#89 Sundown waits for sanrise. ~残陽、薄明を待つ~

 ――B-side. ▶▷▷ シンモラ。


 ここは王宮エリュズニル。

 空は真っ暗ですけれど、この中庭はおライトアップされてとても明るいですの。

 おヘルさまが操る魔法のお陰でございますわ。


 中庭はおヘルさまの為に植えられた緑が生い茂り、空気も澄んでいてとても素敵なところ。

 おガルムさまとおラティさまが一所懸命に植栽したお賜物でございますわ。


 そこへおヨルムンガントさまお手製の白い丸テーブルに白い椅子。

 そこへ腰かけ、空を見上げれば――。


「こんなに心落ち着く場所はございませんわああああああッ!」

「落ち着いてください、シンモラ様」


 おガルムさまがティーセットをお持ちになってくださいました。

 茶器は二人分。

 これからおガルムさまと二人、お友達の無事を祈って――。


「ティーパーティーをおっぱじめますわあああああッ!」

「お茶が零れましたよ、シンモラ様」


 おガルムさまの淹れて下さったお茶は、極上の香りと極上の味。

 温度も最適でございますし、お作法も完璧。

 惜しむらくは、お茶が紫色をしているところ。

 このごろのおガルムさまは、なにをするにしても遊び心がお満載。

 きっと、お奈落さまと出会って変わってしまわれたのですわ。


「最近のおガルムさまは、とってもいい感じなのですわあああああッ!」

「……おや?」


 おガルムさまが、なにかに感づいたご様子。

 目線の先から、誰かがこちらへ歩いて来やがりますわ。

 服はとても豪華でお洒落。

 ワタクシが持つお茶の色といい勝負の長い紫髪をなびかせて、ゆっくりと近づいて来やがっております。

 肩には誰かをお担いで。

 

「やあ、お届け物だよ」


 紫髪はそう言って肩に担いでいた人を地面にお下ろしになりました。

 その方は、よく見ると。


「ラティ様!」


 おラティさまですって!?


 おガルムさまは駆け寄り、すぐに様子をお窺いました。

 おラティさまは安らかなお顔で目を瞑っておられます。

 これは――。

 

「永遠の眠りについておられますわあああああッ!!」

「いえ、ただ眠っているだけですね」

「折角ここまで運んで来たってのに。人聞き悪いなあ、もう」


 お紫は息を漏らしながら首を振り、お怒りになってやがります。


「まあ、眠らせたのは僕なんだけどね」


 このお紫、おマッチポンプ野郎でございましたわあああああッ!

 お紫ポンプ野郎は頭を掻きながら、更にお続けになりやがります。

 

「雲の上で戦って、すごく疲れちゃった。僕もそのお茶もらっていい?」


 するとおガルムさまがおラティさまを肩に担ぎながら、お茶乞い紫野郎へお視線を向けました。


「突然やってきて、マッチポンプでありながら恩着せがましくラティ様を運び、挙句図々しくもお茶を要求するとは……厚かましいにもほどがあります。気に入りました、少し席でお待ちください」


 気に入ってましたわああああああッ!!



 ◇ ◇ ◇



 おガルムさまはおラティさまをお部屋へとお運びになった後、恩着せ図々厚かま紫野郎おんきせずうずうあつかまむらさきやろうにお茶をお淹れになりました。

 ゆっくり口元へ運び恐る恐る啜ると、途端に舌を出して顔をお歪みになられました。

 おガルムさまはその様子に肩を震わせながら、「こほん」と息を整え語り掛けます。


「つまり、ステラ様に惨敗したわけですね」

「……驚いたよ。泉で戦った時とはまるで別人。全く歯が立たなかった。……まあ泉で戦ったのは僕であって僕じゃないんだけど」


 おステラさまは泉からお戻りになられた後、命を削って魔法を修練なさったのだとか。

 その時はワタクシも悪霊退散で命を削っていたので、シンクロしておりましたわ。

 さすがはワタクシのお友達。

 シンクロナイズドお友達ですわ。

 それにしてもこのお紫野郎、いったいこの王宮へ何しにいらしたのか。


「ワタクシのシンクロナイズドお友達をこれ以上傷つけるつもりなら、この場でお罰を差し上げて引導をお渡し致しますわあああああっ!」

「……僕は勇者と魔王の両方に負けたんだよ? これ以上の悪あがきは恥ずかしくて、何かをする気になんてならないよ」


 その言葉におガルムさまは首を縦にお振りになりました。

 

「ラティ様を連れて来た下さったので、そこは信じましょう」


 お紫野郎とのティーパーティーというお罰を受けていると、今度は上から声がフェードインしてまいりましたわ。


 ――アーッハッハッハッハアア!


 上空から誰かが笑いながら落ちてきましたわ!

 お変態でございますわああああ!


 草木をクッションにして、金髪ゴリゴリ筋肉だるまが中庭に落下いたしましたわ。

 おガルムさまもこれには大慌てのご様子。


「なんと! 大事に育ててきた草木がバキバキに!」


 落ちて来たお変態のことは全く気にしてませんでしたわ!


