第14話 私の物は、国の物

 ルクス地区の視察から数日後、人払いをした室内でシャーロットは宝石商と対峙して不服そうに頬を膨らませていた。メグが後ろでハラハラしている。


「いや……ですから、ダメですよ。お売りすることはできますが、買取も仲介もできませんって」


 亡き母から受け継いだ貴金属と宝石類を売ってルクス地区に寄附しようと思っていたのに、先ほどから断られているのだ。


「母から受け継いだアクセサリーだし、私が処分しても問題ないはずよ」


 宝石商の言い分としては、王室府の長たるヘンリー殿下の許可が欲しいとのことだった。アクセサリーの価値的に他国の王族か資金力のある貴族を紹介してもらうか、商人ギルドに買い取ってもらうしか選択肢はない。


 仕方ないので、今日のところはシャーロットが諦める形となる。


(なんで、私の物を売るのに、ヘンリー兄様の許可が必要なのよ!)


 この後、腹の中に怒りを溜めこんだ彼女は午後のダンスの授業でそれを発散して、ダンス教師から「情熱的です! シャーロット殿下!」と褒められた。



◇◇◇



「シャル、こういったことは要らぬ憶測や噂を呼ぶ。『シグルズ王国は王女様に小遣いもやってないらしい。いよいよ危ない』となったら、外交や貿易も立ち行かなくなるんだ。軽率な行動は今後控えなさい」


 先代の王の弟でシャーロットの大叔父にあたる宰相サイフリッド大公は、怖い顔をさらに怖くして彼女を咎める。宰相サイフリッド大公の隣に座っている補佐役のリンタール侯爵もウンウンと頷くのだった。



 現在、ダンスの授業が終わってすぐにシャーロットは王室府から呼び出しをくらい、お説教の真っ最中だ。


(ヘンリー兄様に、サイフリッドの大叔父様に、ヨハンのお父様。私を怒るためだけに、お忙しいはずのお三方が集まるのも凄いわね)


 そんなことを考えているシャーロットだが、表面上はしょんぼり顔をして肩を小さくしていた。すると、一番の上座に座っていたヘンリー王太子が助け舟を出してくれた。


「でも、シャル、どうして急にこんなことを? 何か欲しいものがあるなら私に相談してくれれば良かったのに」


 そこでシャーロットは物憂げな表情を作ると、少し瞳に涙を溜めつつ話をし始める。


「……私がゼロイセンにお嫁に行ったら、きっとみんな私のことなんて忘れちゃうでしょう……。だからこの前、街の見学に行ったときに王立病院のこと残念がってる人たちがいたから、少しでもお役に立って……人々に覚えていてもらおうって……寄附をしたかったの……」


 話の途中でポロポロとこぼれた涙をシャーロットはハンカチで押さえつつ、三人の反応を伺う。


(ヘンリー兄様は完堕ち。大叔父さまも同情的ね)


 リンタール侯爵はただ一人、泣くシャーロットを侮蔑するように顎を上げて彼女を見下していた。


(本当にヨハンは貴方のお子さんね。そっくり)


 溜め息を一つ吐くと、リンタール侯爵は口を開いた。


「シャーロット殿下。何か勘違いしておられませんか。貴女の母上が輿入れの際お持ちになったものは、シグルズ王国への贈り物です。国の物ですよ。そもそもが物を所有できるなんて、どうして思えるのか」


 この発言に宰相サイフリッド大公は少しだけ眉を動かした。彼には娘しかおらず、親せきの男もパッとした人物はいないためサイフリッド家は家督相続について問題を抱えている。リンタール侯爵が彼が死んだ後で、宰相の椅子を狙っているのは丸わかりだった。


 パンっ! と突然ヘンリー王太子は手を叩く。


「うん。わかった。じゃあ、こうしよう」


 全員がヘンリー王太子に顔を向けると、彼をよく知る人だけがわかる笑顔の下に怒りを隠している時の顔をしていた。


「シャル、お前をする。王立病院計画について全権を委任しよう」


「な……。何を仰ってるんですか。前代未聞ですよ!」


 リンタール侯爵が泡を食って止めに入る。


「特別行政官について、女性への任命を禁止する決まりはない。前例がないだけだ。それにについては、我々が口を出す問題ではないだろう」


 そう宰相サイフリッド大公がヘンリー王太子を支持すると、リンタール侯爵はそれ以上の反論の口をつぐんだ。


(ヘンリー兄様がここまでしてくれるのは、さすがにビックリ。でもきっと名ばかりのお飾り行政官の予定よね。とはいえ……)


 彼女は驚いたふりをして口をハンカチで隠していたが、その下で唇の端は不敵に少しだけ上がる。



 シャーロットはこうして権力への第一歩を踏み出すことになった。



***


 晩年、リンタール侯爵は日記にこう記した。


「我々はあの小娘に寄附くらい自由にさせてやって、満足させたらとっととゼロイセンに送り出すべきだった。あれは魔女だ」

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