#94 Never call me Greed. ~グリードと呼ばないで~
――B-side. ▶▷▷ フェンリル。
◆ ◆ ◆
「フェンリル、このまま真っすぐだ」
「了解」
黒くぬかるんだ大地を駆ける。
大狼に変化し、勇者の妹アリスを背に乗せて。
向かうは魔王の作った黒い針が示す場所、魔縄の
おそらくそこに、魔縄を使われて捨てられたワタリガラス共がいる筈だ。
いつかのオレと同じように、な。
アリスはオレの首元をバシバシ叩きながら、足で脇腹を何度も蹴っている。
痛ぇなあ。馬にでも乗ってるつもりなのかコイツは。
「はいやっ!」
はいやじゃねぇんだよ。馬じゃねぇぞオレは。
「そういえばフェンリル。貴様、お姉ちゃんに沢山借りがあるって言っていたな。いったい何があったんだ?」
……チ、あまり話したくはねぇが。まァ確かに沢山の借りがあるのは事実だしな。
最初はまあやっぱ、グニパヘリルでの事だろう。
『――私、ヘル様を見てると妹を思い出すんです』
『――なんだ? いきなりなんの話だ』
『――私の妹はちょっぴり生意気でしたけど、可愛かったんですよ。ね、ヘル様と一緒でしょ』
『――会えなくなってからじゃもう遅いんです。あなたは……私のようにはならないで下さい!』
『――数百年間、奈落を彷徨った妹の願いを、どうか叶えてあげて下さい! フェンリルッ!!』
勇者が居なけりゃ、オレは未だにヘルとは会っていなかっただろう。
当然、ヨルとも。
それだけで、アイツには感謝してもしきれねぇ。
「おいっ! 聞いているのか、フェンリル!」
「いだだだだ! み、耳を引っ張るな! 勇者は妹想いの姉ちゃんだって話だ!」
「は!? 何を急に! 言ってる意味が分からんぞ!」
いだだだだ!
コイツ、振り落としてやろうかッ!
……まあ当然、コイツらの待つ塔へ乗り込んだ時も、兄妹揃って世話になったが……。
……それよりもオレは……。
『――そういやあ、テメェは奈落を抜け出したらどうするんだ?』
あの時、アイツの返した言葉。
何も事情を知らないとは言え、なんつうか嬉しかったんだ。
まさか、オレと同じことをしようと考えるなんて。
ましてやオレと違って、ヘルとはなんの関係も無い
「なァ、アリス」
「む、なんだ」
「姉ちゃんと幸せに暮らせよ」
「……な、なんだ突然」
「……ああ。貴様たちもな」
◇ ◇ ◇
「いよいよあなた方も、年貢の納め時ですね」
神の国からの使い魔、狼の獣人フレキ。
目元の眼鏡を直しながら、後ろで叫び声を上げる『黒い怪物』を背に笑みを浮かべる。
二対一という状況ながら、コイツはオレたちの攻撃を全て捌き切っている。
もう一匹の使い魔ゲリは瞬殺してやったが、奴とは格が違うようだ。
素早く捉えられないばかりか、そのうえ船にも攻撃を仕掛けるから戦い辛いったらねェ。
魔王とレトが戦いに参加できりゃあ良いんだが、アイツらは船を守るので手いっぱいだ。
おそらく二人を封じるためにやっているんだろう。
賢い奴だ。もしかしたらオレたちの攻撃を捌くだけで防戦一方だったのも、『黒い怪物』が覚醒する今の状況を待っていたってことなのか?
だとするなら、コイツはいよいよ……。
「さて遊びは終わりにしましょうか」
フレキは眼鏡を取ると、指ではじいて船の外へと放った。
眼光は鋭く光り、攻撃の態勢に移る。
ようやくまともにやり合う気になったって訳か。
面白ぇ。
「いいの? わたしたちの手も空いたから、あなた四対一でぼっこぼこだよ!?」
「まおー様! 遠慮はいらないですう! なんかガルム鬼教官にそっくりですし、日頃のうっぷんを晴らすですう!」
ガルムへの
まあ船への攻撃は『黒い怪物』がやってくるだろうが、そっちは今ヘルとボウズが対応してる。
……だが。
「魔王、オマエらはフレースヴェルグの方へ加勢しろ。あの化け物はアイツらだけじゃ流石にキツイ」
「フレキちゃんの相手は?」
「フレキちゃん……。ヤツの相手は二人でやる。いけるよな、アリス?」
「当たり前だ!」
そして魔王と少し残念そうなレトは
フレキは低い体勢から跳躍し、一気にこちらへ飛びかかってきた。
右手の鋭い爪を振り下ろす。
オレは左足を蹴り上げ、爪撃を迎え撃つ。
フレキの目は真っ赤に充血しており、先ほどの冷静な顔つきではない。
攻撃を受け流すばかりだったさっきまでの戦いとはまるで別人。
これこそが本気のフレキって訳だ。
オレは体を左に旋回させ、左足で爪を弾き、更に右足で追撃をする。
フレキはそれを右手で防ぐと、一度後方へ下がり距離を取った。
……この戦い。妙な既視感があるな。いったいこれはなんだ……?
