初めに言ありき

 愛は言である


 私はこれまでの慎ましい人生の中で、いくらか、いえ、ここは思いきって、できる限りと言いましょう。ついさっきまでそこにあった、掴もうとすればするほど消えていく靄を、必死にあたふたと言葉にしてきたのです。母に、父に、兄に、妹に、先生に、友達に、恋人に、誰の記憶にも残らぬであろう言葉の数々をぽろぽろとこぼしてきたことかと思います。




 けれども私の中にある塊は、日を増すごとに固く固くなっていき、あるいは柔らかくなっていき、果して元の形を忘れてしまいました。私がかつて欲したのは、決してこんな情けないものではないのです。今語った言葉が、次の瞬間には、みるみる嘘へと変わっていく。いえ、そもそも本当であったのかどうかも疑わしい。事実今書いているこの言葉ですら、さて、どういう風に周りに映るのか、緻密に慎重に考えているのです。なんとさもしい。ですからあなた、決して信じませぬよう。



 どれが私の言葉でしょうか。私が発するものの至る所に、誰かの影と私の醜い自尊心。ああ、あなたのその小さな胸の中で溶けて消えてしまえたなら、それだけで生きていけるでしょう。もしよろしければ、変なことを言いますが、あなた、私を食べちゃってくれませんか。もしかしたら美味しいかもしれませんよ。




 あなたなら判ってくれるでしょうか。剥がそうとすればするほど確かに重なっていく土壁。いっそ何もしなければ、これ以上哀れな醜態を晒さずに済むのでしょうか。いえ、こうして生きていく限りもう止められないのでしょうね。やはりあなたには判りませんか。いえいいんです、お気になさらないで。




 私がこの世で欲しいのは、たった一輪の蒲公英です。


 


 こうして何だか判ったようなことを言いながら、実のところは、ただただそうであって欲しいと、どうかどうかと、ぶるぶると震えながら祈っているだけなのです。自信なんてまるでないのです。そんな愛しい少年に、どうか、唯一無二のあなたの愛を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼやけているもの 伊富魚 @itohajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る