第27話 魔女の晩婚

 魔獣が雄しかいないように、魔法使いは女しかいない。


「白銀の髪に、アメジストのような瞳。能力の方も期待していたが、ガッカリだ」


 生まれて間もない頃の記憶。


「魔法が使えぬ魔法使いなんぞ、切れぬ包丁と変わらん」


 自分の顔を覗き込んで、女たちが次々と失望を口にする。


「人間はバカだから、魔法が使えんなら気が付かんさ。人里に捨ててこよう」


 御沙汰が下り、赤子の彼女は捨てられて、人として育てられる。


 彼女は確かに魔法使いのように魔法は使えなかったが、魔法が使えるようになる道具を作り出すことができた。彼女の作り出した魔導道具ソーサリーアイテムは、人間たちに魔獣や魔法使いと対抗できる力を与えた。


 彼女の名は、大魔導士マリガン。人間達を愛し守った彼女のことを同胞たちは「裏切りの魔女」と呼んだ。



◇◇◇



「……シグルド……?」


 自分のテリトリーである森に迷い込んできた黒髪で長身の男を見た時、彼女は思わず、そう口にしてしまった。


「え? いや、俺はハロルドだけど。って、あってんの『ルド』だけじゃん。ん? でも四音中二音一緒ってことは、半分は一緒か」


 男は暢気のんきに顎に手を当てて、ブツブツと何かを言っている。勇者シグルドに本当に見間違えられたとは、当たり前だが露ほども感じ取ってはいないようだ。


 マリガンはザッザッザッと落ち葉を踏みつけて、彼へと距離を詰めた。近づいて見ると背格好こそ確かにシグルドによく似ているが、顔は別に似ていなかった。彼女が珍しい紫色の瞳で近距離でまじまじと顔を見るので、ハロルドはちょっと身を引いて目をそらす。


「あんまり、そんなキレイな顔で見つめないでくんない? さすがにテレんだけど」


 頬を掻きながらハロルドは気まずそうにそう言った。


「ああ、すまない。ちょっと知り合いに似ていたんだ」


 それだけ言ってマリガンは踵を返した。しかし、鳥かごの中で揺らめく邪竜の魂がそれを引き留めた。


<マリガン、その男だ。我はその男がいい>


 ハロルドはどこからともなく聞こえてきた声の主がわからずにキョロキョロと周りを見渡した。一方の彼女は鳥かごを自分の顔の高さまで持ち上げると、邪竜に確認をとる。その様子を見て、ハロルドは驚きの声をあげた。


「なにそれ。新種の生き物?」


 鳥かごの中でユラユラと黒い炎が揺らめいて、人語を喋っているのだから、驚くのも当然である。しかしながら、マリガンは振り返ると彼の驚きに回答することはなく、別の話を続けた。


「君、ちょっと相談というか、お願いがあるんだけど」


 ハロルドとしては、そもそもくだんの『絶世の美女』である彼女に会いにはるばると遠方からここまでやってきたわけで、「お話しましょう」と言われれば断る理由も特になかった。それに彼女の容姿も声も死ぬほど好みだったので、とりあえずお願い事とやらを聞くのもやぶさかではない。



◇◇◇



「……俺、学がないんで、全然理解できないけど、……マリガンって、あのなの?」


 切り株のテーブルに座ると、お茶を出された。ハロルドの貧乏舌では「美味い」くらいしかわからないが今はそんな茶の味よりも、目の前の美女がおとぎ話で聞かされた『大魔導士マリガン』だと言われて、さすがに頭のおかしい女なのかと少し警戒する。


「いや……お姉さん、それじゃ何歳よ。二十歳くらいにしか見えないけど」


 自分の数個下くらいの年齢だろうと思っていたハロルドは、目の前にいる美しい生き物が六百歳は確実に超えてるなんて信じることができない。


「女性に年齢を聞くなんて、なかなか野暮天だね、君は」


 ティーカップに口を付けて優雅にお茶を飲みながら、マリガンはその質問を煙に巻く。


<若作りしているが、これは六三〇歳超えの婆だ>


 だが、テーブルの上の邪竜がすかさずツッコミを入れた。


「ファヴさん、ちょっと言い方酷すぎないか!?」


 ハロルドはテーブルの鳥かごに目を移す。何度見ても黒い炎がユラユラしながら確かに喋っている。これを邪竜ファーヴニルの魂だと言われても普通は信じられない。森の中で幻覚でも見てるのだろうか。どこからが現実で、どこからが幻なのか。


(幻覚……まぁそれならそれで楽しむか)


 元から難しいことを考えることに向いてない彼は、面倒になって言われたことを疑うのをやめた。

 

