踊る

 「じゃあ、もうそろそろ」マキは小さな黒色のリュックサックを背負ってすくっと立った。ここ数日で一層寒さが増してきたような気がする。

「駅まで送るよ」僕ものそりと立ち上がって彼女の後についていく。心はしんと凪いでいた。昼下がりの陽光が部屋の隅にまで差し込んでいる。部屋をちらと見渡すと、彼女のものがなくなった所だけ不規則な穴がぼこぼことできていた。

「いいわ、玄関までで」

「そう」

 何とも、あっさりしたものである。付き合うことも、別れることも、こんなに簡単なものだったというのは、少しだけショックだった。この別れ話に関しても、いつかどこかで同じ内容を話したことがあるのではないかと僕はふと思い起こそうとしてみたけれど、日常の何気ないシーンだけしか浮かんでこなかった。

 愛だの恋だのは、空想の世界でご丁寧にも美しく整頓されているらしく、それを曖昧にぼかしたままにはさせておいてくれない。細かな分類があり、そこから得られる快楽が示してある。まあ何とも忙しい現代人への有難い配慮である。はは、何を言っているのだろうか。僕は苦笑した。

 彼女はそのまま何か言うこともなく、玄関の扉を開けて出ていった。バタンと扉が閉まり、しんと音が響いている。僕は何を思っていたのだろうか。よく分からなかった。悲しいとも違う、嬉しいとも違う、寂しいとも違うような。これも誰かが教えてくれたりするのだろうか。そしてまた新しく名前を付けてくれるのだろうか。そしてそれを知った僕は成程、何だか得意気になったりするのだろうか。

 いささか独断がすぎる僕は、こうしてまた気づかぬうちに同じような劇の中で繰り返し繰り返し踊るのでした。哀れ。

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