第12話 街で人々を救う医者
一通り工房を見終わると、親方は見学者達に冷たいお茶を出してくれた。シャーロットは飲んだことのない庶民のお茶の味に最初ビックリしたが、香ばしい香りが鼻に抜けて乾いた喉がヒンヤリと潤い、こういった体験ができることを素直に喜ぶ。
「
ロベールが親方に話を振ると、顎をさすって少し思案してから親方は話始めた。
「そうですねぇ。ルクス地区の工房のほとんどは高級な調度品用の回路を扱っていますから、あまり戦争などの外的な要因に左右されませんが、武器用の回路を作っている北方の工房は職人の雇用維持が大変なようですね」
シャーロットは話を頷きながら聞く。書記はロベールが買って出てくれたのでメモ等は取らずに親方の顔見ながら真剣に聞く方に注力する。人の話を聞いている聞いてないは、話している方からすると意外とバレてしまうものだ。
「ただ、ルクス地区でいえば、最近は街が活気づいてきたことで、人が急に増えましたので、下水の処理が心配ですね。回路の製作にはキレイな水が必須ですので」
シャーロットは、これは後でヘンリー王太子に伝えるべき内容として心に留める。
ドンッ! パンッパンッ!
突然、外の方から大きな破裂音が響き渡った。親方がすぐに立ち上がると、「お隣の工房の方で何かあったようですね。少し見てきます」と言って応接室を出て行く。シャーロットも興味津々で親方の後をついて行ってしまったので、残りの家来たち四人も慌てて後を追った。
外に出ると、魔鉱石の製錬炉の前で、顔の半分を押さえてうずくまっている職人を囲んで、みなテキパキと動いていた。
「おい! 水持ってこい、水!」
「大丈夫かぁ? いまユーリ先生、呼びに行ってるからな」
「またか。今月何度目だよ」
「検品ちゃんとやってるのか疑わしいよ」
職人達の会話が飛び交う。どうやら魔鉱石の製錬過程で、魔鉱石が破裂したようだった。親方は後ろからシャーロット達がついてきたのに気が付いて、説明を始めた。
「魔鉱石は魔素の含有率の高さでランク付けされてまして、純度が低い魔鉱石が混じった状態で製錬炉に入れてしまうと、ああやって爆発してとても危ないんです。逆に純度が低い魔鉱石はこの特性を活かして、工事で爆破が必要な際や武器などに使用されてます」
怪我をした職人を見ながら、シャーロットは眉間にしわを寄せる。純度の仕分け工程に問題が生じているのだろうか。グラムはそんなシャーロットの様子を見てから、スコップが刺さったままになっている魔鉱石の山に視線を移した。
「その純度の低い魔鉱石が混じってる可能性って高いんスか?」
いままでこの見学に一切の興味を示していなかったグラムが急に口を開いたので、みんな驚いて彼を見る。彼の質問に親方が答えた。
「いや年に1回あるかないか、ですね。ただ最近はとても多くて、うちでは製錬炉を使うときは防護マスクを付けるように指導してます」
「ふーん。でもそこの魔鉱石の山、すごい混じってますよ、純度低いの」
グラムが魔鉱石の山を指さすと、親方は目を見開いた。
「そんなはずは……ずっと使っている信頼のおける商人にこの地区の工房全体で契約して卸してもらってるんです……納品時にも検査していますし……」
親方が言い終わらないうちに、グラムは魔鉱石の山に近づくと、ポイポイと左右に投げながら石を分けていく。大きな山とその半分くらいの大きさの小さな山が出来上がるとグラムは振り返る。
「この小さい山の方、魔素あんまり含まれてないっスね。全部は流石に見れないけど、やっぱ結構混じってるんじゃないですか」
グラムの言い分に驚いた親方が職人達に「おい、誰か測定器持ってこい」と指示を飛ばした。慌ただしく職人達が測定すると、確かに製錬炉に入れることができる基準値を大幅に下回っていた。
「すごいですね。あれも
感心したロベールがガルバ小隊長に小声で尋ねる。しかし、ガルバ小隊長は険しい顔をしていた。
「いえ、グラムはちょっと勘が鋭いので」
そう言いながら一番納得できていないのは彼だ。勘が鋭いというだけで、シャーロットの居場所を詳細に当てたり、魔鉱石の純度がわかるわけがない。自分の部下ながら得体の知れない感じに首の後ろが時々ゾワゾワする。
「おおい! ユーリ先生、来てくれたぞ、みんな道あけろ~」
医師の到着に人垣が割れると、ヒョロ長く痩せ気味で顔に酷いクマのある見るからに不健康そうな男が姿を現した。
「患部の洗浄は?」
「先ほど、とりあえず水で」
「ん。破片取って消毒するよ。痛いけど我慢して」
不健康そうな医師だったが、思いのほか喋り方はテキパキとしており、処置も手慣れていた。怪我人の顔から大きな破片を取り除くと、下瞼を指で引き下げて眼球の動きをチェックする。
「はい。指の動き目で追ってみて」
人差し指を怪我人の顔の前で、ゆっくりと左右に動かす。
「目は大丈夫そうだね」
彼は患部に軟膏を塗ってからガーゼと包帯で固定した。
「ちょっとここで細かい破片まで取り除けないから、あとで落ち着いたら診療所に来て」
処置が終わり医者が顔を上げて周りを見ると、ロベールと目が合う。そしてお互い驚いた顔をした。
「ロベールじゃないか。眼鏡してないから一瞬わからなかった」
「ユーリ!?」
ロベールは医師をみんなに紹介する。彼はシャーロット達にも頭を軽く下げて会釈すると、ユーリウスと名乗った。
「心配したよ。兵隊に殴られて貴族の馬車で連れ去られたって聞いたから拷問でもされて死んだんじゃないかって」
ユーリウスはロベールがこの国に着いてから滞在していた下宿屋の住人だ。今は王城で働いている旨をロベールが伝えると、とても驚いた顔をしつつも、ユーリウスはロベールの肩を叩いて喜んでくれた。
「ユーリウスさんは、お医者様ですの?」
「ユーリは凄いんですよ。ゼロイセンのザッハルベルグ医科大で学んでいて」
シャーロットの問いに、なぜかロベールが自慢げに答える。すると彼女は『ゼロイセンのザッハルベルグ医科大』に反応を示す。
「ロベール先生、私、ユーリウスさんにもお話聞きたいわ。いいかしら」
雇用主の追加の社会科見学のご要望に、ロベールは墓穴を掘ったことに気が付いた。
◇◇◇
「あ~あ、バレちゃった」
丘の上から双眼鏡で、工房区画の様子を見ていたレイヴンが声を上げる。
「あの少年、何者なんだ?」
同じく隣で双眼鏡を覗いていたクロウが訝しむ。
「さすがにちょっと調べましょうかね。って、調べるのお前だけど」
レイヴンの適当な指示に対して、クロウの眉間にシワが寄った。
「簡単に言うな」
そう言って、クロウはレイヴンを蹴っ飛ばした。
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