フレキは再び跳躍して距離を詰める。
今度はアリスがオレの前に飛び出して、奴の両手から繰り出される爪を防いだ。
金属同士がぶつかり合い火花を散らす。鼓膜に共振音が、響く。
「アリス!」
「ぐっ……わ、私はこの通り頑丈な鎧を着ている! 気にするな!」
無茶しやがって。
そういう問題じゃねェ。
これが何のための戦いか分かってるのかコイツは!
……何のための戦い……?
オレは爪撃を防がれ宙で制止するフレキの腹を目掛けて、お返しの爪撃を繰り出した。
初めて、渾身の一撃を与えることが出来た。歪んだその表情も初めて拝むことが出来た。
しかしフレキは引かない。
オレの腕を両腕でつかむと、首元へ向かって咬みついてきた。
ぐうぅぅ! コイツ、さっきまでと完全に戦い方が違うじゃねえか!
……だが思い出したぜ、さっきまでの既視感。
自分のために戦う者と、誰かのために戦う者。
これは、あの時の戦いに似てるんだ。
ガルムとヘルの為に勇者たちがオレへ戦いを挑んだ、グニパヘリルでの戦いと。
自分の目的を達成するために戦うフレキは、あの時のオレと同じ。
そして、アリスたち三人が奈落を抜ける為にフレキへ戦いを挑んでいるオレは――。
オレは両手でフレキの体を押さえると、奴に向かってこう叫ぶ。
「――残念だったな。この戦い、オレたちの勝ちだ!」
その言葉に呼応するように、アリスが剣戟を放つ。
剣を抜く瞬間すら見えない、美しい一閃。
アリスが振りぬき、剣を鞘に納めた後にようやく斬られたことに気付くほど。
フレキは牙の力を緩めると、そのまま白目を剥いて崩れ落ちた。
やるじゃねえか。
あの時の姉ちゃんみたいな、気持ちのいい一撃だったぜ。
とは言え、良い一撃を貰ったのはオレも同じ。
一気に力が抜け、その場に寝転がった。
「フェンリル!!」
アリスがオレの名を叫び、駆け寄る。
顔を覗き込みながら、何度も謝っている。
……馬鹿だな。何を謝ることがある?
確かにオレはアイツにやられたが、オマエらの奈落行きを妨害する邪魔者を倒した。
この戦いはオレたちが勝ったんだ。
「フェンリル……大丈夫ですか!?」
……今の声は……?
少し顔を起こすと、目の前には見覚えのないシルエットが立っていた。
銀色の髪に、背中から青と緑の大きな翼が生えている。
そしてその手にはルーン文字の刻まれた大きな槍。
「……ってそりゃ神槍グングニルじゃねぇか!!」
「うわあ、ビックリした!」
なんだ、よく見たら勇者か。
一瞬、
とはいえ、この恰好はいったい何事だ?
「お姉ちゃん、その姿どうしちゃったの? 天使みたい」
「ふふ、色々とありまして。それよりも二人は大丈夫ですか?」
「アァ、気にすんな。こっちは片付いた。その代わり、あの化け物の相手は任せたぜ」
勇者はゆっくりと頷き、こちらへ背を向ける。
大きな翼。
こいつの背中は、一体いつからこんなに頼もしくなりやがった?
……まあ、いいか。
「よう勇者。自分の為に戦うよりも、誰かの為に戦う方が、勝った時の喜びは何倍にも膨れ上がるな」
すると勇者は背を向けたまま首を傾げる。
「……フェンリルは今までだって、ずっと誰かの為に戦っていたでしょう?」
「……ああ? なんだって?」
「……私はもう知ってますよ。あなたがグニパヘリルで何をしようとしていたのかを。あなたが私に言いかけた、言葉の続きを」
……言葉の、続き……。
『――なあ、勇者。もしも奈落を抜けたら……』
『――……?……なんです?』
『――……いや、なんでもねぇ――』
そして勇者は振り向き、笑う。
「――私はもう知っていますよ。あなたと私の野望が同じことを。だから
そう言い残すと勇者は翼をはためかせて舞い上がり、黒い怪物へ向けて船を発った。
『――そういやあ、テメェは奈落を抜け出したらどうするんだ?』
『――ヘル様を管理人に任命した人へ、直談判に行きますよ。ヘル様を解放してくださいって。今、決めました』
……あいつ、あの時言ったこと、まだ覚えてたのかよ……。
……しかも、事情を知った後もまだ本気でいやがるのか……。
……どこまで借りを作れば気が済むんだ、アイツは……。
オレはアリスと二人、その美しくも鮮やかな翼を見つめていた。
……ああ、そうだな勇者。
……また会おう。
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