平民0人目(幼馴染)

第25話 英雄の憂鬱

<人物相関図>

https://kakuyomu.jp/users/sasa_makoto_2022/news/16817330656376528970

***



―― 十六年前。



「なぁ、聞いたか? ファーヴニル山にいる絶世の美女の話」


 ハロルドがまだ明るいうちから酒場で安酒をあおっていたら、そんな話が聞こえてきた。



◇◇◇


 ハロルドは十三歳の時に名指しで軍へ誘いを受けた。提示された待遇は破格であったし、度々蛮族が襲ってくる辺境にある故郷の村について自分がいなくなった後は中隊を常駐してくれると約束されたので、彼は喜んでサイフリッド大公軍へ入隊することにした。


 先祖返りアタヴィスモスばかり集められた軍隊に、彼は最初こそ度肝を抜かれたが、入隊二年目にして『最強』の兵士たちの中において『最強』の称号を手に入れる。


 そして、ロマフランカとの国境沿いの関所奪還作戦に際して、関所に駐在していた敵一個中隊をほぼ単独で撃破すると、称号は『最強』から『英雄』へと変わった。


 だが、そんな栄光も束の間、英雄はそのあと数年に渡り、泥水を啜るような意味のない殺戮を命じられ続ける。それでも彼は「きっとみんなを守ることにつながっている」と歯を食いしばって耐えた。


 それでも理不尽は重なり続ける。


 苦境に立たされていたサイフリッド大公軍は、いつの間にかハロルドの故郷から中隊を撤退させており、知らないうちに故郷の村は焼け野原となり消え去っていた。でも跡取り息子まで失くしている大公に文句は言えなかった。


 サイフリッド大公が中央の政治に乗り出してきて、ようやく潮目が変わり軍務大臣キュスナハト公爵の思い付きのような暗愚な作戦に駆り出されることがなくなった。そして、国軍から出向という形で、エドワード王太子の護衛として近衛歩兵隊付きが決まり、彼は人殺しの底なし沼からようやく引き上げられた。



「ハロルド、お前少し休暇を取れ」



 ハロルドはあまりに虚ろな目をしていたのか、近衛歩兵隊に出向する前に上司から強制的に休みを取らされたが、十三歳からずっと人殺ししかしてこず、また故郷も失っていた彼は帰郷することもできず、とりあえず毎日酒場で飲んだくれるだけだった。



 そして、冒頭のくだんの話。


「なぁ、聞いたか? ファーヴニル山にいる絶世の美女の話」


 酒場で馴染みの飲んだくれがハロルドに話しかけてきた。なんでも道が険しく迷いやすいファーヴニル山の麓の森は、樹海と呼ばれていて自殺の名所でもあるが、最近の自殺志願者は美女に追い返されるらしい。


 軍事演習で近くに行ったことがあるが、確かにあそこは先祖返りアタヴィスモスの精鋭部隊でも不用意に近づいたりはしない危険な場所だ。


(あんなところで暮らしてる奴がいるのか)


 絶世の美女よりもそのことが気になったハロルドは、酒を抜いて装備を整えるとファーヴニル山に旅行することにした。


 軍事遠征で国内の色んな場所に行ったが、私的な旅行は初めてだった。それにどの街でも彼が「国を守った英雄ハロルド」だとわかると、みな笑顔で迎え入れ良くしてくれた。


 ハロルドはこの旅で少しずつ人間性を取り戻していく。自分の殺戮行為にも意味はあったのだ、と。



 ゆっくりとした旅路はひと月を迎えて、ようやくファーヴニル山への入口にして魔鉱石の産出地であるバーゼルウォール領へと着いた。


 しかし、王都に次ぐ華やかな都市だと聞いていたバーゼルウォールは閑散としており、いくつもの魔導演算装置ソーサリープロセッサー魔導道具ソーサリーアイテムの武器工房には『閉鎖』の看板がかかっている。ここまでの道のりで訪れた街は、長い戦争の終わりによって明るく復興の活気に満ちていたが、この街はなんだか灰色だ。


 宿屋の下の酒場で食事をしていると、魔導道具ソーサリーアイテムの組立技師だったという中年男性がハロルドの軍服を見て話しかけてきた。


「いやぁ。戦争終わっちまって、仕事がなくなっちまいましたわ。おたくもそうでしょう?」


 確かに上司から暇を出されて旅行している身であるハロルドは「戦争が終わって仕事がなくなってしまった」側ではある。今日この街に訪れたハロルドとは逆に、彼は明日この街から出ていくらしい。仕事がなければ仕方のないことだ。それで一緒に飯を食べることにした。


 軍務大臣キュスナハト公爵の意向で、短期間でどんどん武器工房を増やしたはいいものの戦争の特需が終わってしまえば、過剰な供給に見合う需要はなく、また武器となる魔導道具ソーサリーアイテムは当たり前だが買い手が制限されているため、叩き売るというわけにもいかずで、この街は現在大不況に陥っているようだ。


「ゼロイセンの魔導道具ソーサリーアイテムに比べると、兵器としての性能が違い過ぎますから、輸出したところで売れませんしね」


 技師は酒のせいか元からか、わからない赤ら顔で、そうぼやく。


「まぁ、魔導演算装置ソーサリープロセッサーの出来は良いから、そちらは生き残れるかもしれませんが、私のような魔導演算装置ソーサリープロセッサーを作れない技師はダメですね」


 もう一から技術を取得できるような歳ではないため、彼は次の街では別の仕事をする予定らしい。


 戦争で自分を含めて様々な人の人生が良くも悪くも変わってしまったことに、ハロルドはなんとも消化できない感情を覚えた。



 翌日、道具屋で山歩きの装備を揃えようしたところ、店主からやたらと心配された。どうやら自殺志願者だと思われたらしい。「いやいや、噂の絶世の美女を拝みに」とハロルドが笑うと、店主もただの酔狂者だとわかってくれたようだった。



 山の森に足を踏み入れると、戦争の嫌な記憶が次々と蘇ってくる。何日も小隊で秘密裏に行軍し、山を越えてロマフランカの地を荒らす。軍事的要所の破壊工作が主な目的だが、そもそも巨大な山脈の壁に守られているのだから兵士達の消耗の割には効果は薄い作戦だった。


 どうせやるなら奇襲作戦として大隊規模で山越えをして、サイフリッド大公軍と挟み撃ちにすべきと主張したアタヴィスモス隊の大隊長は、でっちあげの収賄罪で投獄された。


 その後も軍部内から軍務大臣キュスナハト公爵の作戦について疑問視する雰囲気はあったが、みな大隊長の二の舞を恐れて表立ってそれを口する者はいなかった。



(あ~、マジで嫌な思い出の数々……)


 ハロルドの憂鬱な気持ちを察したように、ブワッと気持ちの良い風が森を吹き抜ける。


 そして、吹き抜けた風の先には、ローブのフードを目深にかぶり、鳥かごを持った人物が立っていた。


 なぜだろうか。顔も見ていないのに確信的にこの人物が噂の「絶世の美女」だと、ハロルドは察したのだった。


◇◇◇


「なぁに、運命の女に出会っただけさ」


 そううそぶいて、彼が息子をゲンナリさせるのは、もう少し後の話。

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