第28話 ドラ息子の帰省

 夕日のオレンジ色が、もうすぐ森に夜が訪れることを告げた。マリガンはたまにフラッと帰ってくる夫のために、毎日玄関先にランタンを吊るす。



◇◇◇



 最初ふざけているのと思っていたハロルドは意外にも本気だったようで、王都に戻らないといけないギリギリまでマリガンの家に入り浸った挙句に、追加の報酬として『転移の魔導道具ソーサリーアイテム』まで求めてきた。


 そして、その魔具を使用して本当に時々「」と言って帰ってくる。マリガンはこの男が不思議でしょうがなかった。


 そんなハロルドの行動の中で一番不可解なことは、なぜかファーヴニルの受肉体である自分自身のコピーに「父親」として接していることだ。


 まだグラムが小さい頃、彼を肩車して楽しそうにしているハロルドに「君はどうして、ボク達を本当の家族みたいに扱うんだい?」とマリガンは聞いてみたことがある。その質問に、ハロルドはいささかショックを受けた顔をした。


「なんだよ。本当の家族だろ。そう思ってたの俺だけ?」


 眉間にシワを寄せて不服そうな顔でそう言ったハロルドに対して、正直、彼らを夫とも自分の子供とも思ってなかったマリガンは少しだけ反省する。しかし、この発言を受けて、やはりこの男にこのまま家族ごっこを続けさせるのは良くないと感じた。


「君、男前だし、モテるだろう。普通に人間の女と結婚して、ちゃんと自分の子供作りなよ。良いお父さんになるよ、きっと」


 彼はグラムを肩から下すと「そのへんで遊んで来い」と言って背中を押した。とてとてと森を歩き回ったり、父親譲りの運動神経で木に登ったりする息子を眺めながら切り株の椅子に座る。それからマリガンを手招く。近づいてきた彼女を少し強引に自分の膝の上に座らせて、ハロルドは彼女を背中から抱きしめた。


「マリガンさんは、超強いじゃないですか」


 肩に頭を乗せて話されるので、マリガンはくすぐったかったが、とりあえず「まぁ、そうだね」と相槌を打つ。


「俺、俺が守んなくても死んだりしない奴がいい」


 そういえば、従軍中に故郷が蛮族に襲われてなくなったと言っていたな、とマリガンは思い出す。


「超カッコ悪いから言いたくなかったんだけどさ。普通の女と結婚して、普通のガキ生まれたら、不安で仕事行くとか無理」


 子供のようなことを言うハロルドにマリガンは思わず笑いそうになる。


「だから、マリガンさんが奥さんで、ガキが自分と同じなら超安心なんだよね」


 はるか昔に恋した男と違って、この男は自分勝手なことばかりだ。最初にシグルドと見間違えたのが嘘のように本当に全く似ていない。だが、いまでは彼が来る日を心待ちにしている。


 肩に乗ったハロルドの頭をマリガンは撫でる。彼女は、なんだかんだ言いつつも、この男を愛おしく思う自分を受け入れることにした。



◇◇◇



 ランタンを吊るして、家の中に戻ろうとしたとき、空に大きな影ができた。思わずに見上げて、マリガンは声をあげた。


「ファヴさんじゃないか! どうしたんだい!? グラムに何かあったのか?」


 ファーヴニルが空中でホバリングしながら、バサバサと翼を動かす度に風圧で木が折れる。なんとか翼を折りたたみ、ファーヴニルは森の中に着陸した。


<安心しろ。グラムは問題ない。ただ緊急事態なことには変わりはないが>


 受肉した際にファーヴニルは自ら記憶も能力もそのほとんどを封印した。だが、緊急時に備えて、666秒だけフルスペックで顕現できるようにしていた。


<急いできたが、そろそろ時間切れだ。マリガン、あとは頼んだ>


 黒い炎が一瞬ゴウォっとファーヴニルの身体の周りを取り巻くと、彼の巨大な竜の身体は消え去った。その代わり、シャーロットを抱きかかえたグラムが姿を現す。ガルバ小隊長は、急に高い位置から放り出される形になって、ドスンと尻もちをついた。


 今にも力尽きそうにフラフラしながら、グラムはマリガンに腕の中のシャーロットを見せる。呪いのつたはもうすぐシャーロットの全身を覆いそうだった。


「解呪の準備するから、とりあえず家の中に運んで」


 グラムがシャーロットをベッドに寝かせると、マリガンが大きな注射器の針をシャーロットの胸に大きく生えた呪いのつたの塊に突き立てる。



―― マリガンの鍵による取消マスターキーズ・キャンセル



 注射器から紫色の液体を打ち込むと、つたは急速に枯れた。それに伴って、シャーロットの頬にも赤みが戻り、胸が上下して呼吸もできているようだった。


「もう大丈夫だよ。グラム、よく頑張った」


 そう言ってグラムの方を振り返ると、グラムは限界だったようでマリガンの方へ倒れこんできた。マリガンは息子をなんとか受け止める。


「ちょ……ちょっと君こんなに大きかったっけ? 重いよ。自分で立ちなさいって」


 久しぶりに会った息子は、自分の身長の頭一つ分くらい大きくなっていた。マリガンがグラムの肩を揺すると、どうにか彼は目を覚ましたが、いまにも瞼を閉じそうだった。


「……母さん、マジで無理かも。洞窟行って寝てくる……」


 マリガンは転移ができるバングルをグラムの手首に巻いてやって発動させる。

 

「それがいいよ。この子もしばらくは起きないと思うから、君もよく休んでおいで」


 その言葉が合図かのようにグラムは、転移の魔導道具ソーサリーアイテムの力で消えた。

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