第13話 人助けには金がかかる

 シャーロットからの申し出をロベールから聞いたユーリウスは最初かなり驚いていたようだったが、最終的に「じゃあ、診療所の方で」と快諾してくれた。


 親方にお礼を言って、みなで工房を後にする。


「ユーリウスさんは、ゼロイセンのご出身ですの?」


 診療所までの道中、シャーロットは日傘を回しながら愛らしく質問した。


「いえ、シグルズの出身です。ゼロイセンには公費で留学させてもらいました」

「まぁ! からザッハルベルグ医科大卒のお医者様が! 素晴らしいわ」


 シャーロットの物言いに、彼女が王女だとまだ知らないユーリウスは、大げさな子だなと苦笑する。


「はい。元来シグルズは先祖返りアタヴィスモスに頼り切った治療を行ってきたので、医学についてはかなり遅れをとっています。そこで、十年ほど前に医学生団をゼロイセンに留学させました。その中の一人が私です」


 確かに王城にいる老医師が最後の治療ができる先祖返りアタヴィスモスなのだ。元々、先祖返りアタヴィスモスの発生人数が少ないゼロイセンでは医学や科学技術がとても発達しており、今後シグルズもかの国を追従していかねばならない。


 古びた赤レンガの建物の前でユーリウスは立ち止まり、一階に入っている薬屋の店舗に入った。店主に声をかけて、店内にある階段から上の階の診療所に向かう。階段はかなり傾斜が急だった。


「ん。シャル」


 グラムがおもむろに両手を広げる。シャーロットもごく自然にグラムの首に両腕を回すと、そのまま文字通りのお姫様だっこをされた。全員が二人に注目する。


「どうかしましたの?」


 グラムの腕の中からのシャーロットの問いかけに、全員で「いや、階段危ないですからね。そうですね」という顔をしつつも、ガルバ小隊長とメグはグラムに無言の圧をかける。当の本人はそんな圧力はどこ吹く風で、この役得を満喫しながら階段を上がった。


 腕の中のシャーロットがクスクスと笑うので、グラムが「ん?」と彼女を見る。


「昔と変わらず、お日様みたいな匂いがするなと思って」


 急に自分が汗臭くないか気になったグラムは恥ずかしそうに彼女から目をそらした。


(君も昔から死ぬほど良い匂いするよ)


 階段を上りきって床にシャーロットを下すと、彼は腕の中から消えてしまった彼女の温もりと重さを惜しんだ。



 ユーリウスの診療所はかなり簡素だった。室内は消毒液の臭いに満たされているが、陽の光が差し込むおかげか病院特有の陰鬱さはなかった。簡単に衝立で区切られただけの診療スペースと待合スペース。


 医師用の椅子をクルッと回してユーリウスが座り、シャーロットは患者用の椅子に座った。


「えっと、何からお話すれば……」


 ユーリウスはシャーロットを見つめるのも憚られたのでロベールに助けを求めるように顔を向けたが、工房と違い事前にシャーロットの質問を聞いていないロベールは手で「すまん」と彼に謝罪のポーズをする。


「先ほど医学生団と仰ってましたけど、他の留学されたお医者様たちとは連携はとっておりますの?」


 シャーロットが口を開く。


「ああ、私は飛び級で課程を修了しましたので、一年ほど前に先に帰国したんです。なので他の者はあと一年ほどは帰国しないですね。ただ……」


 彼女の質問に答えつつ、ユーリウスは途中で言いよどむ。


「ユーリウスさん、失礼ですけれど、ザッハルベルグ医科大で学んだお医者様の診療所にしては、ここは設備が不十分だと思いますの。公費で留学されたということは、本当は帰国後にお勤めされる先は別だったのでは?」


 言いよどんでいる彼を助けるように、シャーロットは次の質問を投げかけた。


「……はい。本当はこのルクス地区に最新の医療設備の整った王立病院が開院される予定でした。でも……帰国してみたら、そのになっていました。それで困り果てていたら、この診療所の医師を紹介いただいて、彼はご高齢で毎日は診療できないからと、週に半分ほど使わせてもらっているんです」


 シャーロットは顎に人差し指をコツコツと当てて思案を巡らせる。


「あと一年ほどしたら、最新の医学知識を取得した優秀なお医者様たちが続々と帰国されるというのに、その技術を発揮する場がないということですね」


 ユーリウスが頷く。それからシャーロットはいくつか追加で質問をして、彼にお礼を言うと診療所を後にした。



 そして、帰りの馬車の中でもずっと考え事をしているような顔をしていた彼女はロベールに「先生、王城に戻ったら、資料室にお付き合いいただけますか」と同行を求めた。


◇◇◇


 王立病院の計画書は特に閲覧禁止でもなかったので、シャーロットは目を通すことができた。ただ、資料室の担当官は突然の王女の訪問に泡を食っていたが。


 ロベールと二人で手分けして、計画書を読む。


「当初の計画の決裁者は、当時王太子だった現国王のエドワード陛下だね」

「ヘンリー兄様が王太子になってルクス地区を引き継いでから計画が中止になってる。もう病院の建物もほとんど建設が完了してるのに」


 シャーロットの知っているヘンリー王太子の性格的に、こういった国民のためになる事業を理由もなく白紙にするとは思えなかった。何か特別な理由があったに違いない。


「それにしても病院の運営費かなりの額だね」


 確かに小さな街の年間予算並みの金額だった。シャーロットは今度はルクス地区の財政状況の資料を開く。


「先生、ヘンリー兄様がルクス地区を引き継いだ翌年に急に税収が落ち込んでるの、なぜかしら? それから徐々に盛り返していってはいるけれど」


 ロベールは資料室の担当官に、ヘンリー王太子が王太子になった年とその翌年の議事録を追加で頼みに行く。しばらく議事録に目を通したあとで、ロベールは口を開いた。


「シグルズ王国は先代の国王が戦費でかなりの重税を課したせいで、諸侯達から反乱に近い反発があってからは、予算や新たなる課税、税率の増加などいくつかの項目では彼らの承認が必要になってるんだ。そういった背景もあって、貴族たちも金銭面ではかなり王政に対して強気だね」


 これは絶対的であるはずの王権に制限をかけるものだった。


「お父様もよくそれで頭を悩ませて、いらっしゃるわ」


 ロベールはシャーロットに頷きながら、ルクス地区の状況を解説していく。


「ルクス地区は王城に一番近いから貴族たちの邸宅がたくさんあって、本来はその分の地区税がかかるんだけど、ヘンリー殿下が管理者になってからは、ほどんどの貴族がその納税を拒否してるようだね。ヘンリー殿下もかなり商業の活性化等でご尽力されてはいるけれど、今は既定事業の維持だけで予算はいっぱいいっぱいだ」


 彼女は父や兄の為政者としての本当の苦悩の一端を知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る