第20話 トリックスター

 宰相サイフリッド大公チャールズは、死んだ息子のことを思い出す。


 彼の治める大公領はシグルズ王国の南西側、王国で唯一の海岸線及びロマフランカとの国境も含まれている。それもあり、早くから先祖返りアタヴィスモスの将官としての登用も率先して行い、サイフリッド大公軍は国軍の中でも最強と名高い。


 二十五年前、ロマフランカ軍の南方からの一方的な奇襲侵略で始まった防衛戦は、圧倒的な歩兵数の差に最初こそ苦戦を強いられたシグルズ軍だったが、ロマフランカとの国境沿いの関所を奪還し敵の補給路を断ったあとは、彼らの西の山脈を迂回しての無理な進軍もたたり一応の勝利を収めた。


 当時、王の弟として「公爵」であった彼はこの戦果によって「大公爵」の爵位へ格上げされた。しかし、出る杭は叩かれるというのが世の常である。「王弟チャールズは、ロマフランカ軍をも倒した圧倒的な軍隊をもって王位の簒奪を企てている」という噂が宮廷に流れ始める。噂の出所はわかりきっていた。


 軍務大臣・キュスナハト公爵。


 結局、身の潔白を証明するためにサイフリッド大公は、彼の主戦力である先祖返りアタヴィスモスの兵士たちを王都に差し出すことになった。この中には、ロマフランカ軍との戦闘で鬼神の如き活躍をした若き日のハロルド大隊長も含まれていた。


 先祖返りアタヴィスモスの精鋭を手に入れた軍務大臣キュスナハト公爵は、気が大きくなったのか、ロマフランカに「反撃」と称して国境侵略を繰り返すようになり、その後五年間も泥沼の小競り合いを続けた。


 シグルズ軍が山を越えてロマフランカに侵入するならば、ロマフランカ軍は南西の平地であるサイフリッド大公領側から進軍をしてくる。主戦力を失ったサイフリッド大公軍はそれでも防衛線を下げることなく戦い続けたが、その防衛線戦の指揮をとっていた息子は死んだ。



「本当に申し訳ありません。間に合わず」


 

 再三の援軍要請でようやく国軍が到着し、下がりかけていた防衛線を押し返した後で、失意の彼にそうハロルドは片膝をついて謝罪した。王都に送り出した時、太陽のように明朗快活な少年だったハロルドは、しばらく見ないうちに暗い虚ろな目をした野良犬のようになっていた。


(一体どれだけ彼を使いつぶしたんだ。キュスナハト公爵は)


 今まで国王である兄への反意と受け取られることを恐れて、王都とは距離をおいていたサイフリッド大公だったが、この件をきっかけに中央の政治に進出する。元々あまり身体の強くなかった兄の国王が病床に伏せることが多くなると、王太子であるエドワードの後ろ盾となり徐々にその影響力を強めていった。


 ようやく兄が死に、エドワード国王が戴冠し、ロマフランカとの和平として第一王女の輿入れが決まり、キュスナハト公爵が軍務大臣を更迭された時は、息子の墓に報告し涙を流した。


◇◇◇


 エドワード国王は、時々ヘンリー王太子とフィリップ王子から報告を受ける家族会議の時間を設けている。


「商業都市国家ナッポリーノとの盟約を取り付けました。我が国の傘下に入ります」


 あまり感情を顔に出さないように努めているエドワード国王だったが、フィリップの手腕にはいつも驚かされていた。傍から見ていると遊んでいるようにしか見えないこの男は、戦争もせずに気が付くと領土を拡げている。


 南のルノガ地方と書いて「スッドルノガ」公爵領は、次々と南方の都市国家群との盟約を交わしていっていた。


「ところで、ヘンリー。あのハゲデブスケベの家が灰になったこと自体は痛快だったが、街の治安回復はどうするつもりだ」


 父の先王を言葉巧みに操って戦争を延々と行って国力を削り続けたキュスナハト公爵を「ハゲデブスケベ」と称したことで、息子達も吹き出す。


「追徴を課した上での納税を行った家から掲示への追加を行っています。あの家とやりとりしていた商家も多いですから、さすがに民衆も自分たちの首を絞める行為は『やりすぎだ』と感じたようで、徐々に鎮火に向かっています」


 ふむ、とエドワード国王は頷いた。ヘンリーは昔から真面目で我慢強いが、大人しすぎて王としては資質が少し不安ではあった。しかしながら、自分に足りないものは優秀な者を起用して補い、それに対して嫉妬もせず受け入れる度量はなかなかできるものではない。


 明らかに自分よりも優秀な弟のフィリップとも良好な関係を保っており、王となったあとはフィリップを外務大臣に据えることだろう。そう考えると、自分の死後も安心できるというものだった。


「今年の収穫祭は、私の在位十年も含めて少し盛大にと考えているのだが、何かアイデアはないか」


 この問いにヘンリーは少しビックリした顔をする。


「ヘンリー、王たるもの例え驚いても顔に出してはならぬ。しかして、どうした?」


 跡取り息子を諫めつつ、なぜ驚いたのか気になったエドワード国王はそう問いただした。


「いえ、に『そろそろ、お父様は収穫祭のことでアイデアを尋ねてくるはず』と言われていたので」


 エドワード国王は、最近急によく名前を聞くようになった末の娘の顔を思い出そうとするが、その記憶はぼんやりとしていた。


 シャーロットの出産で当時の第一夫人であった彼女の母親が死んだ経緯もあり、顔を見ても死んだ妃を思い出すので、あまり構ってこなかった。ただ、一番良い輿入れ先をと、ゼロイセンの皇太子との婚約を決めるくらいの親心はある。


「で、シャルはなんと?」


 先が気になり、続きを促す。


「それが……かなり突拍子もないのですが、今までの功績への報償を兼ねて、サイフリッド大公のテレーゼ嬢にはどうか……と」


 先ほど息子を諫めたばかりなのに、自分もさすがに眉が驚きで動いてしまう。


 確かにテレーゼ嬢とのヘンリーか、フィリップとの婚姻を考えていた時もあったが、二人とも早い時期に第一夫人の枠は埋まってしまっていたため取りやめていた。なお、フィリップに至ってはもう何人夫人がいるのか、数えるのも諦めてしまったが。


「ハッハー!」


 確かに、国のために跡取り息子を亡くし、それでも王位を簒奪することもなく、何十年と仕えてくれている忠義の臣下へのプレゼントとしては、これは最高のものだ。


 いつも鉄仮面の如き無表情を決め込んでいる父親の大きな笑い声を久しぶりに聞いて、二人の息子達はビックリして顔を見合わせた。

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