第21話 愛しのマリアンヌ
突然だが、ガルバ小隊長はとても目が良い。ハロルドがまだ国軍の隊長でその隊の隊員だった頃は、『鷹の目のガルバ』という二つ名が付いていたほどの優秀な偵察兵だった。今では手元近くの文章は読み取りづらい立派な老眼だが、それでも遠くはよく見える。
そんな彼は発見してしまった。
そう。
イチャイチャしてる部下と……王女様を。
疲労による幻覚なのかもしれないと、一縷の望みを託して三度見しても彼らはそこにいた。イチャイチャしていた。
(ちょ……ちょっと……グラムくぅーん!!!?)
この日からガルバは来てしまうかもしれない日に向けて、始末書を事前に書き始めた。でも前代未聞すぎて一体全体どの書式様式に沿えばいいのかわからずに途方にくれる。
しかして、資料室に度々訪れ、「騎士と貴族令嬢の不始末的なやつの懲戒資料ない?」と聞きに来る近衛隊の変な小隊長として噂になってしまうのだった。
◇◇◇
ロベールは、ロマフランカの知り合いからの手紙を開封する。
***
親愛なる JJロベール様
あなたがこの地を去ってから半年が過ぎてしまいました。
マリアンヌはその寂しさから元気がありません。
立派なお仕事でお忙しいのは重々承知しておりますが、一度お戻りいただけませんでしょうか。
大きなお仕事も成功されたと聞いております。
それにあなた達に反対し、目の敵にしていた方達は、今は別件でお忙しいようです。
きっと今なら戻られても平気です。
お帰りをお待ちしております。
それでは、愛と友情をこめて。
***
差出人は『マリアンヌ』だが、マリアンヌからの手紙ではない。
ロベールは前髪をかき上げると、ついでに眼鏡もないのに眼鏡を上げる動作をしてしまって、「あっ」となる。忙しくてもう修理が終わっている眼鏡を取りに行き損なって、すでに一ヶ月ほど経っていた。
王立病院の件は驚くほどの寄附金が集まっており、今まで未納だった貴族たちが地区税を支払ったこともあり、もう事業再開間違いなしの段階まで来ていた。
(あの子は、間違いなく天才だ)
自分のような学者としての頭の良さではなく、「政治」を道具として扱うことにかけて間違いなくシャーロットは天賦の才を持っていた。
(サイフリッドの大公爵位についても一代限りとはいえ、女性が継ぐことが特例で認められてしまった。『前例』は政治学では根拠として強力な後ろ盾だ)
彼女は今まで黙って、ずっとニコニコと社交界で聞き耳を立てていたのだ。誰が何を欲していて、誰がどんなズルをしているか。
(あの子は全部把握している)
おそらく聞いていた時は、ただ聞いていただけだっただろうが、目的を得た彼女の行動力とその記憶力、戦略への組み入れようは大人のロベールであっても空恐ろしさを覚えるほどの手際の良さだ。それでいて子供らしい無邪気さで、足りない部分は大人を引っ張り込む可愛らしさもある。
現にヘンリー王太子は、最早シャーロットを右腕のように扱っている。これまではただの可愛い妹に過ぎなかったはずだが、この数か月で事あるごとに彼女に政治的な相談をするようになっていた。
ユーリウス医師もギスラ事務官もシャーロットに夢中だ。当たり前だ。まるで魔法使いのように次々と作戦を成功させていく。それに加えて、あの容姿と気品。
カリスマの塊。
(惜しい。なんであの子は、王族なんだ)
結局、教え子を手放しで褒めて喜べないのは、そこでしかない自分の狭量さにロベールは自分のことながらウンザリした。
◇◇◇
王立病院の建物は、建設の途中で放置されていたのが、いま急ピッチで工事が再開されている。この日、シャーロットは建物を見に来ていた。
「医療助手もたくさんの希望者が集まってくださって、いま他の医者達と一緒に急いで訓練カリキュラムを作ってます」
ユーリウス医師は相変わらずクマの酷い顔ながら、出会った頃からは想像もつかないような笑顔で生き生きとしていた。
「ゼロイセンからの最新医療機器輸入について、複数の商人ギルドから支援の申し出がありました」
ギスラ事務官が手帳を見ながらシャーロットに喜ばしい報告をする。
シャーロットは自分のしたことで不幸になった人もいるかもしれないが、喜んでくれる人の方が多いことに安堵する。「政治」とは、そういうことなのかもしれない。最大公約数の幸せと、そのしわ寄せで不幸になってしまった人々への補填。
「それにしても、ヘンリー殿下に全ての手柄をお渡ししてしまって良かったのですか? シャーロット殿下のお名前がどこにもないこと、このギスラ、非っ常に遺憾であります」
シャーロットはギスラ事務官の熱意につい「フフッ」と笑ってしまう。
「いいのよ。ヘンリー兄様のご英断がなければ、何もできなかったのだから」
そんな強火シャーロット推しのギスラ事務官とのやりとりを無表情で眺めているグラムを、後ろから見ていたガルバ小隊長はからかってやろうと声をかけた。
「お前、そんな『なんでもないです』顔して、実はイライラしてたりするんだろ」
グラムは振り返ると、上司の言葉に首を傾げた。
「確かに、この前さすがにちょっとムカついて、あの眼鏡取ってやったんですけど、シジミみたいな目してて、髪の毛も薄くなってきてるし、俺のが身長も高くなったし、別にどうでもいいかなって思いました」
流れ出るようなグラムの暴言の数々に、ガルバ小隊長は始末書の続きを書こうと固く心に誓ったのだった。
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