第8話 王女の自己決定権

 シャーロットは今ちょっとピンチな状態である。


 色んなアクシデントが重なって、王城に帰ってきた時にはダンスの授業にギリギリだったので、ヘンリー王太子への家庭教師を雇った報告は明日で良いと思っていた。


 しかし、自室に戻ると、ソファーにニコニコしたヘンリー王太子と義理の母であるマーガレット王后が座って待ち構えていたのだった。


「……あら~。お二人とも……どうされたのかしら……」


 確かにあれだけの騒ぎに巻き込まれて、近衛隊まで出動したのだから、報告が上に上がっても仕方ないが、二人とも公務で大変忙しく末妹の自分のことなど後回しにすると、シャーロットは思っていた。


「うん。シャル、とりあえず座りなさい」


 ニコニコしているヘンリー王太子に言われて、二人が座っている斜め前にある一人がけのソファーにシャーロットは小さくなって座る。


「シャル、護衛もつけずに黙って城を抜け出したそうだね」


 シャーロットは消え入りそうな声で「はい」と答えた。


「メグを懲戒処分します」


 マーガレット王后が口元を羽根の付いた扇子で隠しながら、そう宣言すると、シャーロットはソファーから飛び上がった。


「どうして! メグは私が無理やり付き合わせたのよ!」

「それが王族というものです。自覚を持ちなさい。貴女の行動一つで不幸になる民がいるということを」


 美しい翡翠色の瞳にみるみると涙が溜まる。


「……メグだけは……取り上げないで……お願い……。……私が無理やり外に出たがったの……」


 言い終わらないうちに、ボロボロと涙がシャーロットの玉のように白い肌を伝って、絹のドレスの胸元を濡らす。


 その様子を見ていたヘンリー王太子とマーガレット王后は、顔を見合わせて溜め息をついた。


「反省したか、シャル」


 シャーロットは、ブンブンと頭を振って頷く。


「反省に免じて、今回のメグの懲戒処分は、ひと月の減給処分とします。貴女の代わりに罰を受けるのです。そのことをよくよく考えるのですよ」


 王室府において侍女たちの人事権を持つマーガレット王后は、そう処分を下す。


 メグの解雇がなくなり安心したシャーロットが涙を手の甲で拭うと、ようやく怖いニコニコ顔をやめていつもの朗らかな笑顔に戻ったヘンリー王太子が手招きした。ヘンリー王太子の膝元で、シャーロットは立膝をする。


「私たちもお前を輿入れまで城に閉じ込めておこうとは思ってはいない。急に思い立って外に出るのは難しいが、事前に近衛隊に言えば対応してくれる。いいね?」


 彼は妹の頭を撫でながら、そう優しく諭した。


◇◇◇


 遅れて始まったダンスの授業はかなりボロボロだった。シャーロットが目を真っ赤に腫らしているものだから、ダンス教師も短時間で授業を切り上げた。


 湯あみをメグに手伝ってもらいながら、「ごめんなさい」と何度も謝ると、メグは「何言ってるんですか! この程度でへこたれてたらシャルのお守はできません! それに王族ってのは絶対に謝ってはいけませんよ!」と笑ってくれた。


 メグは自室に下がってしまった。寝間着でバルコニーで夜風に当たる。先ほど、最後にヘンリー王太子に、ロベールという青年に家庭教師を頼みたいという話をすると、「パリス大学とは、すごいな」と笑って許してくれた。


(私には、なんの力もない)


 父も義母も兄も、いつでもその気になれば、彼女から親友を含めたすべてを取り上げることができる。彼らはそのような惨いことをしたりしないが、ゼロイセンに嫁いだ後は夫となるゼロイセン皇太子の機嫌を損ねれば、故郷から遥か遠い土地で妃とは名ばかりで飼い殺しにされる可能性も十分にある。


(なんで自分のことを他人に決められないといけないんだろう)



 そんなことを考えてながら落ち込んでいると、バルコニーの下から声がした。


「ん? シャル、何してんの? 風邪ひくよ」


 下には、宿舎に戻ろうとしているグラムがいた。グラムは軽快な動きで、壁をよじ登って、バルコニーの石でできた柵の上に乗る。


「よっと!」


 シャーロットは、この出会ってから一切態度が変わらない幼馴染に問いかける。


「ねぇ。グラムは、上司に『クビだー! でてけー!』って言われたら、どうするの? いなくなっちゃう?」


 グラムは首を傾げる。


「近衛隊を追い出されたらってこと? そうだなぁ。その辺の木の上で寝るよ。王城ここ、木いっぱいあるし」


 ズレたことを言う幼馴染に、シャーロットは吹き出す。


「ふふふ。じゃあ、グラムはずっと何があっても一緒にいてくれるのね」


 シャーロットの口説き文句ともとれる発言にビックリしてバランスを崩して、柵から落ちそうになるが、グラムは持ち前の体幹で落ちずに堪えた。


「…………シャルが嫌がっても一緒にいるし……」


 グラムが耳まで赤くして小声そう答えたが、シャーロットには届いていないようだった。


 少しの間だけ二人で夜風に当たる。シャーロットは、他人の気分で取り上げられたりしない大事なものをひとつ見つけられて安心した。

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