#91 Raquna, Go for it. ~がんばれ奈落ちゃん~
――B-side. ▷▶▷ ニーズヘッグ。
◆ ◆ ◆
「ウワアーハッハッハア!」
儂らは神をも恐れぬヨトゥン族。
ナニモノにも縛られず、気ままに世界を旅してく。
共にする仲間は
「ニーズヘッグ、スピード出しすぎや! ワイが飛ばされたらどないすんねん! もっとゆっくり飛ばんかい!」
「ふふふ。そんなことより僕はお腹が空いたなあ。ちょっとミミズがいるところへ寄ってくれない?」
「さっき食べたばっかりやろがフレースヴェルグ! なにが暴食や! ただの食いしん坊やないかお前は! あと『ミミズがいるところ』ってどこやねん! 泥ばっかのニブルヘルに送り込んだろか!」
……まあ、自由過ぎるのが玉に
そんな儂らが向かっているのは、不可侵の国といわれているミズガルド。
神が作ったその国は、まるでペットの箱庭だ。
国に住まう者は徹底的に管理され、自由とは対極の国。
本来侵入することなど絶対に出来ないのだが、最近なぜかニブルヘイムに大きな穴が空いて往来が可能になった。
儂らはこれからその大空洞を通って、ミズガルズを滅ぼす。
理由は『気に入らないから』、それだけだ。
自由だろ?
「こらー、そこの怪物たち! 止まりなさーい!」
どうやら神の妨害がやってきたようだ。
翼の生えた、三人の銀髪の剣士たち。
噂に聞く神々の騎士、
残念だがそんな小娘どもを寄越したところで、儂らは止まらん。
なぜなら儂は――。
「最凶の邪竜、ニーズヘッグ様だからなア! ウワアーッハッハッハア!」
◆ ◆ ◆
「さあ怪物ども! ごめんなさいと言いなさい!」
「……ごめんなさい」
……止まりました。
儂らは魔縄で縛られ、大空洞の足元、
いや、信じられん。
まさか儂が一瞬で負けただと?
「なんでや! この最強である老獪のラタトクス様が瞬殺やとお!?」
いや、まあコイツはただの
今もただの
しかしフレースヴェルグまでも一撃とは恐れ入った。
儂らが圧倒されるなどありえないハズなのだ。
三人の
「こら! バタバタしない! ごめんなさいと言いなさい!」
「いやや! そもそもワイらはお前らに負けたんやない! アイツや! 奥で黙っとる、剣を担いだアイツ!」
そう。ラタトスクの言う通り、儂らは三人の
その銀髪の少女はこちらに背を向けしゃがみ込み、なにやらぶつぶつと呟いている。
儂らを睨んでいる二人組とは違い、翼も生えていない。
「ナニモンやアイツは! アイツと話しさせろや!」
「黙りなさい! あの方はいま思慮深く何かをお考えなのです! 怪物があの方と言葉を交えられるなどと
するともう一人の
「……たぶんあれは、ただ地面にいる蟻をみてるだけだと思う……」
「ただの暗い奴やないか!」
「黙りなさい! あの方は確かに陰キャでコミュ障ですが黙りなさい!」
話が進まないな。
まあおそらく、ここ
儂らは魔縄で縛られたまま放置されて終いだろう。
まあこれまで自由気ままにやってきたんだ。
こんな最後も悪くはない。
なんなら自分たちより強いものと出会えて、むしろ幸せな最期だったかもしれないな。
「……あ、もう行っていいですよ。……ロタさん、グズさん。縄を解いてあげてください」
奥で蟻を見つめる銀髪の少女が、小さく静かに呟いた。こちらに視線すら向けずに。
うん、確かに陰キャだなアリャ。
その言葉に、
「ええ!? で、でもこの三匹、掟を破ったんですよ!?」
「……そうなんですけど。蟻さんたちが、この人たちは悪い人じゃないって言ってるので。それに、侵入は未然に防ぎました。この人たちは
なにやらぶつぶつ呟いていたが、蟻と話していたとでも言うのか?
そもそもヨトゥン族を『人』と呼ぶのか。
不思議な奴だ。
銀髪の少女は顔だけこちらに向けると、変わらず小さな声でこちらへ言葉を投げかける。
「あ。でももうミズガルズには近寄らないでくださいね」
その言葉に、ラタトスクは高速で首を縦に振る。
そして儂らは縄を解かれた。
そこで急にフレースヴェルグが体を低くして首を垂れる。
儂とラタトスクは突然の行動に目を合わせ、首を傾げた。
「おいフレースヴェルグ。なにやってんだ? たぶんここにミミズはいねーぞ」
「銀色の剣士様! 貴方にお願いがあります!」
フレースヴェルグの言葉に、
そりゃ驚くよな。コイツは突然何やってんだ?
