始まり
クチクラはぎらついた笑みじみて光を反射している。
樹の下の眩しい影はクモの巣のように
「…………、なんで」
確かに切り倒したはずだった。
(この手で――、)
そう右手に意識を投げると、オノを握り込んでいることに気づいた。
黒曜石を刃として
「はっ、はっ、はっ……、」
「大丈夫?」
声をかけられた方を視るが、そこにチョップは立っていなかった。方向感覚が狂っている。
瞳孔が収縮と拡散を繰り返して頭がフラフラする。
それでも焦点だけは定まっていた。
あの樹。
「――っ!」
無理やり体重を前に掛け、押し出すように方向を定める。
まっすぐ、前へ。
「……ぅぅぅぅあああああああああああ!!!!」
木陰に入ると同時、オノを垂直に振り上げる。狙うのは先程と同じ。
巨重を支える足、根だ。
「ぁああっ!!」
打撃の到達に合わせてオノの首を踏みつける。
魚の捕食じみた挙動を示し、根の一本は完全に切断した。
「カカオ! ……どういうこと?」
急に走り出した疲れが来たのか、僕は膝から座り込んだ。重いオノを手放すという考えは、どうしてか生まれなかった。
けれどそれに関知せず、樹の重心はバキバキと断裂音を出して動いている。
倒壊が始まる。
「クソ!」
チョップは僕の脇に手を通してタックルをかました。二人共ふっとばされ、木陰を抜けて硬い地面と皮膚を摩擦する。
そして。確かに、樹と地面の間で小さな圧死音が無数に繰り返された。
そうだ。そのはずだ。
「――――、」
倒れたまま肩越しに振り返る。
そうして目に映るのは、全く同じ姿で屹立するカカウ。
「……あ」
自分の中で育んできた大きなモノが、果実のように潰れるのを感じた。
「お、おおおおぉぉオオオオオ!!!!」
チョップの腕を振り払って、樹に怒号を浴びせながら石斧を振りかぶった。
幹を。枝を。根を。あらゆる場所を腕がダメになるまでめちゃくちゃに打ちのめす。
それでも。
「どうして、また――」
一瞬だけ目を背けたタイミング。瞬きをしたタイミング。
それらを一回でも経た後には、また樹は力強く根を張っている。
「クソ、クソ、クソ!!」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
「はっ、はっ、はははははははははははははははは!!」
怒号はいつの間にか爆笑に変わっていた。唇の動きが自分で制御できない。
「はっ、次ィ――」
再びフラフラと樹に近づき、幹に向かってオノを振り上
「カカオ!!」
――肩に乗る手のひらの重さ。
……力が抜ける。するりと。手のマメが潰れて血のついたオノを地面へと。
そして、後ろを見る。
「…………あ」
無数の、視線が、僕を射抜いた。
60に近い瞳は余計に黒々と光った。
怯え。侮蔑。或いは、怒り。
十数年を共に暮らした人たちの中に、一人として味方はいなくなっていた。
ビトールという少年は足元の小石を拾った。
「かみさま」ある大人が眼を潤わせながら手を合わせた。
体が乳酸に浸かる感覚。
汗が気化して肌に刺さる冷気。
あの人達の吸い込む熱い空気。
死にたく、ない。
「チョップ」
喉で詰まっていたものが、鱗のように剥落する。
「助けて……!」
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