第17話 魑魅魍魎百鬼夜行な晩餐会

 ルクス地区の広場には人々が掲示板を見るために集まっていた。


「へぇ。やっぱりフィリップ様はちげぇな。太っ腹だ」

「ほんとだよ。この前もうちの店に来て、大層きれいに遊んでいってくれたよ」

「大公様は立派だねぇ。南方戦線で跡継ぎを亡くされたってのに。忠義の人だよ」

「なんだい。またヘンリー様の順位が下がってるじゃないか」

「でもヘンリー様のお膝元のバーゼルウォール領は税金が安いって聞いたぜ?」

「じゃあ、意外とヘンリー様自身は貧乏なのかもしれないねぇ」


 みな口々に掲示板に張り出されている王族や貴族の名を言いながら、盛り上がっている。そのせいで、王城に向かう貴族の馬車が立ち往生していた。御者が「道を開けてくれ」と声を張り上げる。


 人々はその馬車に描かれた紋章がランキングにないとわかると、渋々と道を開けながらも「ケチなくせに偉そうに」等の悪態をつく。悪態は車内にまで聞こえていた。



「あのバカ王子のせいで、こっちまでとんだとばっちりですね。どこの馬の骨かもわからない淫売の子のくせに」


 そう太鼓持ちの男爵が語りかけると、キュスナハト公爵は苦虫を嚙み潰したよう顔で口を開いた。


「下品極まりない。あれを許しているヘンリー殿下は何を考えているんだ」

「まぁヘンリー殿下は『』って噂ですからねぇ。お妃三人ともお世継ぎどころか、子供もできないんじゃ」

「全く男として情けないにも程がある。王女をお遊びとはいえ行政官に任命したり、玉だけじゃなく、ついに頭までおかしくなったに違いない」


 どちらが下品かわからない下世話な会話が繰り広げられる。


 キュスナハト公爵家は、代々軍務大臣を歴任してきたが、現国王のエドワード王が即位した時に、先の戦争の責任を取らされる形でその職を免じられてしまった。そのせいもあって、今では反国王派の中心メンバーだ。


「今夜の晩餐会では、子供の作り方でも教えてやろう。ガッハッハ」

「さすがは、公爵閣下! アッハッハ」


 ガタゴトと馬車は王城に向かっていった。


◇◇◇


 シャーロットは、ルクス特別行政地区執務庁舎の中に用意してもらった執務室で、ロベールとユーリウス医師と事業計画について話を詰めていた。


「シャル様、少なくとも医療助手は最低限この人数は必要ですね」


 ユーリウスの説明にシャーロットは渋い顔をする。とても一朝一夕で集められる人数ではない。


「国軍の衛生兵をとりあえず借りられないかな? それか今から志願者を募って開院までに訓練するか」


 ロベールの助け舟に、シャーロットはしばらく考えてから「国軍のことに口を出すのは難しいから、まずはルクス地区から志願者を募りましょう」と結論を出した。


「はい! シャル様。そこまで。晩餐会の準備もうギリギリの時間です!」


 議論の切れ間を待っていたメグが懐中時計を手に今日の時間切れを宣言する。


「あ、ロベール先生。寄附者の減税と納税リストの件だけど、昨日ヘンリー兄様からオッケーもらえたわ。ギスラ事務官と進めてちょうだい」


 最後にそう言い残して、彼女とメグは護衛のグラムと一緒に晩餐会の準備のために大慌てで出ていく。ロベールとユーリウスは、とんでもない過密スケジュールを毎日精力的にこなす少女を見送った。


◇◇◇


 懐中時計を片手に早足で急ぐメグのあとを、シャーロットは重いドレスを着て懸命に追いかける。グラムが「抱っこしようか?」と言ってくれたが、さすがに子供みたいで恥ずかしいので断った。


 ガルバ小隊がシャーロットの専属になった際に、グラムは大喜びで警備シフトの全部に自分を入れるようにガルバ小隊長に迫ったため、彼はもはや常駐のボディガードだ。ちなみに、ガルバは陰でグラムのことを「本人公認のストーカー」と呼んでいる。


 どうにか時間に間に合い、シャーロットは会場の扉の前で目を瞑って深呼吸をする。そして、上がった息から何からすべて嘘のように、澄ましたお姫様の顔になると扉を衛兵に開けさせた。



 晩餐会中、ダンスに誘われては踊る彼女を壁際で見守るグラムの隣にいたメグは慰めるように口を開いた。


「あんた、意外と我慢強いよね」

「ん。シャルを困らせることはしませんよ」

「知ってる? それ後方彼氏面っていうのよ」

「なにそれ。彼氏ねぇ。まぁたまに誘拐しちゃおうかなぁとは思うけど」


 メグは物騒なことを口にする幼馴染を肘で突いたが、彼女が望まずにゼロイセンに行くくらいなら、それもいいかなと思った。



 一通りのダンスの相手も終わり、さすがに「休憩」とシャーロットはソファーに腰かけた。どんなに移動しても気が付くと、メグとグラムがそっと近くに控えていてくれるので、シャーロットは安心する。メグが持ってきてくれたレモネードで喉を潤す。


「シャル」


 声をかけられて見上げると、赤毛の背の高い女性が前に立っていた。シャーロットの顔がパァと明るくなる。


「テレーゼお姉さま!」


 赤毛の女性は、サイフリッド大公の一人娘のテレーゼだった。彼女は頭もよく、女性ながら剣術も嗜んでいて、昔からシャーロットの憧れの女性だ。テレーゼはシャーロットの隣に座った。


「シャル、聞いたわよ。王立病院のこと。凄いわね。あのお父様が褒めてらしたわ」


 怖い顔しか知らないサイフリッド大公が一体どんな顔をして人を褒めたりするのか全く想像がつかないが、シャーロットは素直に喜んだ。


「そうだ! テレーゼお姉さまも一緒にやりませんこと?」

「そんな……面白そうだけれど……」


 その時シャーロットはこれに付随して、とても良いことを思いついたが、これは慎重に機を見て進めないと、今はそれ以上の無理強いをテレーゼにはしなかった。


 テレーゼと談笑していたら、どこかの令嬢にダンスを申し込んで振られているヨハンを見つけたので手招きして、こちらに呼ぶ。


「なんだよ。うわ……テレーゼもいる」

「相変わらず失礼ね、ヨハン」


 小さい頃からテレーゼに怒られてばかりいたヨハンはあからさまに嫌な顔をする。


「あ、そうそう。ヨハン、ちょっと耳を貸して。耳よりの情報よ」


 シャーロットは悪戯っぽく笑うと、ヨハンの耳元で何を囁いた。「耳より情報」を聞いた彼は眉間にシワを寄せて、先ほどまでとは打って変わって真剣な顔になった。


「それ、いつだよ」

「そうね。早くても一週間後かしら。お父様のリンタール侯爵によろしくお伝えしてね。ヨハンとはお友達だもの。私、悲しい想いはしてほしくないわ」


 にっこりと笑うシャーロットに、ヨハンは鼻を膨らませて両手をグッと握りしめ無言で怒りを表すと踵を返して、父親の元に直行した。

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