第36話 少女よ、大志を抱け

 シャーロットとの会話は十五分ほどだったが、ラフレトは精神を根こそぎ削られ、廊下に出た時はホッと息を吐いた。明らかにシャーロットの方が年下なのに、まるで子供の頃に戻って教会のシスターに悪さを叱られた時の気分だ。


(王女様って、やっぱり同じ人間だと思えないな。あんなキレイな人、初めて見たし)


 大抵の女性は、外見のお陰で自分に甘いことをラフレトは自覚していたし、それを意識的に人付き合いで使うことも多い。しかし、シャーロットには通用していないようだった。


 ただ、外見には一切興味を持たれなかったが、自分の発明品に興味を持ってもらえたことは嬉しい。ラフレトの中身に興味をもつ女性は初めてだ。


(でも、国内でゼロイセン同様の技術を学べたらって、一体なんの話なんだろう)


 父親にサインを書いてもらったゼロイセンへの入国許可証申請書を確認し、狐につままれたような気持ちで、ラフレトは王城を後にした。



◇◇◇



 警備の交代要員が来て、近衛隊本部の庁舎へ戻る道すがら、ガルバはグラムに話しかけた。


「お前さ、ラフレトにはなんかないの?」


 グラムはキョトンとした顔を上司に返す。


「ラフレトって誰っすか?」

「はぁ? いやだから、さっき来てた俺の息子だよ。失礼な奴だな」


 ガルバは自分よりみるみるうちに十センチ以上高くなってしまったグラムの顔を、眉をひそめて見上げた。


「ああ、息子さん……で、なにかってなんすか?」


 ラフレトは目立つ。彼を見た人間が彼のことを忘れていることなど、今までありえなかった。だが、グラムは本当に覚えてないようだった。


「いや、いっつもシャーロット殿下に近づく男には、お前ギャーギャーうるさいじゃん」


 ガルバの言葉に、グラムは足を止める。そして、口に手をあてて珍しく考え込んでいるような顔をした。


「確かに……」


 指摘されるまで、自分の変化に気が付いていなかったグラムに、呆れた顔をガルバは向ける。


「お前、シャーロット殿下となんかあったんか?」


 グラムの顔がみるみる赤くなったのを見て、ガルバの顔は逆に血の気がひいて青くなった。


「おいおいおい! ちょっと待て。お前、本当になにあったの! え! どうしよう! 聞きたくない! 責任問題になっちゃう! 俺、失業したら、息子が留学できないんだけどッ!」


 混乱し騒ぐガルバの口を慌ててグラムは塞ぐ。道の左右を確認して、幸い誰もいないことにグラムは安堵した。グラムはガルバを引きずって、通路の植え込みの後ろに、しゃがみこんだ。


「マジ静かにしてください! ガルバさんが考えてるようなことは……してませんって」

「なに、今、があったよね? そのなに! ほんと聞きたくないけど、聞きたい」


 グラムは「ああ、もう」と言って、うなだれる。それから、両手で隠してから顔をあげた。


「……シャルに気持ち伝えて……受け入れてもらえた……だけです……」


 告白した時のことでも思い出しているのか、湯でタコのように首まで赤いグラムを見ながら、ガルバは「こいつ、まだ童貞のままだな」と確信し安心する。そんなウブなグラムの肩に手を置くと、ガルバは人生の先輩として最大のアドバイスを送った。


「いいか、グラム。女の『今日は大丈夫な日』は何も全然ダイジョばないから信じるなよ」

「……ちょっと何言ってるか、よくわかんないッス」


 王城の城壁にとまっていたカラスの鳴き声が、夕日の日差しと共に「カー、カー」と彼らに降り注いだ。



◇◇◇



 メグにヘンリー王太子の秘書と調整させて、急遽時間を作ってもらった。シャーロットは足早に王室府の長官室へと向かう。メグがノックをし入室が許されると、ヘンリーはシャーロットにソファーに座るように促した。


「シャル、どうしたんだい?」

「無理言って、ごめんなさい。兄様。でも早い方が良いかと思いまして」


 シャーロットはスカートのすそを持って、軽く会釈し急な来訪を謝罪した。そして、ヘンリーが座っている向かいの席に腰をおろす。


「前も少し話していたかと思うのですけれど、王立病院に付随して医療従事者を育てるための教育機関を設置したいと」

「ああ、覚えているよ。『ルクス医学校』については最優先で考えているから安心してくれ」


 長官室付きの侍女がお茶をもって、ヘンリーとシャーロットの前にティーカップを置いた。


「はい。それなのですけれど、いっそにしてしまっては、どうかと」


 ヘンリーが驚きの顔で、シャーロットを見る。シグルズ王国には、まだ「」はない。


「今回の王立病院の開院に際して、数多くのゼロイセン製の医療機器を輸入致しました。今後メンテナンスや修理も必要となってきます。その度にゼロイセンに頼っていては国力が損なわれます。我が国でも工学技術者を育てていくべきかと」


 顎に手をあててヘンリーは、聡すぎる妹の主張を咀嚼するように思案する。


「言い分はもっともだが、運営資金はどうするつもりだ? それに大学ともなれば、教育だけでなく、研究機関としての役割ももつ。それなりの講師陣、研究者を集める必要があると思うが」


 ヘンリーの疑問に、シャーロットは真っ直ぐな視線で受けて立つ。


「はい。そこで『総合』大学にしたいのです」


 彼女はティーカップからお茶を一口飲んでから、続きを話し始めた。


「現在、中央の政治に野心ある地方の貴族たちが参入するには、すでに政権内で役職のある有力貴族から推薦という口利きで取り立ててもらうしかありません。そして、この推薦には金銭のやりとりも行われていると聞いています」


 この国にはまだ世襲以外で政治家に貴族たちがなる仕組みはないため、こういった賄賂わいろは公然の秘密としてまかり通っている。


「ならばいっそ大々的にやってみるのは、どうでしょうか」


 そのシャーロットの不敵な笑みを見て、ヘンリーはまだ妹の真なる主張にたどり着けていないながら、若干十六歳にしてこの驚異的な思考力に空恐ろしさを感じたのだった。

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