第38話 グラム少年の理解度
現在、グラムは両目を挙動不審に左右に泳がせたまま、身体を硬直させていた。
目の前のローテーブルには、ボードゲームのコマやサイコロ、トランプに積み木崩しのレンガなどの遊戯グッズが広げられているが、彼のボスは特にそれで遊ぶわけでもなく、先ほどから奇行を繰り返している。
「あのさ……シャル、さっきから何をしてるの……」
グラムをソファーの端に座らせ、彼の太ももの上に頭を乗せては、シャーロットは何度も頭の位置を変えていた。
「予想外にグラムの太ももが固い。思ってたのと違う……」
形の良い眉毛を八の字にして非難を示すと、彼女は彼の太ももに頭を乗せたままグラムの顔を見あげる。シャーロットはしばらく彼の太もも枕に我慢して頭を乗せていたが、思いのほか寝心地が悪かったのか諦めて起き上がった。
さて、こうなる十分ほど前、グラムは宿直室へ行こうとしたところをタイミングよドアを開けたメグに「一緒にゲームして遊ばない?」とシャーロットの部屋に引き入れられたわけだが、すぐにメグは「あ、仕事忘れてた」と、わざとらしく言って、シャーロットとグラムだけを部屋に残して出て行ってしまった。
そして、新手の拷問をグラムは受けていたわけだが……。シャーロットが起き上がり、ようやく解放されたと安心したのも束の間、今度はソファーの端からもっと中央に寄れと未来の女王様に命令される。
(嫌な予感しかしない……ッ!)
などと思いはしたが、シャーロットの命令には逆らえないので、大人しくグラムはソファーの中央に腰を移動させた。だがそれは先ほどよりも過酷な拷問の幕あけであった……。
シャーロットはソファーの上で立膝をすると、「んしょ」とグラムを跨いで彼に向かい合って太ももの上に腰をおろす。それから、小さな子が親に抱っこされるように、グラムの首に手を回して抱きついた。
(俺、死ぬかもしれない……)
唐突すぎる想定外の事態に、またしてもグラムは金縛りにかかったように固まる。ビックリして行き場を失い、宙に浮いた形になっている彼の両手はどこに置いたとしても問題がありそうだ。そんな彼の混乱を知ってか知らずか、シャーロットは抱きついてグラムの首筋に自分の頭を擦り付けた。
「……疲れた。癒して」
親友のメグと彼にしか見せない年相応の少女の声で、彼女は甘えてみせる。だが、同い年の恋人は両手を宙に浮かせたまま、一向に触ってきてくれなかった。そして、情けない声を出す。
「……あの……えっと……シャーロット殿下、俺は何をすれば……」
「もうッ! 頭、撫でて! 背中、撫でて! あと抱きしめて!」
察しの悪い恋人にシャーロットはむくれたようにそう命令し、気圧されしたグラムは「はい……」と小さな声で返事をする。彼は宙に浮かしていた両手を観念して彼女の身体に置いて、慣れない手つきで言われた通りにしていく。
右手で彼女の頭を撫でながら、その頭の小ささと触り心地の良い髪の毛に触れ、左手で彼女の背中をそっと触る。手のひらから彼女の体温が伝わってくるたびに、熱が出てるんじゃないかと思うほど、グラムはフワフワとのぼせていくような感覚に襲われた。
しばらくグラムに撫でられて、だいぶ満足したシャーロットは、昼の出来事を思い出して、彼の肩に頭を置いたまま彼に話しかける。
「グラム、もうヤキモチは焼かないの?」
自分の周りの男性に、いかにも「気に食わない」といった顔で絡む幼馴染の男の子を見るのが、シャーロットの密かな楽しみだった。しかし、今日は長身の美男子であるラフレトに、グラムは全く興味を示さなかった。シャーロットは少しだけそれがつまらなかったのだ。
「それ、ガルバさんにも言われたんだけど……」
ぽつぽつと彼は持論を話し始める。
「シャルは王様になるんでしょ? 王様って、貴族の奥さんが何人もいたり、他にも結婚はしない恋人がいたりするしさ。だから、シャルもゼロイセンの王子様と結婚して、それで俺は恋人って感じになるのかなって」
ゼロイセンの皇太子と結婚せずに済むように、日々精神を削り何十歳も年上の男性たちとやりあっているわけであるが、シャーロットはそのことは言わずに黙って話の続きを待った。
「今までは俺の一方通行だったし、それになんていうか……シャルが取られちゃう気がしてたけど、シャルが取る側だって、ようやく理解したというか……」
「なにそれ、私がフィリップ兄様みたいに、たくさん男性を侍らせるってこと?」
「いや! だって、シャルがしたいなら、できる立場になるってことでしょ?」
グラムの肩で口を押えて、シャーロットは「ブククク……」と笑い声を押さえる。予想外の珍回答だった。
私の想い人はなんて可愛らしい人なのだろう、シャーロットはそう思って彼の肩から身体を離すと、グラムに口づけをした。少しだけ驚いたようだったが、グラムも彼女のキスに応える。何度かキスをしあった後で、彼は彼女の腰を優しくつかむと互いの身体を引き離した。
「あの……これ以上は……その……俺、死にそうなので……」
顔を真っ赤にして、そう絞り出した恋人を見て、シャーロットは今日はこの辺で勘弁してやろうと、彼の膝の上から降りた。
コンコン。
その時、ちょうどいいタイミングで部屋の扉がノックされる。メグだ。密会終了の合図。シャーロットはソファーから立ち上がり服を整える。それから、グラムの方に振り返り「メグが帰ってきたから」と声をかけた。
「いえ、お構いなく……」
なぜか、グラムは意味不明なことを言って、なかなかソファーから立ち上がろうとしない。その様子にシャーロットは、はたと彼の事情に気が付いて好奇心で目を輝かせた。
「ねぇねぇ、見せて!」
シャーロットはグラムをソファーに押し倒すと、彼のズボンのベルトに手をかけたので、グラムは慌ててベルトを押さえた。
「はぁ????! なに言ってるの! ちょちょちょ……ちょっと!」
なんとかベルトを取られないように死守するグラムに、シャーロットは頬を膨らませて怒る。
「その時が来たら、どうせ見るんだし、先に見ておいてもいいでしょ!」
「ほんと、なに言ってるの!?!?」
部屋の中で二人が決死の攻防戦を繰り広げている頃、ノックをしても反応がないメグは廊下で心配していた。あまりに変な間があれば、扉の前の衛兵たちに二人の仲を疑われてしまう。
仕方なく中の状況がマズい状態でないことを信じて、メグは扉を開けた。扉の先に広がっていた光景は、マズいといえばマズいかもしれないが、なんというか……。
「……想定とポジショニングが逆ね……」
ソファーの上で襲いかかっているのは、どう見てもシャーロットの方だった。
「何が起きたら、そうなるの」
メグは呆れた声をあげる。
「ちょっと、メグ! 見てないで、シャル止めてよ!」
シャーロットにズボンをおろされそうになっているグラムが悲痛な声でメグに助けを求めた。
「いいじゃん! 減るもんじゃないんだし!」
「減る! 俺の中の何かが確実に減るッ!」
グラムの「ヤダーッ!」という絶叫が、王都の夜空に響き渡ったのだった。
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