#93 からっぽだった私は――。

 ――落ちる。落ちる。落ちていく。


 フレースヴェルグが。

 邪竜さんが。

 ヘル様が。


 みるみる小さくなっていく。

 


 思えば奈落での生活も、落ちたことから始まったなあ。

 自分のコミュ力の無さが災いして仲間に魔王の手下と疑われて。

 落ちた後は十五年も眠って、そのあいだ魔王さんに介抱してもらって。

 

 うーん、ある意味魔王さんの手下と言っても過言じゃないかもしれない。

 だって十五年も面倒を見てくれたんだよ?

 いや、むしろあんな上司最高なんじゃないかな。

 可愛くて優しくて。えへへえ。


 落ちた先での生活は、本当に楽しいことや嬉しいことの連続だったなあ。

 

 最初は速攻出禁を宣告されて、ガルム紳士に嵌められて。

 その後すぐにクビになって。

 必殺特製シチューで起死回生して。

 魔王さんが風邪を引いちゃって。

 魔法で大失敗して。


 ……うん? 楽しいことや嬉しいこと……?


 いや、これも楽しいことや嬉しいこと、だな。

 いい思い出だもん。


 それに何といっても、魔王さんを始めとした沢山の友達。同じ使用人の仲間たち。

 シンモラさん、ガルム紳士、ヘル様。

 スルトくん、フェンリル、ヨルムンガント、ラティさん、レトさん。



 奈落に来る前は、思い出ゼロの友達ゼロ。

 からっぽでカラカラだったもんなあ。えへへ。



 ……って、私はなにを長々と考えてるんだろ。

 いま絶賛落ちてる真っ最中だよね!?

 こここれが走馬灯!?

 いやあああああ、高いいいいいいいい!!

 

 そ、そうだ!

 ティル! ティルなら飛べるはず!

 

 ……あれ。

 ……ティルの刀身が……無い……?


 いやああああ、粉々に砕けてるうううううっ!!


 まままずいよねコレ!

 どうする!?

 どうすればいい!?

 

 

 かー。かー。



 ……ん?

 ……なんか聞き覚えのある声が。


 って、気付いたら肩に青と緑のワタリガラス留まってるうううううう!!


 かー。かー。


 あっ!

 いたいいたい!

 ちょ、クチバシ、やめ!

 いたたたたた!


「ちょっとお! フギンさんムニンさん! やめてええ!!」


《フフフ、久し振りだなナラクノラクナ》


「久し振りだな、じゃないですよ! なんて挨拶するんですか!」


《久し振りだしぃ、スキンシップ的な? キャハ♪》

 

 まったくこの二人は!


 あ。

 そういえば奈落で初めて目を覚ました時も、こうして空を見上げてワタリガラスの声を聞いたっけ。

 懐かしいな。

 

「でも、二人ともすっかり元気そうですね」


《ああ。御前らが奈落で私たちを見つけてくれたお陰だ》

《ありがとね、丸焦げちゃん! キャハ♪》


「いえ、私はなにも……むしろふたりにはお礼を言いたいし、謝りたいしで……」


 二人が持ってきてくれた角笛。

 あれを活かせずにロキに奪われちゃって。

 そのせいで二人はひどい目に……。

 

《気にするな。私たちが勝手にやったことだ》

《そんなことより、約束を果たしに来たよ! キャハ♪》


 約束……?

 なんかしてましたっけ……?


《御前、その顔は全く覚えていないな?》


「はい! 一切覚えていませんッ!」


《すごい力強い! キャハハ♪》

《言っていただろう。卑怯にも、私たちが寝ているときに》


 え、寝ているとき……?



『――フギンさん、ムニンさん、聞こえますか。私は今あなたの脳に直接語り掛けています。決闘は私たちの不戦勝です。だから目が覚めた時、あなた達はもう私たちの友達です。いいですね』



 あ。


「あれ、聞こえてたんですか?」


《そうだよ! だから友達を助けに来たの! キャハ♪》


 友達を、助けに……!

 フギンさん、ムニンさん……!


 すると、二人の体が輝きだし、大きな翼へと姿を変えた。

 まるで私の背中から、青と緑の翼が左右に生えているかのよう。

 翼となった二人が大きく羽ばたくと、落下していた私の体は態勢を整えて宙にピタリと止まった。


 すごい、空を飛んでる!


《どうだ、ナラクノラクナ!》


「すごいです! めちゃくちゃ怖いです!」


《感想ソレ!? キャハハ♪》


「……私、二人に助けられてばっかりですね。本当にありがとうございます」


《そんなことは無いぞ。言ったはずだ、いつかシチューの礼をすると》


「……そういえば、言ってましたね」


《それに今は、礼とか関係ないでしょ♪》


「私たちは友達、ですもんね。えへへ」

 

《そういうことだ。よし、両手を空けろ。ナラクノラクナ》


 私は言われるがまま、ティルを鞘に。ミョルニルを腰に下げて、両手を空にした。

 すると光が集まり出し、それはやがて縦長に収束していく。

 光が弾けると、私は一本の武器を握っていた。

 私の背と変わらない、かなり長身の槍。

 魔力が込められているのか、沢山の紋様が刻まれている。

 明らかにとてつもない武器なのが、分かる。


「二人とも。こ、これは……!?」


《これは神槍グングニル。神々の国の武器だ。決闘の勝者として、景品も用意したぞ》


 ええええ、神具!?

 また盗んできたのこの二人!?


「ちょ、ちょっと! こんなの持ち出して来て大丈夫なんですか二人とも!」


《もうあるじに奈落へ捨てられちゃったし、関係ないっしょ♪》

《我々はこれからヘルの元で暮らしていくから、心配するな》


 神さまと決別したってこと!?

 まああんな酷いことする奴のところへは戻ってほしくは無いけど。

 とはいえ、大丈夫なのかなあ……。


 ……まあ、ヘル様以外にも、フェンリルやヨルムンガントもいるし、大丈夫か!


 よし、じゃあみんなのところへ戻らなくっちゃ。

 今もみんな、空の上で戦っている。

 

《では準備はいいか、ナラクノラクナ!》


「はい、行きましょう! 友達みんなを救いに!」


 なんだか奈落へ落ちた時の事を思い出しちゃったけど、今の私なら大丈夫。

 こんなに助けてくれる友達がいるんだもん!


 うん、そうだよ――。


 


 ――――――#93 からっぽだった私は、もういない。





 

 

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