第四話 あたしは遊行女だから。
翌年。
秋。
三虎、二十二歳。
「妻はもらわないのですか?」
ある日、訊いてみた。
もうこの歳なら、いつ妻を
───
と口にしてくれたら、どんなに嬉しいだろう。
(でもあたしは
そう思いつつも、訊いてみたい気持ちを抑えきれなくて。
訊いてしまった。
三虎は目を
「考えてない。オレは妻は持たない。」
「まぁ……。」
莫津左売はころころと笑ってみせ、
「困った
ちょんと三虎の胸を指でつついて、
「では、気になる
と戯れを装って訊いてみた。
三虎は首をかしげ、いつものムッとした顔で、
「気になる
大川さまの手が触れないように……。」
とそこまで言って、
「こら、何を言わせる。この悪い口め。退治するぞ。」
と悪い口は三虎の口によって退治されてしまった。
* * *
年明け早々、三虎は奈良へ行ってしまった。
十二月になり、やっと
帰国して翌日、すぐに会いにきてくれた。
「奈良土産だ。細工が立派だから、つい買ってしまった。」
と銀に
「本当に綺麗。」
莫津左売は簪を手にとり、ほうっとため息をつき、見とれた。
「ありがとうございます。大切にします。白珠が好きなのね? 三虎。」
簪、耳飾り、首飾り、指輪……。いろいろ三虎から貰ってはいるが、白珠飾りのものがほとんどだ。
「ん、オレが好きというより、莫津左売に良く似合うから。」
と三虎はちょっと笑った。
「莫津左売は白珠のようだ。白くて、光り方が柔らかくて、優しげだ。もちろん、綺麗だ。」
「ま……。奈良にいかれて、お上手になりましたこと。」
三虎からそんなことを言われては、本気で胸が早鐘を打ってしまう。
頬を赤く染めた莫津左売を三虎は優しく抱き寄せた。
その夜。
三虎は激しく肌をぶつけながら、
「オレは、奈良に行っても、どこへ行っても、他の誰とも、共寝してない、莫津左売!」
「……わかってるだろ?」
耳元で、吐息混じりに
* * *
だがその四日後。来てくれた時はまた全然様子が違った。
何かがあったのだろう。
笑顔を浮かべてはくれるが、どこか性急で、莫津左売をその腕に抱きながらも、ふっとどこか遠くを見てる。
顔がうわの空だ。
三虎がさ寝の最中にそのようになることは、今までになかった。
女の勘が働く。
(誰か、
四日前に来てくれた時は、全くそのようなことはなかったのに……?)
莫津左売は、頭を痺れさせるような
また、遠くを見ていたからだ。
「……?」
三虎が動きを止め、なんだ、というように莫津左売を見下ろした。
莫津左売は控えめに、
「何か心配ごとでも……?」
と穏やかに訊いてみた。
三虎は目を見開き、苦笑し、莫津左売の手を握りしめ、こちらの目を覗きこんだ。
目は笑っていないが、口元に苦笑の名残りが甘い笑みとなって残っている。
「なんでもない。」
「み、あ……。」
三虎がぐいと莫津左売の足を上にあげ、口づけをはじめたものだから、新しいくわいらくの波がやってきて、莫津左売は身悶えする。
そのまま、三虎と、くわいらくの渦に飲まれる。
* * *
それから五日ほどして、
沢山の
心配だ。
すぐに賊を追い打ち、宝物も全て取り戻すことができたそうなので、さすが
そして三虎は……。
大川さまを
まだ寝床にいて、大川さまの従者の務めからは離れているが、命に別状はない、と
それでも、心配でたまらない。
見舞いに行き、無事な顔をたしかめることすらできない。
「オレは早く衛士の務めに戻りてェェェ!」
と
「これを三虎に、お願い……。」
と梅の枝の便りを託した。
(あたしと三虎の間に和歌のやりとりはいらない。)
まだ花をつけぬ梅の枝に、白い布をクルクルと丸め、白糸で縫い、白梅をあしらった。
薄紅と白の紐も結んだ。
(あたしの想い。
これで三虎は分かってくれるはず。
あたしのことを、白珠のようだ、白くて光り方が柔らかくて、優しげだ、と言ってくれた三虎ならば……。)
はたして、三虎はその夜、すぐに来てくれた。
