誰カノ過去 一

___くらん、ぐらぁん。

目眩がした。

目の前は真っ暗で、肺が圧迫されたように息苦しくて空気が入ってこかった。

まだあの黒霊の領域だというのか。それとも、意識が落ちる間際に見た九尾の領域なのか。

それとも……俺はついに死んでしまったんだろうか。

行き着いた思考、真っ暗な視界。朦朧とする意識の中。


ふと、俺の耳に箏の音が聞こえた。

一定のリズムで弦をはじく、どこか悲しいような音楽だ。祖母がまだ元気だった頃、よく弾いてもらったっけ。忘れかけていた音がひどく懐かしかった。


俺はぼんやりと、何が映るわけでもないのに瞼を上げた。


「___彩椿さま」

『っ……⁉︎』


何も見えまい。そう思っていたら美女が現れた。

それ、何て名前のドッキリ番組かな?残念、現実……ということにしておこう。現実だよ。

突然の声と麗しすぎる視覚の暴力に、俺は目をパチクリとした。どうやら、薄ぼんやりとした照明の部屋で、着物姿の美女に寄りかかられているらしい。

………は?

物理の暴力より視覚の暴力の方がしんどい、心臓が千切れそうなんだが??

真っ暗でしかなかった視界がようやく晴れたと思ったら、和装美女が目の前に?

何を言っているかわからない?俺も今の状況が理解できない。

頭でも打ったのだろうか。いや、確実に打っているんだろう。あの黒霊は異様な程強かったし………とりあえず、上体を反らせて上目遣いをしてくる美女から距離を取るか。もう一回死ぬ前に。

ぐぐぐっと反り返って____

反り返れなかったわ。

目線も距離も、一ミリも変わらない。拷問ですか。

いや、マジ。すさまじいほどの美女なのだ。誰もが文句なしに認めるほど、綺麗な人だと思う。顔立ちは整い、肌は白くて紅が映える。まとめ上げた黒髪にいくつも簪を差し、煌びやかな着物は大きく襟抜きがしてあった。

傾国という言葉がピッタリ似合う。そんな人だ。

それが!しなだれかかって!きてんだぞ⁉︎

残念ながら、女性から熱視線を注がれるほど俺はイケメンじゃない。慣れてないんでそろそろ死にますが?

だからね、金縛りか何か知らないけどやめてくれませんか。

妖なの?貴女、意思疎通は図れるの??

俺は、困惑するまま口を開いた。

「どうかしたかい、桔梗?」

『っ……はぁっ⁉︎』

勝手に動いた口と、自分ではない声。ついに声が出てしまうが、目の前の美女は特に驚いた様子も無い。

意図せずの言葉をトリガーとしたのか、俺の身体は勝手に動き始めた。

そしてあろうことか、手にしていたお猪口に口付け、日本酒らしきものを一息に呷った。

俺まだ未成年だよ⁉︎

親戚のおじさん達が絡んできても、上手くかわして飲まないでいたのに!

彼女は潤んだ瞳でため息をついた。

「……彩椿さまはでありんす。」

……え、いけず?えっと、って意味だっけ、確か。と言うか誰だよ彩椿。

彩椿さつばきさまは、今宵もわっちと過ごしてはくれないでありんすか?」

鈴のような声が、彼女の口からこぼれた。

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物理でお祓いします! 夏 雪花 @Natsu_Setsuna

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