「どうか私を神の国へ連れて行ってはくれませんでしょうか!」
「神の国ですって!? だ、黙りなさい! 掟を破ろうとして私たちに負けた挙句、願いを吐くだなんて! 解放されただけでもありがたいと思いなさい!」
しかし、銀髪の少女は――。
「いいですよ」
あっさりとその願いを聞き入れた。
理由すらも聞かず。
「あ、ありがとうございます!」
「お、おいフレースヴェルグ!」
「なんやっちゅうんや突然! おいそこの暗い
「だ、黙りなさいリス! この方は
なんと女神様がこんなところに居るとは。
成程、儂らが勝てぬ訳だ。
そしてフレースヴェルグは
儂ら三匹の旅は、そこで終わりを迎えたのだった。
◇ ◇ ◇
『――私は友達を救う勇者! 邪竜さんの友達も救ってみせます!』
ウオッホッホッホ。
ちい子ちゃんが嬉しいことを言ってくれるもんじゃから、つい昔の事を思い出してしまったわい。
あの後、変わり果てた友を救いに神々の国へ乗り込んだりもしたのう。
結局、友を救うことは叶わんかったが。
思えば、儂がちい子ちゃんを『頑張れ!』と猛烈に応援したくなるこの気持ち。
これは泉でちい子ちゃんが友達を救おうと命を懸ける姿に、かつての自分を重ねてしまったのかもしれぬ。
まあそうでなくとも、あの姿を見れば手を貸したとは思うがの。
――キィィィィン!
ちい子ちゃんは黒ローブに向けて剣戟を放った。
金属音が鼓膜を振動させ、火花が散る。
「ティルの言った通り、黒ローブには
――ガシャァァァァァン!
ちい子ちゃんは見事黒ローブの首元に打ち付けられていた楔を狙い撃ちし、粉々になった。
その瞬間、黒ローブを光が包み込むと、白いワタリガラスへとその姿を変える。
パタパタと翼をはためかせ、そのままどこかへ飛び去って行った。
「ちい子ちゃん、今のはなんじゃ!? なにが起こった!?」
「わ、私にも分かりません。でも、ティルが見つけてくれた黒い楔。あれを壊したから元の姿に戻ったのかもしれません……!」
成程、そういうことか……!
儂はすかさず下方の船に向かって大声を上げる。
「ラタトクスゥゥゥゥゥッ!!」
すると船の小部屋の扉が勢いよく開き、中から小さなリスがぴょこぴょこと甲板へ走ってくる。
ラタトスクはイライラした様子でこちらを睨みつけた。
短い両手をめいいっぱい広げて、足はどすどす地団駄を踏んでいる。
「なんやあニーズヘッグ! ワイはお昼寝の真っ最中やぞ!」
「逆になに呑気に寝ておるんじゃ! ともかくフレースヴェルグの体の何処かに、黒い楔が撃ち込まれているかもしれん! それを探すんじゃ!」
「どういうことや! 意味がわからんで!」
「もしかしたら友を救えるかもしれん!」
「と、友を救う!? なんやねん今更あ!」
「なあラタトスク! また三匹で旅をしたくはないか!?」
「……ああもう、わかったわ! 黒い楔やな!?」
ラタトスクは文句を言いながら、フレースヴェルグの体に飛び乗った。
と、次の瞬間、事態は急変する。
空を飛んでいた黒ローブたちが、突然姿を変えていたのだ。
あれは――。
「……黒い、楔……?」
黒ローブたちが大きな黒い楔そのものに体を変えたのだ。
いったい何が起こっておるんじゃ……?
そして無数に浮かぶ黒い楔は、フレースヴェルグ目掛けて飛んでいった。
なに!? これはいかん!
「ラタトクス、逃げて!」
ちい子ちゃんの声に、フレースヴェルグの体をまさぐっていたラタトクスは上空を見上げ、迫りくる楔を目にして状況を理解した。
「ア、アカァァァァァァァン!」
黒い楔はフレースヴェルグに突き刺さる。
そしてその体は更に漆黒の輝きを放ち、姿をも禍々しい物に変化させた。
「グオオアアアアァァァァァァァァッ!」
体は先ほどの倍に肥大化し、瞳は三つ、翼は六枚。
とんでもない怪物へと変貌した。
「ふう~、あぶないところだったわい」
むう。この可愛らしい声は。
ちい子ちゃんのいる後方、儂の背から、先ほどの青い鷹の声がする。
「青鷹さん、無事だったんですね」
「うむ、さすがにこれは予想外だったがな。しかし敵が手の内を変えてきたという事は、ラクナの推測が合っていると言ったも同然じゃな」
青い鷹は鋭いのう。
確かにちい子ちゃんの推測通り、黒い楔を壊せば元の姿に戻るのじゃろうな。
それをさせぬ為に、敵はフレースヴェルグに大量の楔を打ち込んだ。
逆にそれをすべて壊せば、我が旧友を救えるということじゃ。
「あのー、すごく気になるのですが。青鷹さんって何者なんですか?」
「なんじゃ、どういう意味じゃ」
「もともと私のことを知ってる感じでしたし、声とか喋り方が友達にそっくりなんですよね……」
「そうなのか?……っておい、勝手にさわるでない! ちょ、やめ……」
そう言って青い鷹が羽を広げると、体が青く輝き始める。
その光が大きくなり、パンと弾けると、青い鷹の姿が変わった。
青く長い髪の、幼女に。
「ああっ! お主のせいで変身が解けてしまったではないか!」
「やっぱりヘル様! てゆーかそもそもなんで変身してるんですか!」
おチビちゃんは「う」と口ごもった後、首を横に振ってため息をつく。
それに反してちい子ちゃんは頬をポリポリ掻きながらはにかんでいる。
「でも、お別れだと思っていたので、すぐに会えて嬉しいです。えへへ」
「……ふっ、そうじゃな。では皆も揃ったことだし、奈落脱出大作戦の仕上げといくぞ、ラクナ!」
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