生き仏の運命
敬二郎が投げた米は食べ尽くされ。村人達はまた、敬二郎の家を囲み叩いていた。
「待て!この中に生き仏様はいらっしゃらないぞ」
嘉兵衛が壁に耳を当ててそう言った。
「生き仏様が逃げてしまった。ああ、我々はどうすれば良いのだ」
与一郎は口元が泥まみれだった。泥を吐くように叫んだ。
「父上。僕が中を調べます」
竹吉が、与一郎に言った。彼は信じられない怪力で家の壁を剥がし始めた。
バリバリと音をたてて壊される壁。
竹吉は手から血を流しているが気にしない。
「生き仏様。どこに、どこにいらっしゃるのですか」
そう呟きながら、壁を破壊する。
そして、絶望した。
「いない!いらっしゃらないぞ」
すぐに雲海僧侶が言った。家中に人が入った。
ところ構わず荒らし、そして抜け穴を見つけた。
「探せ!探すのじゃ。生き仏様を捕え祭り上げるのじゃ」
嘉兵衛の命令で村人は走り出した。
中には走る気力も起こらず、その場で倒れる者もいた。
倒れた村人を他の村人が踏みつけて行く。
まるで、見えていないように。
それは地獄絵図そのものだった。
「紀一様。全ての門と扉の戸締りが終わりました」
清山家では使用人が報告した。
敬一郎とその妻、息子は震えている。
「父さん。村人達はどうしちまったんだい。狂気の沙汰だったぜ」
敬一郎は怯えて辺りを見回しながら言った。
「次期頭首が怯えるな。敬二郎の優しさが人の心に隙間を作った。その隙間に悪魔が生まれたんだ。俺たちは関係ない」
そう言い切ると、紀一は夕食を始めた。
敬二郎はこの期に及んで尚、話し合いで解決しようとしていた。
自分は仏などでは無い、ただの人間だと言えば解決すると思い込んでいた。
森を走っている時、村人の数人に敬二郎は見つかった。
「生き仏様だ!捕らえろ」
ひとりが叫び、走ってくる。この声に導かれるように四方八方から村人が走り近づく。
「皆さん。落ち着いて下さい。僕は人間です。ただの人間です」
しかし、敬二郎は足を捕まれ、囲まれた。
「生き仏などいません。ただ人がいるだけです」
敬二郎は抵抗をやめない。斧は既に奪われた。
「生き仏様は混乱なさってる」
聞き覚えのある声が後ろでした。竹吉である。
振り返ろうとした刹那、敬二郎は意識が消えた。
コンコンという乾いた音が耳元に響いている。
立ち上がろうと下が何かに阻まれた。
敬二郎は自分が棺桶に入れられている事に気づいた。
顔の部分だけ観音扉のように開いているが、狭く、腕をあげることは出来ない。
耳に響く音はおそらく釘を打ち付ける音だろう。
「よし。生き仏様を運ぼう」
雲海僧侶の号令で棺桶が持ち上げるられる。
「待ってくれ。出してくれ。僕はいとと約束したんだ。帰らないといけない」
敬二郎の声は聞こえていないのだろうか、誰も反応しない。
顔にあたる雨が不愉快だった。
何度も叫んだが、棺桶は村を巡回した。
吊り橋の近くを通った時。「橋が落ちている」と誰かが気づいたようだが、周りは特に気にしていないようだった。
暫くして棺桶は清山家の前で止まった。
「庄屋殿!庄屋殿!敬二郎様は生き仏として我々が貰い受けました。よろしいでしょうか」
林蔵が声を張り上げた。
すると、清山家の門が開き紀一が現れた。
「村のため、我が息子は生き仏としてお渡しする」
すると、敬一郎が現れた。
「どういうことですか父さん。敬二郎はどうなるだよ」
「黙れ!これが飢饉を終わらせる最後の方法だ。黙って見ておけ」
棺桶は動き始めた。
「お父様!お兄様!いとを会わせて下さい。助けて下さい」
しかし、紀一は何も言わない。敬一郎は頭を抱え唸った。
西厳寺の周辺の森で棺桶は降ろされた。
すると、土が掘られる音がした。
敬二郎は自分の死を覚悟した。
ひたすらいとの名を呼んだ。
掘られた深い穴に棺桶は落とされた。
顔の前の観音扉は閉じられて暗黒が敬二郎を包んだ。
「生き仏は真の仏となるために旅立たれる。みな土をかけよ」
棺桶の上に湿った、重い土がかけられる。
村人はみな表情がない。
「いと、いと。生きてくれ。いと」
敬二郎はいとの幸せを祈ろうとした。しかし、心のどこかで自分と村人を呪っていた。
彼の優しさは土の下に埋められて、激しい怒りと呪いが村にはまとわりついた。
棺桶のあった場所には石碑が建てられた。
敬二郎の棺桶の酸素は少なくなってきた。呼吸は荒くなり、めまいと吐き気が襲う。
暴れてもビクともしない棺桶。
「うわぁーーー。うっ、うわぁーーー死にたくない。死にたくない。い、いと、生きろ。大倉村、呪い、呪って。や、る」
敬二郎の体は激しく痙攣すると、動かなくなった。
ちょうど同じ時刻。
白沢村の吊り橋付近の家で、いとは男児を出産した。
「生まれてくれてありがとう。お父さんを待ちましょうね」
いとの待つ敬二郎は現れることは無かった。
清山いとは息子と共に、白沢村で暮らすことにした。
恐ろしい大倉村には戻れなかった。
いとは毎朝、吊り橋の前まで行くと大倉村を呪った。
敬二郎を殺し、いとと息子の人生を奪った村を呪い続けた。
大倉村は飢饉が続いた。
清山家の人々は逃亡を試みたところ、土砂崩れに巻き込まれて滅亡した。
村人は疲弊し、動けなくなり白沢村との谷に身を投げる者も多くいた。
二年後。
大地震が襲い。大倉村は山崩れによって壊滅した。
村の家々は全て山に飲み込まれたが、西厳寺近くの森だけは何かに守られるように土砂が襲わなかった。
現代。
白沢村に住む少年ふたりと、少女ひとりは探検をしていた。
「待ってよ。この吊り橋の向こうに子供だけで行っちゃダメだって、おじいちゃんが言ってたよ」
谷にかかる吊り橋を渡る前、少女が呼びかけた。
「大丈夫だよ。この前も俺たち渡ったぜ。面白い石碑があったんだよ」
少年ふたりは走って行く。
あとを追う少女。
少しして、石碑に辿り着いた。
不思議なことに石碑の周辺だけ木が一本も生えていない。
「すごいだろ。昔ここに村があったらしいんだけど、山の下敷きになったらしいぜ」
少年の言葉に、思わず地面を見る少女。この下に人がいるかもしれないと思うと恐ろしかった。
「まあ、手でも合わせて帰るか」
もう一人の少年は言った。三人は手を合わせ、石碑に背を向けて歩き出した。
いと。いと。元気か。
「ねぇ。今声がしなかった。男の人の」
少女が立ち止まる。「いと」そう呼ばれた気がした。
「なんだよ。してねぇよ」
少年達は木の枝を振り回しながら歩く。
少女は足がすくんで動けない。
「何やってんだよ清山。置いてくぞ」
「待って!」
清山結は走った少年ふたりに追いついた。
生き仏 栗亀夏月 @orion222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます