八話

かぎ爪のような足が腕を切り裂く。真っ直ぐ叩き込んだ拳に相手が怯む。

鋭い牙はこちらの喉を狙い、俺は千切れかけの数珠を強く握った。

ガパァッと開いた顎に、拳を叩き込もうとした瞬間。

手の中で、数珠が崩れた。

「はっ………」

肺から、空気が勝手に出ていった。人間は、驚愕すると声も出ないらしい。中に通ったひもが、ついに千切れたのだ。

___かぁん、かん、__かん、かつっん。

間抜けな音を立て、数珠が解けていく。最後の一粒が落ちていくのが、スローモーションで見えた。

真っ黒い大顎が、牙を剥き出して目の前に迫ってくるのも、同じように。

あぁ、絶対にテメェは

「来世で殺し___」


「はい、そこまで。」


唇に押し当てられた人差しに、俺の恨み言は止められた。

「軽率に、とか言うな」

突然現れた存在に、黒霊も俺も静止フリーズした。

頬をくすぐってくる尻尾は、ふわっふわで九本。ピンと立った三角の耳に、目の縁をなぞるように差された紅。濃紺の長髪は、紅色の髪紐で結われている。

化け狐の妖、その中でも上位の存在。九尾だ。

こちらに鋭い視線を向ける瞳は、琥珀色だった。

「その言の葉、魂を縛る呪いになるぞ」

『グギャオォォッッ‼︎』

また黒霊が吠える。俺は端切れのようになった呪布を握りしめた。

だが九尾が、俺を背に隠すように前に立ち

「あー、はいはい。……うるさいね。」

そう言って、足を振り上げた。

と旋風を巻き起こすほどの蹴りが、黒霊に叩き込まれた。

という漫画みたいな音を響かせ、黒霊が空高く舞う。なんて蹴りだ。格の違いを見せつけられた気分だった。

そんな気分の俺を放って、琥珀色の瞳を弓形に細めて九尾は言った。

「死ぬが良い、雑魚が」

ぱちんっ。

指が一度鳴らされ、それと同時に。

パァンッ。

黒霊は空中で爆ぜた。

俺は目を見開いた。珍しい、依代よりしろを必要としない力だ。使えるのは神のそばつかえか、……神格の妖か。

呆然とする俺を振り返ると、九尾はきりりとまなじりを吊り上げた。

「___いつまで傷をそのままにする気だ。」

「……え?」

首を傾げる俺に、九尾は苛ついたように声を荒げる。

「即座に止血し、妖力で止めんか馬鹿者!」

何を言ってんだこの人……あ、人じゃ無いんだった。

何を言っているんだ、この妖。

「妖力なんて、……俺、人です…よ?」

視界がユラユラし始めた。

やっぱり、戦っていたから脳内物質やら何やらでもってたけど、……ダメっぽい。

「おい?お前、おい!」

落下するように意識が遠のいていくのがわかる。

叫び声が聞こえるが知るもんか。


俺の意識は、そこでプッツリと切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る