 おガルムさまは少ししゅんとしてしまいましたが、すぐに柔らかい表情へとお戻りになられました。


「こういったアクシデントも中庭の醍醐味ですね。では気を取り直してティーパーティーを再開しましょう」

「……え、あれ気になんないの?」

「アーッハッハッハッハ!」

 

 落ちて来たお変態は立ち上がり、ワタクシたちに向かって笑顔で片手をお上げになりました。


「やあ! よく見たらガルムくんにシンモラくん! それにロキじゃあないか!」


 ああ!

 よく見たらこの金髪ゴリゴリ筋肉だるまはトールさまでございますわ!

 おガルムさまも、胸に手を添えて会釈をなさっております。


「トール様、お久しぶりですね。貴方もラクナ様たちの邪魔をなさっていたのですか?」

「邪魔なんてするものか! ワタシは奈落くんに求婚をしていたのさ!」

「お奈落さまに求婚っ!? なんというお罰っ!」

「……で? 結果どうなったの?」

「全力で拒否されてしまった! 奈落くんはワタシが苦手なのかもしれないッ!」

「……じゃないだろ……」

「なるほど。つまりラクナ様たちの邪魔をなさっていたのですね」


 おトールさまは腕を組んだまま唸っておいでです。


「しかし、このままでは奈落くんはミズガルズへ行ってしまい離れ離れになってしまう! どうすればいいッ!?」

「おトールさま! あなたは間違っておいでですわ!」

「なにっ! ワタシが間違っている!?」

「お奈落さまはミズガルズへ行ってご自身の夢を叶えようとしておいでですのよ! その邪魔をしようだなんて! 貴方のしていることは、お奈落さまを不幸にしておりますわ!」

「いやっ! 彼女には幸せになってもらいたいッ!」

「なら、おトールさまが取った行動は間違っておりますわ!」

「確かにシンモラ君のいう通りだッ! 決めたよ! ワタシも奈落くんを追ってミズガルズへ行くッ!」

「どうしてそうなりますのおおおおっ!?」


 おガルムさまは肩を震わせ、お紫野郎は手を叩いて笑っておりますわ。


「……やめなよ。トールに普通の会話を期待するだけ時間の無駄さ」

 

 そしておトール様へ視線を移し、なおも続けます。


「……トールのミズガルズ侵入か。面白そうだから僕もついて行こうかな。……まあトールは神だから変装しないとね」

「トール様の体格ですと、簡単な変装ではすぐにばれてしまいそうですね。全身を鎧で固めるか、或いは女装……などはいかがでしょう?」


 なんかおガルムさまもノリノリですわあああああッ!

 驚くワタクシに、おガルムさまがそっと耳打ちなさいます。


「……これは実験なのです。もし成功すれば、私たちもミズガルズへ遊びに行けるかもしれないではないですか」


 おガルムさま、おトールさまを実験台にするおつもり!

 これはお策士さまですわああああっ!


「……くくく、女装か。面白そうじゃないかトール」

「うむ! 妙案をありがとうガルム君! しかしロキ、君は変装しなくていいのかい!?」

「……まあ僕は姿を変えられるし。それに僕はロキに創られた分体だから、分類的には魔物と一緒。元からミズガルズの住人なんだよ」

「なにい!? キミはロキの分体だったのかッ! てゆーか分体ってなんだい!?」

「……いや、もういい。なんでもない」


 なんだかおトールさまとお紫野郎のミズガルズお忍び探訪が決まってしまいましたわああああ!

 お奈落さま、大丈夫でございましょうか。


「あらん、女装だなんて。アンタとはいいライバルになりそうね、トール☆」


 この声は、おヨルムンガントさま!


 中庭に現れたおヨルムンガントさまは、泥まみれでございましたわ。

 すかさずおガルム様が駆け寄ります。


「お帰りなさいませ、ヨルムンガント様。お怪我はございませんか」

「うふふ、ありがとう。でも心配なら雲の上の勇者ちゃんたちにしてあげて。アタシしくじっちゃったから☆」

「ヨルムンガントくん! キミの蹴り、とても良かったよ!」

「まあ一度でも大鷲を奈落へ引きずり下ろしたお陰で、ちょっとした仕込みが出来たんだけれどね☆」


 ああ、そうでしたわ。

 こうしてる今も、お奈落さまたちは雲の上でお戦い遊ばせておりますのよね。

 なんの力もないワタクシは、こうして祈ることしか出来ないけれど。


 でももし、ワタクシが抱えて来た宝が皆さまを守る力となるなら。

 きっとあの剣はこの時の為に今日まで守ってきたんだと、胸を張って言えますわ。


 だからおスルトさま。

 どうかその剣で。

 伝説の剣レーヴァテインで、皆さまをお守りください。

 どうか……ワタクシの大切なお友達を。

 


 と、ここでおガルムさまが咳ばらいをしておトールさまとお紫野郎に視線を向けました。


「ちなみに不在の主へ代わって、お二人にお伝えしたいことがございます」

「……え、なに?」

「トール様は『中庭破壊の罪』、ロキ様は『大事な使用人を傷つけた罪と誘拐未遂罪』により、この王宮の使用人となっていただきます」

「なんだって! 分かった! 贖罪の機会を与えてくれてありがとう!」

「……ええ、まじ……? あ、でもトールは女装の練習が出来るね」

「あらん☆ それじゃあ先輩としてたっぷりコキ使ってあげるわん♡」

 

 あああああっ!

 なんということ!

 罰ですわ!

 羨ましいですわああああっ!





 

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