第10話 その日、王女は最強の武器を手に入れた②
「じゃあ、王様ってどうして必要なんだろう?」
正午を過ぎたばかりの勉強部屋にロベールの声が響いた。
彼の問いかけに、シャーロットはゴクリと唾を飲み込み、なぜか悪寒がした。
王の必要性。果たして疑問を持ったりして良いのだろうか。許されるのだろうか。ドドドと心臓の音がどんどん早くなる。こわばった顔して黙ってしまったシャーロットを見て、ロベールは微笑む。
「ちょっと意地悪な質問をしちゃったね。正解を言おう。王は『その国家がどうするか』つまり、その国家の意思を決定し代弁するためにいる。例えば、税金を取って道路を整備しようだとか、隣国と戦争しようだとか、ここから先は我々の国だ、とかね」
シャーロットは『王とは何か』を話し始めた教師に真剣に耳を傾ける。
「まぁ実際は国自体が話したりはしないからね、『国家の意思』っていうのは比喩だけど。で、この国家の意思を政治学では『主権』と呼びます」
黒板の「王」の文字にマルをつけると、そこから矢印を引っ張って、「主権」と書いてから、その下に「国家の意思決定権」と付け加える。
「シグルズ王国もロマフランカ王国もゼロイセン帝国もこの決定権は『王』が持っていて、決めたことを実行するのも『王』だ。じゃあ、誰がこの『主権』を『王』に与えたんだろうか。どうして僕たちは王様に従わないといけないんだろうか」
板書の「主権」の文字をコンコンと人差し指で叩きながら、ロベールはさらにシャーロットに疑問を投げかける。シャーロットは怖い話でも聞いているかのように、みぞおちあたりがキュッと上がった。
いったい「誰」が「王」を「王として決めたのか」、どうして「王に従わなければならないのか」考えたこともなかった疑問を次々に浴びせられる。
シャーロットは懸命に頭を使って、父親の戴冠式の絵画を思い出すと、教皇が王冠を父の頂に授けていたのを思い出した。
「……教皇様かしら」
「素晴らしい!」
パンと、ロベールが手を叩く。
「そう。教皇は『神』の代弁者だ。つまり、『神』が与えたということになる。これを『王権神授説』というね。神がこの絶対的な権力を王に授けたのだから、民は従わなければならない、そういう仕組みだ」
そこまで話して、ロベールは急に黙り込んだ。しばしの沈黙にシャーロットが「どうされましたの?」と問いかけると、彼は「これはまだここだけの話にしてほしいんだけど」と前置きしてから持論を語り始めた。
「僕はね、『神』は王ではなく『国民』のすべてに等しく授けることもできるんじゃないかと思ってる。国民一人一人からの信託に基づいて、選ばれた人が王の代わりになるべきなんじゃないかって」
かなり刺激的な授業内容だったが、シャーロットの脳はいくつかの疑問を生じたおかげで急に冷静になる。
「選ぶってことは、多数決で決めるってことかしら?」
ロベールは頷く。
「もちろん、そうなるね。みんな、それぞれ色々な意見があるだろうから。でも、多数決に至るまでに十分にお互い話し合うべきだね」
シャーロットは顎を人差し指でコツコツと叩きながら思考を巡らす。
「ねぇ、ロベール先生のいう『国民』って、どういう人達を指してますの? 貴族や納税者かしら」
優秀すぎる生徒からの質問に、ロベールは破顔した。
「色んな考え方があるけど、僕は納税していない人も含まれると思ってるよ。貴族や納税者だけに限ると、富める者たちが益々富んで、貧乏人は一生這い上がれない国になってしまう。だから成人年齢のすべての人が投票して多数決で選ぶべきだね」
シャーロットはそれを聞いて立ち上がると、本棚に向かい、一冊の紐で閉じられている横長の冊子を取り出した。頁を捲ってお目当ての箇所を開き、ペンを使って何かを紙に書き始めた。ロベールは覗き込んで、ギョッとした。
それは、国内の人口や作物の収穫量、収入源などを記した帳簿だった。
