#92 Welcome to Hell.
――B-side. ▷▷▶ ヘル。
◆ ◆ ◆
泉から戻ってきたラクナを、部屋のベッドに寝かせてやった。
それから数時間経つが、未だ目を覚ます気配はない。
ガルムはただ眠っているだけで命に別状は無いと言っておったが、やはり心配じゃ。
顔も腕も腹も、体中傷だらけ。
ニーズヘッグからすべて聞いたが、本当に壮絶だったようじゃな。
神具さえあれば安心だと思った
「……すまん、ラクナ」
声をかけてみるものの、やはり返事は無い。
しかし落ち込んでばかりもいられぬ。
他の者は皆ラクナとステラの為に出来ることを必死にやっておるのじゃ。
「やったあ、ふわふわだあーっ!」
うおお、びっくりした!
なんじゃ、突然!
「ラクナ、目を覚ましたか!」
しかし返事は無い。
ラクナは目を瞑ったまま、鼻から風船のようなものを出している。
なんじゃ、寝言か。
急に大声を出すから驚いたぞ。
「ああああ、ちょ! これは私のです! 絶対に渡しません!」
うわお! 寝言のボリュームがでかいの!
……まあこの様子じゃ、たぶん大丈夫じゃな。少し安心したわ。
大きな口を開けたまま寝おって。
この中に
幸せな夢を見るんだろうか。
やってみたいのう。うずうずする。
なんせ
「いやあああああ! つぶされるッ! ふわふわにつぶされるうううううううッ!!」
「いやどんな夢を見とるんじゃ!!」
すぴー。
すぴー。
つい
まあしかし、元気そうじゃな。
これは目を覚ますのは時間の問題かもしれん。
そうと分かれば着替えやシーツの準備を――。
「……すみ……ません……」
むう。まだ寝言を言っておるのか。
「……せかいを救えなくて……すみません……出禁は……お考え直しを…………なんでも……しますから……」
……。
……そういえばガルムが言っておったな。
ラクナが奈落に落とされたのは、仲間に裏切られたからだと。
だから『自分に世界は救えない、代わりに友達を救う勇者になる』と言ったのだと。
邪竜のお陰で――いや、ラクナとステラの頑張りが実を結び、いよいよ二人は奈落を抜ける。
しかし元の世界に帰るというこの局面で、まだラクナには何か心に引っかかるものがあるのかもしれんな……。
……仕方ない、添い寝でもしてやるかのう。
優しく髪を撫でてやる。
「ふふ、出禁か。そういえばお主と初めて出会った時も、出禁にするしないで大いに揉めたのう。今となっては随分と昔に感じるが」
あの頃は、お主に勇者の片鱗など微塵も感じなかったというのに。
気付けば手当たり次第に救うと豪語し、とうとう自分のことは顧みず、終ぞはこんな傷だらけになりおって……。
だがのうラクナ。
そうしてお主が歩いた軌跡によって、いまはお主を救おうと皆必死に走り回っておるぞ。
中には喧嘩をする者もおってだな。困った者じゃよ。
だからなラクナ。
お主はもう一人じゃない。
「……お主は
すぴー。
すぴー。
◇ ◇ ◇
うーむ、ラクナめ。
こっそり助けたかったのだが、なんか触ってきたせいで変身が解けてしまった。
まあこうなっては仕方ない。全力で助けようではないか。
フレースヴェルグは目下におるな。
漆黒の体に翼六枚とは、なんとも禍々しき姿よ。
同じく見据えるラクナは両手にティルフィングとミョルニルを構え、姿勢を低くとっている。
「待てラクナ。お主、まさかフレースヴェルグに飛び降りるつもりか?」
「はい、もちろんです!」
もちろん?
あのような禍々しい姿に漆黒のオーラを放っておる化け物目掛けて直接降りようなどと、正気の沙汰ではない。
「危険じゃ! せめてニーズヘッグの背に乗って近づくのじゃ!」
「それじゃダメなんです! ニーズヘッグに楔が撃たれて形を変えた時、ラタトクスも巻き込まれちゃったんです! 今度こそ早く助けないと!」
そうか。それならば確かに直接乗り込まねば探すのは困難じゃが。
いや、だとしても危険すぎる。
「私、ラタトクスが行方不明になったとき、ちゃんと探してあげなかったことをすごく後悔したんです。ラタトクスを見つけていればロキの思い通りにもならなかっただろうし、邪竜さんだって大けがしなくて済んだかもしれない。……なにより、ラタトクスとはもう会えないと思っていたので……」
ラクナ……。
「だから、今度はちゃんと見つけます!」
そしてラクナはフレースヴェルグ目掛けて飛び降りた。
「ひいいいいいいっ!」
ええい、高所恐怖症の癖に無理をしおって!
それに、その理由ならば
「ニーズヘッグ! 出来るだけフレースヴェルグに近づいてくれ! ラクナの援護をする!」
「ウオッホッホッホ! お安い御用じゃおチビちゃん!」
「誰がおチビちゃんじゃ!」
ラクナはフレースヴェルグの背中に着地すると、すかさず撃たれた黒い楔へ刃を振るう。
――キィィィィン!
「いいよいいよお! その調子い!」
自分へなのか、誰かに向けてなのか、鼓舞する言葉を叫んでいる。
何度も金属音が鳴り響き、その後ガシャンと砕ける音がした。
「ないすぅ! さっすがティル!」
ティルフィングに話しかけていたようだ。
泉から帰ってきてからというもの、ラクナは独り言が多くなった気がするのう。
と、まあそんなことはどうでもよいか。
「グオオアアアアァァァァァァァァ!」
フレースヴェルグが叫び声をあげて、火球を吐き出す。
先ほどよりも大きい火球をチャージ無しで放ちおった!
やはり黒い楔の所為で力が増しているようじゃ!
すかさず帆船にいたスルトが大剣を振りかざし、火球を切り伏せる。
自分の体の何倍もあろう巨大な火の玉も一瞬で真っ二つ。
威力が増しても問題ないようじゃな。
流石はムスペル族。流石はレーヴァテイン。
「火の玉はボクにまかせて! ヘルっちゃん!」
「うむ! 流石はスルトじゃ!」
――バサバサ。
おお、フレースヴェルグの背中から次々と白い鳥が飛び立っておる。
ラクナは黒い楔を順調に破壊しているようじゃな。
「いた! いましたヘル様!」
ラクナが声を上げる。
そこにはフレースヴェルグの黒い外皮に体が半分埋まっているラタトスクがいた。
引き上げようと両手で必死に持っているが、びくともしていない。
ステラからもらった魔縄。
これに
この魔縄をラタトスクに巻き付けて、ギリギリと力いっぱい引っぱった。
そして、ついに引っこ抜いた、その瞬間――。
「グオオアアアアァァァァァァァァ!」
フレースヴェルグが大きく翼を広げて禍々しいオーラを放つ。
その衝撃波によって、ラクナは宙に放り出された。
そしてそのまま落下してゆく。
「ヘル様、ラタトクスをお願いします!」
「ちい子ちゃん!!」
「ラクナ! いま助けるぞ!!」
――大丈夫、あいつのことは私に任せろ。
……!?
……今の声は……!?
――バサバサッ――。
……そうか。
……お主もラクナの『とも』であったな。
……ふ。
……では、任せたぞ。
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