王都特別行政地区(王太子直轄領)教育改革編

平民3人目(工学技術者)

第34話 自分の血をひく者

<前回までのあらすじ>

 シグルズ王国の第五王女であるシャーロットは、隣国の政治学者であるロベールと出会い、己のために為政者として政治の道へを進むことを決意します。

 そして、権力を手に入れる過程で王立病院の事業再開に向けて、あの手この手を尽くして金策に奔走。ついに王立病院は無事に開院までこぎつけました。

 その過程で幼馴染のグラムの正体を知った彼女は、次なる一手として王位継承権の奪取に向けて背水の陣の覚悟をもって動き始めるのでした。


************



 人払いをしたヘンリー王太子の自室に通されたユーリウス医師は、ソファーに座るを前に緊張していた。鞄から取り出したカルテを開く。


「私を傷つけないための前置き等は不要だ。結論から頼む」


 ヘンリー王太子が穏やかな口調ながらハッキリと、ユーリウス医師にそう希望を伝えると、ユーリウスは少し躊躇うように咳ばらいを何度かしてから話し始めた。


「王立病院で受けていただいた精密検査とこれまでの医療記録を元に、ゼロイセンの恩師にも意見を聞きました。もちろん殿下のお名前は出していません。匿名です。その意見も踏まえての診断結果を申し上げます」


 躊躇いがちにそう言いながら、ユーリウスはカルテを捲っていく。


「結論から申し上げますが、殿下がお子様をなすのは非常に難しいと言えます。おそらく殿下が十五歳の時にかかられた流感りゅうかんによって高熱が何日も続いたことが原因でしょう」


 ヘンリーにとって予想し覚悟していた検査結果だったが、改めて専門家の口からそれを聞いてしまうと落胆を隠せない。


 第一夫人、第二夫人と子供が全くできない自分に周りが第三夫人としてあてがったのは、元伯爵夫人の未亡人でまだ若いがすでに二人の子供がいる経産婦だった。下手にシャーロットの母であるエリザベートとのことがあったので、しばらくは自分側に原因があるとは思いもよらなかったが、第三夫人とも子を成せなかった。


(彼女たちにも肩身の狭い想いをさせてしまったな……。これは贖罪が必要だ)


 この診断結果が出る前から、三人もいる妻たちの身の振り方については多少考えねばなるまいと思ってはいたが、どこかで逃げていた自分をヘンリーは思い知らされる。


(なんにせよ、私の子供はシャルだけか)


 ふと、父であるエドワード国王の在位十年での祝いで、宰相サイフリッド大公の一人娘であるテレーゼに特例で爵位の相続が認められたことを思い出した。ただ、シャーロットは、記録上はヘンリーの子供ではなく、エドワード国王の子供となっている。


(出生時の記録から遡って修正が必要になるが、できないことではない。むしろ、私がもう子を成せないとなれば、肯定的な反応をする閣僚、諸侯も多いだろう)


 どこの貴族も跡継ぎ問題を抱えている。これによって女性の家督相続が広く認められる道筋ができるならば、賛同は得られやすい。そこまで考えてから、ヘンリーは自分にはとても出来のいい弟がいることを思い出した。


(まずはフィリップに相談するか)


 そして、王位継承順位第二位の弟のフィリップが難色を示すならば、この案は諦めようとヘンリーは心に決めた。



◇◇◇



 王城内、ルクス特別行政地区執務庁舎前。


 背中まである艶やかな金髪を一本に縛り、背も高く手足の長いその青年が足早に歩いていく様子にすれ違った者たちは、みな目を奪われ振り向いた。若い侍女たちは嬉しそうに、コソコソと「今の人、誰かしら?」と会話をする。


 当の本人は、そのようなことは日常茶飯事とばかりに、気にも留めずに目的地に向かって歩いていく。彼の目的地は特別行政官室、つまりはシャーロットの執務室だった。


「すいません。ガルバに用がありまして」


 彼はシャーロットの執務室の前にいた衛兵に声をかけた。衛兵は彼の入城許可証を確認し、彼の顔をもう一度見て驚く。彼はそれも日常茶飯事とばかりに、にっこりと微笑みを返した。


 衛兵は扉をノックし少しだけ隙間を開けて、扉の向こうにいるガルバを手招きし用件を伝える。それを聞いてガルバは部下のグラムに「ちょっと外出る」と耳打ちして、慌てて外に出て行った。報告書から顔を上げて、その様子を見ていたシャーロットはグラムを呼びつけ質問をした。


「ガルバさん、どうされたの?」


 小首をかしげたシャーロットは相変わらずとても愛らしく、グラムは思わず見とれてしまう。


 秘密とはいえ一応は恋人同士ということでいいのだろうか、などと悶々と考えてはいるが、王立病院の開院式典の夜以来そういった雰囲気になることはなかった。シャーロットは自分を見たまま、なかなか答えない彼に「ん?」とさらに首をかしげると、グラムはようやく慌てて聞かれたことに答える。


「なんかさん来てるみたい」


 その発言に好奇心で輝かせた目をシャーロットがメグに向けると、メグも好奇心で輝かせた目で応える。そして、以心伝心とばかりにメグはすぐに扉のところに近寄り、コホンッと咳ばらいをしてから扉を開けた。


「ガルバさん、立ち話もなんですから、ぜひ中でお話しましょうと、シャーロット殿下が……」


 そこまで言って、メグはガルバの話している相手と目が合い固まり、その後しばらくポカンとしたまま、ガルバとその青年を交互に見比べてしまった。


 ガルバの息子だという彼は、父親とは背格好も髪の色も目の色も、何もかも似ても似つかない金髪碧眼の美男子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る