第15話 初めての権力
近衛隊本部・会議室。
ガルバ小隊長は溜め息をついた。彼はこれからとある審議事項の説明をしないといけないのだが、ただただ気が重かった。
「ハロルド大隊長、前の会議長引いたとのことで、もう少し到着に時間かかるそうです」
息を切らした隊員が会議室の中に向かって大きな声でそう報告すると、隊長達が開始の遅れに溜め息をつく。
近衛隊は王都及び王城を含めた広域を警備している王都衛兵隊の中でも主に王及び王族等の要人警護を担当しており、近衛歩兵隊と近衛騎兵隊で構成されている。グラムの父親のハロルドは、この近衛歩兵隊の大隊長である。
「どうせ、親衛隊の方の会議だろ」
隣に座っている同僚の小隊長が愚痴ってきたので、ガルバ小隊長は愛想笑いを返した。正式に「親衛隊」という名称の隊はないが、国王及び直系の王位継承権者の警護に当たっている隊はそう呼ばれている。
「遅れて、ごめんね~。リンタールのオッサン、超機嫌悪くてさ。話長いのなんのって。危うく怒られながら寝そうになったわ」
そう言いながら、黒髪で長身の男が部屋に入ってきた。室内にいた全員が立ち会って敬礼する。
「いいよ。いいよ。座って、座って。ただでさえ遅れてるし、早く始めよ」
歴戦の戦士だの勇者シグルドの生まれ変わりだの言われてるわりには、気安い態度のこの男がハロルド大隊長だ。
定例の報告事項をまず中隊長が説明を行い、続いて審議事項へ移る。ガルバ小隊長は議事次第を眺めながら、この次の議題かと確認し胃が痛くなった。
「では、シャーロット殿下の今後の警護計画について、ガルバ小隊長からどうぞ」
ガルバ小隊長は咳ばらいをしてから話始めた。
「先日、シャーロット殿下がルクス地区の特別医療改革担当行政官に任命されまして、公務のためにほぼ毎日、街へ外出されたいと仰ってまして……できましたら……その人員の……補充を……」
ハロルド大隊長に見られているので、どんどんガルバ小隊長の声は小さくなっていく。ハロルド大隊長は頬杖をついて、口を開いた。
「二十四時間、ほっといてもグラムが警護するでしょ。俺が十五歳の時には、単身で一個中隊なら制圧できたし。ってか、あいつマジで俺の命令も聞かねぇんだよ。親衛隊の方、手伝えって言ってんのに」
途中から息子の愚痴になるハロルド大隊長に全員反応に困っている。
「あ……いや、その……そうなんですけどね……戦闘力的には、はい……ご子息のお陰で必要十分どころか過剰かなって感じなんですけど……グラム君以外の我々にも生活が……それに唯一の女性隊員が今、産休でして……」
頬杖をついたまま、ハロルド大隊長はもう片方の手の指でコツコツとテーブルを叩いた。しばらく考えたあとで、隣の席に座っている中隊長を見る。
「ヴァイオレット殿下って外出するようになったか?」
中隊長は首を横に振る。ヴァイオレットは第三王女でここ数年引きこもっており社交界へも顔を出していない。
「今回のシャーロット殿下の件で、フィリップのバカ王子が面白がってナッポリーノから早く帰ってくるって言ってるんだよね。俺としてはずっとナッポでピザ食ってろって感じなんだけど」
商業都市国家ナッポリーノに視察中のフィリップ第二王子をハロルド大隊長がこき下ろす。
「なので、親衛隊の女性隊員三人とガルバ隊の男性隊員三人チェンジします。野郎だらけの親衛隊にして嫌がらせです」
思わずガルバ小隊長が椅子から立ち上がった。人員を増やしてくれと言っているのに、女性隊員と同数の男性隊員を抜かれては人員減と変わらない。
「まぁガルバ落ち着けって。話はここから。その代わり、お前の隊はシャーロット殿下の専属にする。他の隊の応援だの雑務だのなくなれば、ちょっとはいいだろ」
確かにシャーロットの専属なら、今の人数でもどうにかなるので、言い包められた気もしなくもないが、ガルバ小隊長は大人しく椅子に座った。
◇◇◇
同日同刻。王城内、ルクス特別行政地区執務庁舎・小会議室。
わけもわからず突然に王城に連れてこられて目の焦点が合わなくなって震えているユーリウス医師を筆頭に、ロベール、メグ、マイヤー先生の四人は上座に座ってニコニコしているシャーロットに困惑していた。
「あのこれは一体全体……」
仕方なくロベールが口を開いた。
「私ね、ルクス地区の特別……えっと医療……長いわね。とにかく特別行政官に任命されたの!」
「シャーロット殿下、特別医療改革担当行政官です」
困惑している四人の向かい側に座った眼鏡をした真面目そうな男性が正式な役職名を早口で告げる。
「それです! で、この方は今回の王立病院計画の事務を担当してくれるギスラさんです! ヘンリー兄様曰く超優秀な方です!」
ギスラ事務官が眼鏡をクイッとあげると、レンズがキラッと光った。まんざらでもなさそうなので、ロベールとメグはちょっと笑いそうになる。
「で、なんでみんなを急に呼び出したかというと! 私ひとりじゃ絶対に成功できないから手伝ってほしいの!」
四人の困惑も極まり誰一人状況がわからずに固まっている中、なにか書類らしきものを持ったギスラ事務官は立ち上がると、シャーロットに手渡す。シャーロットはその書類を持って立ち上がった。
「はい。まず、メグ。貴女を私の秘書官に任命します!」
シャーロットに名前を呼ばれたので、メグは反射的に立ち上がってその辞令を受け取ったが皆目理解できていない。しかし、シャーロットは次々と名前と役職を読み上げる。
「続いて、ロベール先生は、私の補佐官に任命します! 右腕です! 頑張って!」
「ユーリウスさん、医療技官に任命します。医療の専門的なことは貴方にかかってますよ! 頑張って!」
二人ともメグ同様に、わけもわからず辞令を受け取った。
「最後に、マイヤー先生。貴女は本件の監査役に任命します。不正は見つけ次第、報告してください」
そう言われたマイヤーは、ハッとシャーロットを見る。教え子の女の子は、知らないうちに「女の身の上では手に入れることはできないはずだったもの」を手に入れ、とても自信に満ちた顔をしていた。
マイヤーは、シャーロットから受け取った辞令を受け取ると、その上等な紙を撫でる。自分が行政上の役職を賜る日が来ることなど思いもしなかった。
(シャーロット殿下、貴女という人は……)
シャーロット本人は、初めて手に入れた人事権という権力を全力で振って楽しんでいるだけだったのだが、その姿にマイヤーは希望の光を見出したのだった。
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