背負う。肩に食い込む重さに顔を顰めながら、そそくさと場を後にしようとした。
「よぉ、ガキ? 良い物持ってんじゃねぇか」
背後から投げ掛けられた声。
俺は内心で舌打ちしながらゆっくりと振り返った。
その先には三人組の男。着ている服はボロボロであったが、返り血のような跡も見受けられる。そこから察するに目の前の男三人は殺しに躊躇がないだろう。
ザっ、と音を鳴らして後退りする。
一対一ならば勝ち目はあったかも知れないが、一対三では勝ち目はないに等しい。荷物を投げ捨て逃げる事も考えたが、どうにも彼らは逃がしてくれないように感じた。
彼らの目の奥に光が無い。食糧難、殺し、異世界人の襲撃、変わってしまった世界の中で人間性が消失してしまっただろうか。
「俺たちは死にたくねぇんだ。食料にも限りがあるからよぉ、似たようなヤツ――特に男は片っ端からぶっ殺すって決めてんだ」
と、三人は懐から包丁を取り出した。
食料云々ではない。人間性の消失だけではなく、その身は狂気に支配されている。
目の前の三人は理性を失った獣だ。
全身から湧き出す冷や汗、早くなる胸の鼓動、乾く喉。
ジワリジワリと詰め寄って来る男三人を前に、俺はゆっくりゆっくりと後退る。
「死ねぇッ!」
男の一人が叫び、飛び出そうとした――その時だった。
ダンッ、と鈍い音が響き渡った。
同時に目の前の男三人の姿が消えていた。
一体何が……?
「異世界人とは言え、見捨てる選択肢はありませんでした。敵対の意思があるならば、この場で迎え撃ちますが……貴方はどうお考えでしょうか?」
その言葉と共に軽やかな足取りでやって来たのは、異世界キ・ガルシュの軍服を纏った少女。年齢は俺とそう変わらないように見えた。
翡翠の瞳、腰まで伸びた銀の長髪、凛とした佇まいで――彼女は優しい眼差しで俺を見ていた。
男三人を消し飛ばしたのは彼女の魔法だろう。
敵対したところで俺の負けはあっても、勝ちはない。
俺は両手を上げて、敵対の意思がない事を顕わにする。
彼女はそんな俺の姿を確認すると、小さく頷いて右手を差し出した。
「理性的な判断ができる方で助かりました。私の名前はアルシナート・クレナ・フェルツ。信じていただけるかは解りませんが、キ・ガルシュの脱走兵です」
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