「以前、マイヤー先生に教わったのよ。この国に住む人の中で貴族は1パーセントよりも全然いないの。身分のない人達でも高度な教育を受けてる人は5パーセントもいない。お父様が手習いの制度を始めてから識字率は上がったけれど、難しいことがわからない国民のほとんどは『正しい代表者を選べ』って言われても、きっとその人物を『好き』かどうかで判断するわ」
この段になって、ようやくロベールはとんでもない怪物の眠りを起こしてしまったことに気が付いた。
(あの内容を聞いただけで、この子はこんなことを考えてしまうのか)
「ねぇ、ロベール先生。私、ちょっと諦めていたの。ゼロイセン帝国にお嫁にいくこと。だって、お父様や貴族の重鎮たちが決めたことを私の力じゃひっくり返せないし」
ロベールの背中に冷や汗が伝う。
「でも国民の大多数を味方にしたら、私あの人たちの決定を覆せるんじゃないかしら。さっき、ロベール先生は『王の代わりになる人を選ぶ』っておっしゃったけど、別に『王』を選んでもいいわけよね」
シャーロットの翡翠色の瞳に確固たる決意の炎が灯る。
「私、この国の王になるわ」
***
のちに、シグルズ王国に亡命し、『円卓の賢人』の筆頭としてシャーロット女王を生涯補佐することとなるロベールは、この日の出来事について自身の回顧録で、こう語っている。
「私の政治家としての正否の審判は後世に預けるとするが、シャーロット女王に政治学をお教えしたことだけは正しかったと断言することができる。この身に余る誉れの味を知っているのは、世界で私と勇者シグルドに聖剣グラムを授けた鍛冶師だけだろう」
◆◆◆
とある少年の目撃談。
「お使いが終わって、家に帰ろうとしたら、お馬さんが暴れ出したんだ。おばあちゃんが兵隊さんにバーンってされて怖かったけど、きれいな女の人とかっこいいお兄ちゃんが兵隊さんをやっつけてくれたんだ。でもね、たくさんの兵隊さんが集まってきたら、倒れてたおばあちゃんは急に起き上がって、まるで猫みたいに階段をピョンピョン飛び跳ねて建物の屋上まで登っていったんだよ! 本当だよ! 嘘じゃないよ!」
老婆の姿をした何かは全員の注意が突然現れた近衛兵の少年へ向けられた隙に、建物と建物の間の細い路地に入り込んだ。老婆の顔だが背筋はちゃんと伸びており、不気味さが目立つ。そして、それは外階段の手すりを猿のような機敏さで掴みながら跳躍して屋上に向かった。
上から一連の騒ぎを見下ろしていた剛健な大きな身体をした男が後ろの気配に振り返ると、老婆の顔が口を開く。
「レイヴン。どういうことだ」
「いや、純粋に出遅れただけだ。ってか、婆さんの顔してピンピン元気に動かれると気持ち悪いから顔のそれ取れよ、クロウ」
レイヴンから文句を言われて、舌打ちしながらクロウは頭から老婆の顔をべりべりと剥がす。すると、顔に大きな傷のある女が現れた。
「わざわざ騒ぎを起こしたのに、結局、近衛兵が助けに入るんじゃ意味ないじゃないか」
首を捻りながらレイヴンは弁明ともつかないことを口にする。
「……正直、アレが接近してることに気が付けなかった。クロウ、お前は気が付いたか?」
そう問われてクロウは首を振った。
「お前が気が付けないのに、私が気が付けるわけがなかろう」
レイヴンは「だよなぁ」と腕を組んで、もう一度眼下を見やる。本来の計画では、傍若無人な貴族に鉄拳制裁を与える役目はレイヴンだったが、謎の黒髪の少年兵にそのお株を取られてしまった。かの少年の異様なまでの戦闘能力の高さに昔の戦争でのことを思い出して、レイヴンは膝の古傷が痛む。
「ジャックドゥもこれは想定外だろう。とりあえず一旦、引き上げだ」
レイヴンとクロウは計画の失敗を受け入れると、二人とも今度はちゃんと階段を使って下まで降りて、人ごみの中に紛れ込んで姿を消した。
(政治学者編・終)
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