第32話 女王と獣①

 王室府のフィッティングルームで、グラムは式典用の近衛隊正装制服に袖を通していた。


「間に合って良かったですね」


 侍従長がそう言いながら柔和な笑顔で彼の姿を眺める。メグとガルバも「おお~」と声を上げた。片膝をついてグラムの足元を確認していた仕立て職人が「お父様と同じくらいまで身長伸びるようなら、もう一回仕立て直しかな」と言いながら待ち針で裾を止める。


 グラムとガルバは先日の一件での働きから殊勲章しゅくんしょう叙勲じょくんが決まり、王立病院の開院式典で合わせてその授与式も行われることになった。しかし、グラムは正装制服を持っていなかったため、急ピッチで仕立てて、式典前日にどうにか間に合ったのだった。


「こんなにお若い方の式典服をお作りしたのは、それこそグラム君のお父様の時以来ですね」


 熟練の仕立て職人がニコニコとしながら最終チェックをしていく。


「親父には『どうせすぐに着れなくなるから貸す』って言われたんすけど、さすがにブカブカだし、メダル外したら穴空きまくりだったから恥ずかしかったんで、自分の作ってもらえて嬉しいです」


 シグルズ王国の将校合わせた全軍人の中で、一番叙勲じょくんを受けているハロルドの正装制服は勲章と徽章きしょうだらけである。当然、ピンで止まっているそれらを外せば、制服の胸元も肩も襟も多数の穴が目立つ。


 鏡に映った自分を見て、グラムは「えへへ」と照れ笑いを浮かべて喜んだ。



 最終フィッティングが終わり、服を着替え終わったグラムにメグが声をかける。


「一式、シャル持ちなんだから、ちゃんとお礼言いなよ」

「確かに俺の式典服と生地の質が全然違った……明日、お前と並びたくねぇ」


 ガルバも思わず口にする。小隊長以上は正装制服も支給されるが、グラムが今回仕立ててもらったものは支給品とは雲泥の差の品質のものだった。グラムは頬をポリポリと掻いて少しだけ気まずそうに「ウッス」とメグに答えた。



◇◇◇



 王立病院の開院式典、当日。晴天に恵まれ、病院の中庭にはルクス地区長であるヘンリー王太子に、宰相サイフリッド大公や宰相補リンタール侯爵といった政府高官、ゼロイセンの在住大使といった錚々そうそうたる面々が並ぶ。シャーロットはなるべく目立たない位置の貴賓席に座って式典に参加した。


 式の最後で、白い布のかかった大きな板状のものが運ばれてきた。ヘンリーがシャーロットを壇上へ手招きする。あまり目立つ行動はしたくなかったが、呼ばれてしまったからには仕方ない。彼女は立ち上がると、ヘンリーのそばに向かった。


 シャーロットが壇上にあがると、ヘンリーは白い布を外させる。その板にはこう書かれていた。


『王立シャーロット病院』


 このサプライズに、彼女は驚きで目を見開く。それは王立病院の表看板だった。


「王立病院の事業再開は、我が妹であるシャーロットの熱意がなければ実現しませんでした」


 ヘンリーはそう彼女を来賓達に紹介して、シャーロットの肩を抱き寄せた。


「シャーロット、これからも私を支えてくれ」


 その様子にユーリウス医師やギスラ事務官、メグといったこの数か月彼女を支えてきた者たちも思わず涙ぐむ。しかしながら、当のシャーロットは表向きは感動している顔をしてはみたが、心の内では「それはゼロイセンへの輿入れまでということか」と兄の発言を測りかねて困惑していた。



◇◇◇



 式典が終わり、ガーデンパーティーが始まった。音楽に合わせてダンスをする男女、政治の話に花を咲かせる高官たち、貴婦人たちもおしゃべりに勤しんでいる。そして、令嬢たちは将来有望そうな男性にダンスに誘ってもらおうと意気込んでいた。


 グラムは今日は叙勲受章者として出席するために、逆にシャーロットの護衛任務から外されてしまい、席も遠く全く話せていなかった。目の端では彼女がどこで何をしているか捉えていたが、そもそもシャーロットは本来平民であるグラムが気軽く話しかけたりしてはいけないほど身分の高い人間なのだ。


(お礼は明日にするか)


 仕方がないので、グラムは今日は彼女に話しかけることを諦める。いつもは食べることができないテーブルの食事に注意を移す。上司のガルバもこの機会を逃したら一生飲めないような高級なシャンパンをガブガブ飲んでいて楽しそうだ。


 グラムが噛む必要がないくらい柔らかいローストビーフを食べていると、なぜか令嬢の数人が彼を見てはヒソヒソを会話をしている。気になってグラムがそちらの方を見やると、一人の令嬢と目が合ってしまった。彼は不思議に思って首を傾げる。すると、その令嬢が近づいてきた。



「グラム」



 令嬢が彼のもとに辿り着く前に、彼はすべてにおいて優先すべき人物から名を呼ばれて、瞬時にそちらを向く。シャーロットの方から声をかけてくれたことに、グラムは頬をほころばせ彼女に近寄る。だが、彼女は喜んでいる彼とは正反対に少し強張った顔で、そばに来た彼に耳打ちした。


「あのね、視線を貰って目があったまま視線外さないでいると、ダンス了承したことになるの。気を付けて」


 そんな社交界のルールを知らなかったグラムはビックリする。ちらっとシャーロットは当の令嬢と目を合わして微笑むと、王女にダンス相手を取られてしまったことを理解した彼女は、すごすごと友人達の元に戻っていった。


「いや……でも俺みたいな奴に、貴族のお嬢さんが……」


 信じられない様子のグラムに、シャーロットは彼の胸元についた先ほど授与されたばかりの殊勲章しゅくんしょうのメダルを指で撫でる。


「正装制服を着て勲章をつけた若い美男子がいたら、身分関係なくダンスくらいしたくなるものよ」


 そう言って彼女は急に背の高くなってしまった幼馴染を見上げると、意味ありげに微笑んだ。グラムは急に心臓がドクドクと波打って、顔が赤くなるのを感じる。シャーロットは美しい。


「今夜の宿直当番、グラムでしょう? 相談があるの。少し早めに来て、部屋によって」


 上目遣いの彼女に、グラムは頷くのが精一杯だった。

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