三虎、吾が夫 〜遊行女の恋〜
加須 千花
第一話 莫津左売は十六歳。
うち
満ち
ただ一人のみ
日の光輝く、宮に通う道。
この道を
万葉集 作者不詳
* * *
奈良時代、
十二月の冷気を含んだ風が、ざっ、と吹き、
石畳の道を、すらりと背が高く、後頭部で
三虎、十五歳。
腫れぼったい目。
むすっと不機嫌そうな口元。
ふだん、顔の表情があまり動かず、無愛想な印象の若者である。
石畳の道の先を歩く、
「
と声をかけた。
「なんです?」
荒弓と呼ばれた
「おまえ、
相場を教えろ。」
荒弓は目をぎん、と輝かせ、
「おおおお、三虎……。」
と感動のあまり口ごもった。
「
いつも無表情でいる三虎だが、この時は、腫れぼったい目を、かっと見開き、
「……鳴らす!」
高らかに宣言をした。
「とうとう、とうとうですか。」
荒弓は心底嬉しそうに
「鎌なら十本。麻布なら
その後、酒一
それ以上呑みたかったら、追加のお代がいります。
その後、別建ての部屋に移って……。むふふ……。
ああ、お気に入りの良い
先払いの品は、全て
一気に喋った。
三虎は呆れ顔になった。
「おまえ、本当、詳しいな……。なんで事の後なんだ?」
荒弓は、
───気をつけなきゃ、めっ!
と叱るような顔になった。
「そりゃあ、先にあげると、事の後にも、もっとくれ、とせびられるからです。……巻き上げられますよ。」
三虎は無表情のまま頷き、
「わかった、もう良い。助かった。」
とくるりと背を向け去ろうとした。
荒弓はガッと腕を掴む。笑顔で逃さない。
「一人ですか? まさかそんな事ないですよね? 明後日奈良に行ってしまうのに。
我らが三虎の初めての掛け鈴ならしの日、大勢で祝わせて下さい。」
「何が我らが三虎だ!」
三虎は憤慨したように叫ぶが、
「寂しいよ───お。
と荒弓はぎんぎんの笑顔でせまる。
はぁぁ、と三虎はため息をつく。
(……たしかに昨日は、徹夜で無理な仕事をさせたな。
豪族の生まれの三虎は、
荒弓は、その下、卯団を実質取り仕切る、
「木綿十
それ以上は出さん。
その範囲で遊べる人数を選んでこい。相撲でもとれ。」
「やったー!」
荒弓は万歳し、衛士舎のほうに駆けていった。
* * *
雪が降っている。
「まあ、まあ、まあ、
なんて立派でいらっしゃるんでしょうねぇ、さあ、中へどうぞ!」
歳は五十はいってるだろう
木綿十
あの後、
荒弓はじめ厳選された
「さあ、さあ、今日は特別、好きな
と
(持ってきたお代次第、ということか……。)
広間の壁際に、十五人の女がいっせいにズラリと並ぶ。
皆色とりどりの衣をまとい、思い思いの髪形を結い上げている。
(歳は十五歳くらいから、上は三十歳くらいだろうか。良くわからない……。)
それだけの女がいっせいに並んでいると、豪華絢爛でまばゆかった。
「さ、さ、若さまからお選び下さいね。」
と
振り返ると、笑顔で、
「馴染みの
と一人を指差す。
うん、と頷くと、荒弓は壁に並んだ
「さあ!」
と浮刀自が手を一つ打つ。
十四人の
(うっ……!)
にわかに三虎はたじろいだ。
* * *
(いけない。頑張らなきゃ……。今日こそは客に選ばれないと。)
求められる教養は簡単なものではなく、手練れの
加えて、客に選ばれなかった
客の残り物をつまんだりするが、それとて給仕役に堕ちた
そしてそれが七日続けば、昼餉も食べれない。
救済策はある。
渡す品物がある遊行女ならば……。
机に置かれた酒肴の、鹿の燻し肉と、栗おこわ、
(ダメよ、鳴らしちゃ。頑張れ、頑張れ……。)
会話を弾ませる
もう昼餉だけの日が七日続いていた。
明日のことを考えると恐ろしい。
(お願い、選んで、誰でもいい、お願い……。)
一人の体格の良い、人のよさそうな笑顔の
あの若い
(いいなぁ……。)
すらりとして背が高い。
(あたしと同じくらいの年齢かしら。)
腫れぼったい目、ちょっと神経質そうな眉、表情が硬い。
きっと武芸の腕も立つのだろう。居住まいが凛々しい。
初々しい。
女達の
突如、若い
「
(あっ、わかる!)
「
言えた。
いっせいに皆が静まり返り、
若い
ぐぅ────。
ぷっ、あはははは……。
(恥ずかしい! 立っていられない。)
莫津左売はしゃがみこんだ。もう笑顔も作っていられない。
(泣きそう……。)
うつむき、目をつむり、耳を塞ぐ。
その手を、誰かにとられた。
ハッとして見上げると、
若い
笑ってない。
「お腹減ってるの? おいで、食べよう。」
その
力が強い。
お腹をすかせ続けていた莫津左売は、立った時、ふらついてしまった。
「あっ……。」
「おっと。」
男の背は薄いのに、びくともしない。
嗅いだことのない、甘く奥深く幽遠な香木の匂いが、ふっ、と香った。
莫津左売は真っ赤になる。
まわりの
「わざとらしい……。」
とヒソヒソ言うのが聞こえ、身が震えた。
若い男は、莫津左売の左手をとり、莫津左売を胸に抱いたまま、大丈夫というように、ぽんぽん、と軽く莫津左売の背中を叩き、首だけで男達のほうを向き、頷いた。
「わぁい。」
と男達がいっせいに
「オレオレ、どぉ───?」
と話しかけはじめる。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093072803020198
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