男の視点 2

 俺はが出かけるために開けた扉からささっと飛び出し、原因と思われるペットグッズの販売員を探した。

 とはいえ、あてがあるわけではない。つまるところ接点はあのバーだけだ。

 俺はなんとか徒歩…… 四足歩行で目立たないように街を歩き、行きつけのバーに到着した。

 だが、まだまだ昼間。店は開いているはずもなく。

 仕方なく店の裏手でマスターが現れるのを待った。

 しかしそこから数分も経たないうちに勝手口のドアが開き、マスターが現れた。手には大きなゴミ袋が。

(ああ、開店準備か)

 しかしこのタイミングを逃す俺ではない。急いで近づき、マスターに声をかける。

「みゃおん」

(!!)

 第一声を放つと、俺は愕然とした。

 そりゃそうだ。今、俺は人じゃない。

「お、西東さんじゃないですか。昼間っから珍しい」

(!?)

「まだ開店前ですけど、ちょっと寄っていきますか?」

 マスターは勝手口を大きく開けて、俺を招き入れてくれた。


「本っ当に申し訳ない!」

 そこから、例のサラリーマンが来るまで待たせてもらった。というか、マスターはそのサラリーマンとそこそこの知り合いで、仕事中ではあったが呼び出してもらった。外回り中だったそうで、一時間もかからないうちにサラリーマンは店に来た。

「あなたが現地人だったとは知らず、トンデモないものを渡してしまいました……」

 マスターからさらっと聞いていたが、どうも俺はとんでもないバーを行きつけにしていたらしい。

 このバーは、宇宙人…… つまり、外惑星からきた知的生命体が地球に出稼ぎに来ているサラリーマンが利用する憩いのバーなんだそうだ。

 うん、よくわかんない。今でも。

 普通なら宇宙人以外は見つけることも入ることもできないように、地球人専用の認識阻害バリアが張られているとか。つまり、普通の地球人にはただのビルに見えるらしい。とんでもない技術だ。

 しかも最悪なことに、マスターは俺が地球人だと知っていたという。それなのにいつも通り客として接していたのは「面白い客だから」という理由からだという。ふざけんな追い出してくれ。

 だから、ここに来る客も基本的に砕けた態度で飲みにくる。そりゃそうだろう、周りは自分たちと同類であるはずなのだから。

 そう言う流れからもこのサラリーマンは自分の仲間に商品を勧めたと思っていたはずだ。彼に悪気はない。

「みゃおう、みゃうん?」(俺はこのままですか?)

「いえいえ、一応現地人に使用した例もありますし、戻れることも確認しております」

「んにゃぁあ?」(どれくらいで?)

「そうですね、飲んだ量にもよりますけど三日もかからないと思います」

「みゃ! みゃうん!」(三日!? 長い!)

「いえいえいえ! こちらもサポートします! 現地人の方と問題を起こしたなんて上司に知れたらクビですからね……」

 と、サラリーマンは鞄から何かを取り出し、俺の首につけた。

 戸棚のガラス越しにそれを見ると、赤い帯に金色の模様が入った綺麗な首輪だった。

「タイムマーカーです。昨日の深夜にセットしましたから、貴方が元に戻った時に水を飲む前の状態まで戻ることができます」

 え?

 今さらっととんでもないこと言いました?

「にゃー、なーぉ」(どういうことですか?)

「ああ、つまり水の効果が切れると自動で飲む前に戻ります。また水を飲まないでくださいね。同じことが起きますから」

 なにそれすっげぇ。

「でも、記憶は残りますし、逆に飲んじゃったらまた来てください。もう一度マーカーをお付けいたしますから」

 それはつまり、俺はダッシュの姿のまま遊べて、元にも戻れるし、なんならその間の時間が巻き戻ると。

 ……最高じゃね?

「にゃうん!」(それなら言うことなしですね!)

「気に入っていただけたなら、どうかこのことは……」

 他言無用ということだろう。そんなの、誰に言ったって理解してもらえるはずがない。

 俺は分かりやすく頷いて答える。

「ありがとうございます! それでは、今日のノルマが埋まってないので……」

 サラリーマンはそそくさと外へ出て行った。

 扉から漏れ入った光はまだ明るく、俺はこの姿のままもう少し外を歩いてみようと思った。

「みゃー」

「え、お出かけされるんですか?」

 扉の前に立ってマスターに声をかける。

「普通なら出かけずに家でおとなしくされる方がほとんどだというのに、やはりあなたは面白い方だ」

 マスターはにこにこと笑いながら扉を開く。

 眩しい。

 ふわっとかかる風が心地いい。

 昼前の陽気に眠くなる目を無理やり開き、いつもと同じ場所をいつもと違う視点で見上げ、数日限りの大冒険に多少心を動かされていた。

「にゃうん」

「はいはい、当店はいつでも大歓迎ですよ」

 仕事をするようになってからは、まともに太陽の下を歩くことがなくなったのを思い出し、じんわりと暖かくなったアスファルトをその肉球で確かめながら、馴染みの道を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『ニャン』ルーム・マンション 国見 紀行 @nori_kunimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