「まぁ、いいや。えっと、あなたが大魔導士マリガンさんで、そちらが邪竜のファーヴニルさんなのね。お二方とも大変なご長命ということで理解したわ」


 やいのやいのと、ハロルドそっちのけで口論していたマリガンと邪竜に、テーブルに頬杖をついた彼はそう言って間に割って入った。


「で、俺の肉体が欲しいってことは、それは死んでくれって相談なのか?」


 頬杖をつきながら、もう片方の手の指でテーブルをコツコツと叩く。マリガンは慌てて立ち上がって、テーブルに両手をついてそれを否定した。


「違うよ! 君の身体のを作りたいんだ。魂はない身体のコピー。その中にファヴさんを移植するんだ」


 ハロルドは彼女を見上げながら、彼女が言っていることを反芻する。理解できなくはないが、やはりよくわからない。


「君の肉体的な負担も毛根のついた髪の毛を十本ほど貰えるだけいい。あとは人工子宮で培養するから」

「子宮? そりゃ、俺そっくりの赤ちゃんができるってことか?」


 大魔導士マリガンだというし、魔法でそのまま大人の身体を複製するのかと思ったら、どうやら違うようだ。


(なんかそれ普通に……子作りじゃね?)


 同僚で昔関係を持った女から「あんたの子だよ!」と子供を押し付けられた奴のことを思い出した。


(あいつ結局ガキどうしたんだっけ?)


 目の前のドストライクで好みの女を見やる。森の木漏こもで白銀の髪が先ほどからキラキラと光っていて美しかった。


「それで俺は見返りに何貰えるの?」


 相変わらず頬杖をついてハロルドは指でテーブルをコツコツと叩いていた。作戦会議中にもよくやって上司に怒られるハロルドの癖だ。


「できる限りの報酬は約束しよう。もし希望のものが決まっているなら言ってみたまえ」


 マリガンは胸をドンと叩いて、ハロルドの回答を待った。人間の欲しがるものなどたかが知れている。大抵は魔導道具ソーサリーアイテムで叶えることができるものばかりだ。だが、次の瞬間、そう言ったことをマリガンは激しく後悔することになる。



「あんた。俺、あんたが欲しい。結婚してよ」



 ハロルドはテーブルを叩いていた指を止めると、マリガンを指さして、そう言い放つ。そして、石のように固まったマリガンを大笑いする邪竜の高笑いが森に響き渡った。



◇◇◇



 巨木のウロを利用したマリガンの家に、ハロルドは招かれた。魔導道具ソーサリーアイテムの工房を兼ねているのか大きな机の上には工具が散らばっていて、設計図もたくさんごちゃごちゃと置いてある。


 ハロルドとマリガンは、先ほど大笑いして面白がった邪竜が司祭となって略式で婚姻を結んだ。


<あのエセ司祭のインエルマが我が討伐された後は、神に許され使徒となったとかいう作り話を触れ回ったお陰で、我も今では立派な聖獣よ。婚儀くらい執り行っても罰はあたらんだろう>


 確かにシグルズ王国の教会には、どこでもファーヴニル像が飾ってある。「エセ司祭のインエルマ」と邪竜は称したが、インエルマは今では民の間でトップの人気を誇る聖人である。それは、人間に生前の彼を知っている者がいないためだが。



 マリガンはまだ納得いかないように、藁の上にシーツを敷いたベッドに腰かけると溜め息をついた。ハロルドは軍服の上着のボタンを外す。


「別にボクが妊娠するわけじゃないんだから、こんなことする必要ないじゃないか。そもそも魔法使いと人間の間に子供はできないし」


 ブツブツとマリガンは文句を垂れる。ハロルドは彼女の両ひざを自分の膝で割って入ると、そのままベッドに押し倒した。


「やってもいないのに、自分のガキできるのって、なんか損した気分するんだよね」


 彼は軍服の上着を脱いでベッドの下に落とす。それから、マリガンの服を脱がそうとしたところで、何故か止まった。そして、何かを思い出したかのように一旦ベッドから降りると、上着を拾い上げた。マリガンも起き上がって、彼の行動を追う。


 ハロルドは、おもむろに鳥かごの上に上着を被せた。


<なんだ。別に我は邪魔したりせんぞ?>


 鳥かごの中から邪竜の声がする。


「いや、気になるわ!」


 すかさずそう返すハロルドを見て、マリガンは思わず吹き出してしまう。


「君、意外と繊細なんだね」


 下唇を突き出してハロルドは、笑われたことを不服気に決まりの悪そうな顔をすると、ベッドに戻ってケラケラと笑い転げる魔女をもう一度押し倒して、その唇をふさいだのだった。

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