踊る
「じゃあ、もうそろそろ」マキは小さな黒色のリュックサックを背負ってすくっと立った。ここ数日で一層寒さが増してきたような気がする。
「駅まで送るよ」僕ものそりと立ち上がって彼女の後についていく。心はしんと凪いでいた。昼下がりの陽光が部屋の隅にまで差し込んでいる。部屋をちらと見渡すと、彼女のものがなくなった所だけ不規則な穴がぼこぼことできていた。
「いいわ、玄関までで」
「そう」
何とも、あっさりしたものである。付き合うことも、別れることも、こんなに簡単なものだったというのは、少しだけショックだった。この別れ話に関しても、いつかどこかで同じ内容を話したことがあるのではないかと僕はふと思い起こそうとしてみたけれど、日常の何気ないシーンだけしか浮かんでこなかった。
愛だの恋だのは、空想の世界でご丁寧にも美しく整頓されているらしく、それを曖昧にぼかしたままにはさせておいてくれない。細かな分類があり、そこから得られる快楽が示してある。まあ何とも忙しい現代人への有難い配慮である。はは、何を言っているのだろうか。僕は苦笑した。
彼女はそのまま何か言うこともなく、玄関の扉を開けて出ていった。バタンと扉が閉まり、しんと音が響いている。僕は何を思っていたのだろうか。よく分からなかった。悲しいとも違う、嬉しいとも違う、寂しいとも違うような。これも誰かが教えてくれたりするのだろうか。そしてまた新しく名前を付けてくれるのだろうか。そしてそれを知った僕は成程、何だか得意気になったりするのだろうか。
いささか独断がすぎる僕は、こうしてまた気づかぬうちに同じような劇の中で繰り返し繰り返し踊るのでした。哀れ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます