平民2人目(町医者)

第11話 王女、人々の暮らしを知る

<人物相関図>

https://kakuyomu.jp/users/sasa_makoto_2022/news/16817330655154550929

***


 ロベールが家庭教師となり二週間。今日は、シャーロットがかねてより希望を出していた「街へのお出かけ」もとい「城下の視察」の日だった。


 シャーロットの意向が「護衛は少人数で目立たずに」ということで、少数精鋭で先祖返りアタヴィスモスのガルバ小隊長とグラムで警護にあたる。


 二人とも近衛隊の制服は着ず平服でシャーロットの部屋に赴く。部屋の前の衛兵二人に敬礼しつつ扉の前に立った時、ガルバ小隊長は隣に並んだグラムに違和感を感じた。


「お前、また背伸びてね?」


 グラムが満面の笑みを浮かべて、「えへへ」と頭に手を当てる。


「そうなんですよー。もう寝てると膝がギッシギシのミッシミシで痛くて」


 少し前まで自分より背が低かったはずの少年が、いつの間にか自分と同じ目線の高さになっていることに、近衛隊の中では小柄なガルバ小隊長はジト目で部下を見る。


「俺よりチビだから、お前のことかろうじて好きだったのに……」

「えええ……発言大人げなッ」


(そういえば、ハロルド大隊長も長身だった。こいつもあんなデカくなるんか)


 グラムの父親のハロルド大隊長の姿を思い出して、ガルバ小隊長はグラムの成長完成図を想像する。


「長身のイケメンが、憎いッ!!」


 突然のガルバ小隊長の慟哭に、グラムと衛兵達が驚いてビクッと肩を震わせた。両手で顔を隠して「うう……」と泣き始めた上司をグラムは持て余す。衛兵達はガルバ小隊長をなるべく見ないように頑張っている。


「小隊長、情緒不安定すぎでしょ……」


 上司が使い物にならないので、グラムは勝手に扉をノックした。少しして、メグが扉を開けてくれる。室内では、ソファーでシャーロットとロベールが紅茶を飲んでいた。


(警護対象者はシャーロット殿下だけとはいえ、侍女と家庭教師で計三人。これをグラムと二人でか……)


 先ほどの「勝手に想像ショック」から早くも立ち直ったガルバ小隊長は、改めて今日の仕事について不安を覚える。しかし、隣のグラムはシャーロットの視察ファッションにテンション爆上がりで、仕事の難易度について全く気に留めていないようだった。


「シャル、めっちゃ可愛い!」

「あら? そう。メグに『成り上がり系男爵家の令嬢おでかけ風』で頼んでみたのだけれど」


 白と黒と赤のタータンチェック柄のワンピースドレスを着たシャーロットがソファーから立ち上がって、クルッと回って見せる。


「そのなんとか風がなんなのか全然わかんないけど、超可愛いッス!」


 グラムのシャーロットに抱き着きかねない勢いにメグが間に割って入った。


「はい。グラム、ステイ! 近づきすぎ」


 ガルバ小隊長は楽しそうに仕事(?)に励む部下を呆れて見守った。


◇◇◇


「ロベール先生、眼鏡の修理はまだ終わりませんの?」


 しばらく馬車の窓から楽しそうに街への道並を眺めていたシャーロットが向かいに座ったロベールにそう問うと、彼は頬をかきながら返答する。


「お恥ずかしながら、お給金を貰ってから直そうと思ってまして」

「あら、そんなのヨハンに出させましょう」

「いいですって。もうあんまり関わり合いたくないので……」


 慌ててロベールはかぶりを振った。シャーロットは少し不満そうだったが、意地悪なヨハンと関わり合いたくない気持ちもわかったので、それ以上の無理強いはやめる。


「不便じゃないんですか、見えないの」


 ロベールの隣に座ったガルバ小隊長が横からそう言うと、ロベールは曖昧な笑みを浮かべた。ちなみにグラムは一人だけ車外で御者の隣に座っている。


「貧乏で眼鏡を買えなかった期間が長いので、無くても普段の生活は平気なんですよ」


(この人、どんな生活してたんだ? 前も食うもんなかったら、なんでも食べれるとか言ってたし。ロマフランカって裕福な国だと思ってたが)


 小さな疑問をガルバ小隊長の心に残して、馬車はルクス地区の入口に到着した。



 案内役のロベールを先頭にして、ガルバ小隊長、シャーロットと横に並んだメグ、殿しんがりはグラムでルクス地区へとお忍び視察ご一行様は足を踏み入れた。


「えっと、ルクス地区は正式名称は、王太子直轄領ルクス特別行政地区といって、今はヘンリー殿下が管理されている区画だね。ヘンリー殿下は特に商業に力を入れておいで、他の都市に比べて商いの許可は取りやすいし大通りの賑わいは素晴らしいね」


 シャーロットはメグが差してくれていた日傘を取り上げると、自ら差してクルクル回しながら、ロベールの話を興味深く耳を傾ける。今までだったら馬の耳に念仏な内容だったが、をした日からは真剣に学ぶようになった。ロベールもシャーロットのために王城の資料室や図書室でかなり勉強しているらしい。


 裏通りに進んでいくと、今度はたくさんの工房が現れる。ロベールは手持ちのメモを持ちながら説明を続けた。


「次に、シグルズ王国は大変空気が澄んでいて水がキレイなので、小さな埃も命取りになるような精密なカラクリ工芸品の生産に向いていて、特にファーヴニル山周辺で出土する魔鉱石を使用した魔導演算装置ソーサリープロセッサーは国外での需要が高く非常に高価なので主たる輸出品になってるね」


「それ、魔具まぐの部品のやつ?」


 なぜか、ガルバ小隊長が質問をしたので、みんな一斉に彼を見た。彼は「あ、すいません」と謝る。


「いえ問題ないです。そうですね。魔導道具ソーサリーアイテム、この国では通称『魔具まぐ』の中心部品です。ちなみに、魔具は勇者シグルドの仲間だった魔導士マリガンの編み出した便利グッズの数々で、各国が競い合ってマリガンの技術の解明に日夜励んでるよ」


 グラムは欠伸あくびをしながら後ろをついてきている。ロベールは工房の一つに入り、中で作業している職人の一人に声をかけた。


「すいません。先日、見学のお願いにあがったロベールです」


 職人が「おーい、親方! 例の人達きたよ」と呼びかけると、奥から親方と呼ばれた年配の男性が出てくる。


「あーはいはい。ロベールさんですね。工房を案内しますね」


 気の良さそうな親方は、片目にはめたままだったルーペを外して、エプロンのポケットにしまう。そして、魔導演算装置ソーサリープロセッサーの製作工程を順々に各作業台を回りながらシャーロットに丁寧に説明してくれた。


「まぁすごい! キレイ。金の糸で編んだレースみたい」


 魔導演算装置ソーサリープロセッサーの回路部分を見ながら、シャーロットは感嘆の声を上げる。


 街は、王城の中にいたら一生知らなかったであろう未知なる刺激に満ち満ちていた。

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