第35話 国内の優秀な人材
立ったまま壁を机代わりにして書類にサインをしようとしていたガルバが振り向くと、メグが自分と似ても似つかない息子を見て固まっていた。
ガルバは溜め息をつく。実際のところ、このやたら美男子な息子が自分の種から生まれた子ではない気は、ガルバ自身強く感じているのだから。
十代の頃に少しだけ交際した年上の女が、ある日突然「アンタの子だから」と彼に赤子を押し付けて、そのまま消えた。仕方なくガルバはその赤子をルクス地区に住む知人の家で預かってもらうことにし、毎月いくばくかの養育費を知人に渡してきたのだった。
最初こそ「男として責任を」と思ってはいたが、どんどん育つにつれて全く自分にも自分の親にも親戚にも似てない美少年に複雑な気持ちが大きくなっていった。それでも会いに行けば「父さん」と慕ってくれるのだから「まぁいいか」と思い、現在に至る。
「……あ……あの……えっと……ガルバさん、とりあえず中入りませんこと?」
メグはようやく金縛りが溶けたのか、取り繕うようにそう言い直した。ガルバも貴人に誘われて固辞するのも良くないので、息子を先に入室させ、自分もサインしようとしていた書類を持って後に続く。
部屋にはいると、執務机に座ったシャーロットがニコニコと興味津々といった顔で待ち構えていた。ガルバは軽く咳ばらいをしてから、息子を紹介する。
「息子のラフレトです」
ラフレトは礼儀正しくお辞儀をした。さすがに王女であるシャーロットを前に緊張している様子の息子を横目に見て、ガルバは少し意外だった。良くも悪くもラフレトは目立つ。市井でも人々(特に女性)の目を常に集めているが、笑顔で軽やかにいなしており、動じてる姿を見ること自体が稀だった。
「ガルバさんに似て、真面目で素敵な息子さんですわね。さぁ、立ち話もなんですから、どうぞおかけになって」
にっこりとラフレトに負けない美しい完璧な笑顔でシャーロットは、彼らにソファーへの着席を促す。そして、彼女も執務机からソファーへ席を移した。三人が着席すると、すかさずメグがお茶をテーブルに出しシャーロットの後ろに控える。
ガルバは気になってチラッと、いつもはやたらシャーロットに近づく男を威嚇する部下の方を見たが、グラムは特にラフレトを敵視した様子もなく扉のところで警護の任務を全うしているようだった。
(あいつ、どうしたんだ? ラフレトの方が身長高いし、顔も方向性違うけど、お前がイケメン度、勝ってるわけでもないぞ?)
最近、部下の様子がおかしいので、ガルバはちょっと心配である。
「今日はどうされましたの?」
シャーロットの問いかけに、ガルバは意識を向かいに座っている貴人へと戻した。それから、手に持っていた書類をテーブルの上に、シャーロットが読める方向で置く。
「息子はゼロイセンへの留学を希望してまして、ゼロイセン大使館へ提出する入国許可証の申請書に親のサインが必要で、王城まできたようです。離れて暮らしておりますから」
「そうでしたの。離れて暮らされているのは、お寂しいでしょうね」
そう言って、彼女はティーカップに優雅に口をつけた。そして、ティーカップをソーサーの上に置くと、なぜか書類でも留学でもなく、ガルバが手にしていた筆記用具に目を留める。
「ところで、そのお持ちになっている物、見せていただいてもよろしいかしら」
「ああ、これですか。ラフレトが作ったペンでして、結構便利で。親バカですけど、私に似ずに、こいつ頭も良くて手先も器用で」
ガルバはペンをシャーロットへ手渡す。シャーロットはひとしきりペンをひっくり返したり触ったりした後で、今度はペンの蓋になっている部分を外して、ペン先を見つめた。
「こちらのペン、もしかしてインクに毎回漬ける必要がない?」
メグに紙を持ってくるように、シャーロットは手ぶりで伝える。すぐにメグが紙を持ってきてテーブルに置いた。何文字か書いて、書き心地を確認する。
「ラフレトさん、もしかして、工学技術を学ぶためにゼロイセンへ?」
急に話を振られて、ラフレトは王女であるシャーロットへ直接答えてよいのか、わからずに助けを求めるように父親の方を見た。ガルバは小さく頷いて、息子に説明するように促す。
「えっと……はい。そうです。父は王城での仕事がありますから、僕はルクスの工房地区で育ちました。工房の職人さんたちから色々教わって、それから、自分でも色々作ったりしてまして。でもゼロイセンの製品は、本当にレベルが違うので……それで勉強したくて」
ラフレトが緊張しながら、そう話すのを聞き終わると、シャーロットはペンを見たまま、顎に人差し指をあててコツコツと叩いた。
「ラフレトさん、貴方のような志を持って、ゼロイセンへの留学を目指す方は他にもおられるのかしら?」
「あ、はい。ゼロイセンの技術は本当に高いので、多いと思います」
シャーロットはペンから視線をラフレトへと移す。
「その皆さん、帰ってきていますか?」
言葉とともに、美しい翡翠色の視線で射抜かれてラフレトは固まった。ほとんどの者は、留学して帰ってこない。帰ってくる場合は、病気になっただとか、親が死んで家を継ぐため仕方なくだとか、そんな一握りだ。彼自身、父には悪いが帰ってくるつもりはなかった。
「もし、シグルズ国内で、ゼロイセンと同レベルのことが学べるならば、留学したいと思いますか?」
問いかけの真意がよくわからずにラフレトは少々困惑したが、生まれ育った地で最先端技術を学べる機会があるならば、と想像する。
「そうですね……留学はお金もとてもかかりますし、それなら留学はしないかもしれません」
ラフレトの回答を受けて、シャーロットは何かを思いついた顔をして、にっこりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます