第18話 因果応報
王立病院事業再開計画の寄附者ランキングの横に、次のような別の掲示物が増えた。
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<ルクス地区・地区税納税者番付(過去十年間累計)>
※地区税は事業所又は住居として使用している土地建物に対しての課税であり、事業所得にかかる課税とは別物です。
1.ルクス魔導演算装置工房組合
2.北ルクス商業ギルド
3.表参道ルクス中小組合
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8.サイフリッド大公家
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19.リンタール侯爵家
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息子ヨハンからの情報で事なきを得たリンタール侯爵は、掲示にちゃんと自分の名前があるのを確認し胸を撫でおろす。案の定、主要な王党派は全員名前が記載されており、この掲示情報を事前に知らなければ大恥をかくところだった。それどころか、サイフリッド大公の怒りに触れれば、ようやく掴んだ宰相補の地位を失う可能性まであった。
正直なところ、反国王派のように意思表明として未納だったわけではない。たまたま資金繰りが厳しかった年に払わなかったら、特に何も言われなかったので、そのまま払っていなかっただけだ。
この十年ですっかり払わなくて良いものという認識でいたために、滞納分をすべて払うには手持ちでは足りず、金策に走り回り、妻の実家と銀行から金を借りてなんとか支払ったのだった。
リンタール侯爵は溜め息をつく。この情報をシャーロットがもたらしたことはヨハンから聞いている。見返りはわかりきっていた。王立病院事業への寄附だ。
一度でも寄附をしてランキングに載ってしまったら、例え無理をしてでも毎年それを維持する必要があることはわかりきっていたため、彼はこの不毛な札束バトルには不参加の立場をとっていた。
納税の遡り手続きを迅速かつ内密に進めてくれた眼鏡をかけた事務官の最後の言葉を思い出す。
「ご寄附された額の一部につきましては来年の地区税から減税させていただきますから、ぜひご検討ください」
ふざけるな。なにが減税だ。心の中で悪態を吐く。
元々、リンタール侯爵家は「侯爵」とは名ばかりの、何代も前の王の庶子が爵位だけもらって追い出されて誕生した家柄である。その後もパッとした人物は生まれず、領地には大した産業も育たず今日に至り財政基盤は脆弱だ。
そんな家に彗星のごとく誕生した彼は、期待の星として一代で宰相補までのし上がる。ただ、その才覚と比例するように肥大化した尊大なエゴによって、本当に尊敬できる貴族以外は全員バカにし見下して生きてきたのだった。
(おそらく自分が寄附を行えば、これまでマウントを取ってきた貴族達がこぞってこの札束バトルに参加する)
彼の家の財力では、その明晰な頭脳で何度試算しようが遅かれ早かれ破滅しか待っていない。名誉による破産か、敗北の屈辱を受け入れるか。
(私は心のどこかで、シャーロット王女はおろかヘンリー王太子もフィリップ王子も侮っていた)
幼い頃ヨハンが欲しがったので買い与えたリスを思い出す。あのリスはいつも狂ったように回し車を回し続けていた。
そして、何故かそのリスが死んだ時のことは思い出せなかった。
◇◇◇
シャーロットの読み通り、敵が多く嫌味なリンタール侯爵の寄附ランキングへの参加以降、今まで静観を決め込んでいた貴族達が続々と参入し、この札束で殴り合う白熱の戦いに民衆は熱狂した。
しかし、ここにきて彼女も予想外の事態へと発展する。
税金が未納なことがバレた貴族達は、当然ながら人々から反感を買った。最初のうちは邸宅の外壁への落書きや馬車に
その日、ルクス地区にある反国王派のキュスナハト公爵邸に発生した火災は、死者こそ奇跡的にゼロながら建物を全焼させたのだった。
◇◇◇
「おお。燃える燃える。貴族様のお家はよく燃えるねぇ」
キュスナハト公爵邸から金目の物はすべて運び出し、使用人たちを庭に出したあとで、レイヴンとクロウは火を放った。
二人は高台から煙があがり燃え盛る公爵邸を眺める。
「ジャックドゥも『使用人はなるべく殺すな』なんて無茶な要求だ。面倒臭い。貴族に仕えてた奴らなんて同罪だ。死んでも構わんだろう」
「クロウちゃん、残酷すぎぃ」
レイヴンはクロウの肩を叩くと、振り向いた彼女の頬に人差し指が刺さるように悪戯をする。クロウはレイヴンの脛を蹴っ飛ばした。
「そういや、あの少年のこと何かわかったか?」
脛をさすりながら、レイヴンは話を変える。
「お前の膝をぶっ壊した悪魔の息子だとよ」
「ハハッ! そりゃ、親子丼リベンジマッチといきたいね」
地獄のような戦場の記憶で鼻の奥に、硝煙と血と死体と土と糞尿の臭いが蘇る。
「いちいち例えが下品でオッサン臭い」
「え~。だってオッサンだもん」
レイヴンが乙女のようにシナを作ってフザけていると、公爵邸から失敬してきた品物を売りさばく係の仲間が到着し、レイヴンとクロウの今回の仕事はこれで完了となった。
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