第2話 近藤さんは話してみたい

「じゃあ、今日も河川敷な!」

「おう、荷物置いたらすぐ行く!」


そんな会話が日常のアタシは、昨日もあいつと話せなかった。


やっぱりアタシは気が強いし口も悪いから、話しかけてもらえない。

多分、こんな人間だから怖がられてんだろうな。

だから、それを知った上で、アタシの方から優しく話しかけるべきなんだけど…………


「近藤、次の大会、助っ人やってくれないか?」

「玲音ちゃん! 肌ってどうやってケアしてるの?」

「近藤さん、プリント運ぶの少し手伝ってもらっていい?」


休み時間はしつこい輩のせいで、一生七星に近づけない。

なんで見るからに不良のアタシを周りは頼るんだろうか。

肌のケアなんてしてねぇし興味すらねぇっつの。


いや、でも、今日こそは話しかける。

絶対に。

今日だけは、絶対に話しかけなきゃダメなんだ。


理由はちゃんとある。

今日は7月28日、七星の誕生日だからだ。

プレゼントも準備した。

プランは完璧なはずだ。


そんなことを考えながら過ごしていたが、結局。


「さよーならー」


声をかけることもできないまま放課後になっちまった。



アタシの席は窓際の一番後ろで、七星の席はその二つ隣の列の前から二列目。

少し距離は遠いが、進行を妨げる輩がいなければきっと辿り着けるはず。


そんなことを思っていたら、一瞬だけ、七星がこちらを振り返り、目が合った。

チャンス! ……だと思ったけど、七星はびっくりした様子であちらを向いてしまった。


やっぱりビビられてんな、アタシ。


いや、ここはポジティブに考えよう。

ビビられてるってことは、アタシは怖くないぞって伝えるために話しかければいいんだ。

一つ話題ができたじゃないか。

ポジティブシンキング。


あれ? ポジティブシンギングだったか?

シンキングだっけ、シンギングだっけ?


まぁどっちでもいい。



プレゼントの入った紙袋を手にとり、一列移動することに成功したアタシは声を上げる。


「なぁ、七……」


「玲音ちゃーん!」


しかし邪魔が入った。


んだよ、上野か…………

厄介なのに捕まっちまったぜ。


不服なことに七星とお揃いのピンク髪は、後ろ髪がきっちり切り揃えられたストレートロングで、前髪は熊手みてぇに整えられてる。

右ポケットには常にコスメ系を持ち歩いてる。

スクールカーストトップの陽キャ女。


アタシが一番関わりたくないタイプの人種だ。


ただ、人によって接する態度を変えるっていうのは、アタシの美学に反してる。

苦手なやつとも対等に会話はしなくちゃいけない。


「どうしたんだ?」


アタシは、できる限り優しく言った。


「あのね〜、私、掃除当番なんだけど……美容室行かなきゃいけなくてぇ。ほら、デキる女は髪の毛からって、ママに教わったでしょ?」


おめぇのママだけだ、という言葉は慎んだ。

ここで突っかかっても話が面倒になるだけからな。


「悪ぃけど、アタシも用事があってな。野球行かなきゃいけなくてな。ほら、デキるプロ野球選手は毎日の練習からって、親父に教わっただろ?」


「ん〜と……その通りだとは思うけど……それは玲音ちゃんのお父さんだけじゃないかなぁ?」


アタシが慎んだ意味よ。


「ま、てことで、掃除当番なら他を当たるんだな」


アタシにはもっと大事な用事がある。

お前みたいな男子なら誰でもいいって感じの女には絶対にわからねぇだろうな。



上野に背を向ける。

七星は帰り支度を終え、帰る直前になっていた。

急がねぇと!


「なぁ、七星」


次は話しかけることができた。

これ以降は邪魔が入ったらほんとに潰す。



「え、あ、あ、あ、えっっっっっっと……なっ、ななな、な、なんのご用でしょうかッ⁉︎」


ほんとビビられてんな、アタシ。


「いや……その……そんなにビビんなくていいぞ」

「あ、えと、その、決して怖がってるって訳では……」


え……?


「ほんとか?」

「ほほほほほほ、ほんとだよっ!」


衝撃。絶対に怖がられてると思ってた。


「それならまぁ、よかった。七星、お前に言いたいことがあったんだよ」

「え゙ッ⁉︎」


……やっぱり、本当は怖がってるんじゃねぇの?

いや、今はそんなことは今はいいんだよ。

言わなきゃいけないことがある。



「その……今日、誕生日、だろ? おめでと。これ、やる」


気恥ずかしくて、顔を見ることができない。

アタシは斜め下を見ながら、七星に紙袋を差し出した。


「え゙ッ⁉︎ これ、こん、こっ、ここ、っこれ、もらっていいの⁉︎」

「や、やるって言ってるだろ。受け取れ」


アタシはようやく七星の方を見た。

そして、目を見張った。


紙袋を抱えたまま、なぜか七星は泣いていた。



「え゙ッ⁉︎ え、いや、その、えと、嫌だったか⁉︎ そりゃそうだよな、あんまり関わりないこんなデカい女からいきなりプレゼントもらっても怖ぇよな! ごめん! マジでごめん!」


そう言いながら、アタシは七星の持っている紙袋に手を伸ばす。


すると……


「あ、まって……!」


七星が右手で涙を拭いながら、いつもより少し大きな声で言った。


「その、違うんだ。その……ね? あのね、僕、ずっと、ちっちゃいときから、こんな、プレゼントくれるような人、いなくて、こんなの初めてで……あの、ね。すごく嬉しかったんだ。ほんとだよ」



…………こいつは、どこの国から来た天使なんだか。


「このくらいで泣くなよ」

「あ、ごめん、見苦しいよね」

「違ぇ。そういうことじゃない」

「え?」


「別に泣くのはいいんだけどよ……まだ最初だぜ? これから、いくらでも祝ってやるってのに、最初で泣いちゃうか?」


それを聞いた七星の顔が少しずつ赤くなっていく。


「それって……」

「…………あ゙っ……ち、違ぇ違ぇ! い、いいい、今のは忘れろ! でも、とにかくな、せっかくの誕生日なんだから、泣くんじゃねぇ! あ、アタシは帰るから、まぁ、その、おめでとうございました!」


アタシは爆速でリュックを背負い、野球バックを肩にかけて教室から出た。


「近藤さん!」


すると、七星が、珍しく大きな声でこちらに向かって叫んだ。


「本当にありがとう! 大事にするね!」

「……別に、大事にしなくていいぞ」

「な、なんで?」


七星がポカンとした顔になる。


「だって、壊れたらまた買ってやるし……」


アタシは小さくつぶやいて、その場から立ち去った。

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女子力高めの遠野くんと男子感強めの近藤さん Lemon @remno414

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