「三虎!」
莫津左売は三虎に駆け寄り、身体を案じ、そっと身を三虎に擦り寄せた。
「莫津佐売……。心配をかけたな。」
と三虎は優しく左手で莫津左売を抱き寄せてくれた。
さっと浮刀自が口を挟む。
「
浮刀自がニコニコ顔で両手を三虎に差し出す。
「ああ、これで良いか。」
と三虎が左手を莫津左売から離し、懐から小さな白い紗の袋をだした。
それを浮刀自に渡す。
いそいそと受け取った浮刀自は、紗の袋から中身を早速取り出す。
手の平にころんと出てきたのは、小さな丸い琥珀。
雀色で、薄く透け、艶のある光を放っている。
「ワッホ───!」
あまりの高価さに浮刀自がニンマリした顔で叫び、
「ええ、良いですよ、食事はすぐに運ばせますからね。どうぞごゆっくり、ホッホッホ……。」
と部屋を出ていった。シャララ、鈴が鳴る。
三虎はもう、
莫津左売の部屋で夕餉をとるためだけの、別料金。それにしては、ポンポン高価なものを支払いすぎだ……。
思わず、そこまで払わなくても良いんですよ、と言いたくなり、
「三虎……。」
と声が出てしまう。
「ん?」
と三虎が
「惜しかったか? 心配ない。莫津左売の分もある。」
とまた懐から白い紗の袋をだし、莫津左売に渡した。
中身を取り出すと、先程より大ぶりな、立派な琥珀がでてきた。
「まあ……!」
莫津左売は驚く。
「ハダカ石だからな。そのまま身を飾れないから、好きな衣に変えるなりなんなり、好きに使うと良い。」
気が利きすぎだ。
(こんなに想われて、あたしは何としよう……。)
琥珀を握りしめ、
「ありがとうございます。」
と三虎の胸にしなだれかかる。
「梅の枝の便り、嬉しかった。
だがもう、あんなことをする必要はない。
ちゃんと身体が回復してから、奈良に行く前に逢いに来るつもりだった。」
「はい。」
(嬉しい。)
三虎に顎をとられ、優しい口づけをうけ、うっとりと顔を離すと、
「オレ、ここでは優しくできるのになぁ。」
と三虎がため息をついた。
「
ちょっと怖くないよう頑張ってみたんだが、ダメだった。もう全然ダメ。」
と三虎は不服そうに言い、ふっと笑い、ついばむように口づけをし、至近距離からこちらを見つめ、いたずらっぽく笑った。
「オレの顔は怖いか、莫津左売。」
そう
「怖くありません。」
と莫津左売はにっこり笑って言った。
その後、今日は満足させられないかも、と心配そうに呟く三虎に、
「そんなことは良いんですよ。
こうして顔が見れて、肌が重ねられれるだけで、あたしは幸せ……。
今宵ぐらいは、あたしに任せて下さい。
身体を労って。寝てるだけで良いのよ……。」
と莫津左売は熱く囁く。
(あたしは
たまには、良いでしょう……?)
そして、安心した。
前回のさ寝のように、どこか上の空、ということは三虎になかった。
* * *
十一月。
遣唐使船に乗る、という話を、本人から聴いた。
「これは本当に死ぬかもな。達者でな。」
といつものムスッとした顔で言うので、本当に憎らしくなって、下腹を思いきりつねりあげてやった。
流石に三虎は顔を
莫津左売は熱く、熱く、自分の持てる術全てを使い、熱く柔らかく押し包み、足を使い身をひねり、奥でぐいとひねり上げてやったので、
「うぐっ……、はぁ。」
と三虎はぞくぞくするような声を出した。
三虎もいつもより強く肌を打ちつけてきた。
他の誰にも見せない不安を吐き出すように。
莫津左売は身体の奥底から震え、白い光を頭の中に散らせながら、
「三虎、帰ってきて。」
と言った。
(あたしの何を、あげても良いから……。)
とは口には出せず、願いながら。
涙が枯れず、頬を
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093072803461640
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