#88 黄昏の光。
――業務連絡ッ!
上空で行く手を遮る黒ローブたち。
黒い髪、黒い翼。
無機質に見下ろしながら、両手で竜巻を作り、放つ。
その魔法が私たちに当たらない様、
《ぎゃあああ!》
対処しきれずに喰らっているのか、たまに悲鳴も混じって聞こえてくる。
「ティル、遅れてすみません!」
私は邪竜さんの背に乗り、ティルの元へと飛んできた。
もう限界が近いのか、刀身がまるで
ふにゃふにゃだ。
あれでは何も切れそうにない。
ティルはこちらへ気付くとすぐに飛び寄ってきて、私の背負っている鞘に自ら収まった。
ぷるぷると震える振動を背中で感じる。
「あんな大勢の相手をさせてごめんなさい。怖かったですか?」
《ヤバかったぜ。とにかく下を見ない様にはしてたんだけどよ……ううう、想像しただけでも震えるぜ、相棒お!》
あ、
いや、まあ気持ちは分かるけど。
《ただよう、戦っていて気付いたことがあるぜ!》
「気付いたこと、ですか?」
《こいつらには、黒い
「黒い……
再会も束の間、黒ローブは間髪入れずに竜巻を飛ばしてくる。
私は手に持つミョルニルで打ち払った。
雷が発生し、竜巻はバリバリと音を立てながら霧散する。
よし、とりあえず対処は出来る!
でもこのままじゃ魔法を防いでるだけになっちゃうな。
どうにか黒ローブに近づかないと身動きが取れない。
どうしよう。
《あーっ! また他の武器を使いやがって! 見てろよー!》
またティルが嫉妬してる。
他の武器を使われるのって、武器からしたら嫌なものなのかな。
喋る武器と初めて出会ったから、その辺の感覚がよく分からないんだよね。
ティルは鞘から飛び出すと、叫びながら黒ローブへ斬りかかっていった。
《どーだ相棒! 俺様は強い上に自分で動けるんだ! そんな金槌より何十倍もすごいぞ!》
アピールしてる。
そんなこと知ってますって。
「そ、そうですね! あなたは最強です、ティル!」
私が声をかけると、高らかに笑い声を上げながら、ティルは更に勢いを増す。
すごい。
折れかけていた心が戻ったっぽい!
いいぞ、がんばってえ!
すると私の左手からミョルニルが小刻みに震え出し、回転しながら黒ローブの方へ飛んでいった。
ええ!?
ミョルニルが!
ティル同様、ミョルニルもまた自由に飛びながら黒ローブと戦い始めてしまった。
《なっ! なんだ金槌キサマあ! 俺様と張り合おうってのか!》
え。
なにこれ。
急に武器同士のアピール合戦が始まったよ。
口を開けてその様子を見つめていると、邪竜さんが笑い声を上げる。
「みーんな、ちい子ちゃんが好きなんじゃなあ。何としても奈落を脱出させてあげたい、という皆の想いがひしひしと伝わるぞい!」
なんということッ!
私は武器と鹿に愛される女ッ!
――グオオアアアアッ!
遠くから、獣の叫び声が聞こえた気がした。
大空洞に来て、何度も耳にした声だ。
邪竜さんも、下から突き上げる様な咆哮を気にしている。
「邪竜さん、今のは……」
「間違いない、フレースヴェルグじゃな。まったく、本当に昔からしつこい奴じゃ」
うう、ヨルムンガントが下に突き落としてくれたのに、また追いかけて来たって事?
邪竜さんの言う通り、本当にしつこい。
そしてヨルムンガントは大丈夫なんだろうか。
「奴の口から放たれる火球はとんでもない威力じゃ。おそらくラタトスクの用意した船など一発で吹き飛ぶじゃろう。そのかわりチャージに時間がかかる。撃たれる前に阻止できればええんじゃが……」
邪竜さんの体当たりでも止まらなかった。
それよりも強い攻撃を与えないといけない。
どうすれば……。
――ボフン!
答えも出ないまま、雲海からフレースヴェルグが姿を現す。
――アーッハッハッハッハ!
そして頭の上には、腰に手を当て声高らかに笑う筋肉ムキムキの男。
金髪をなびかせ、相変わらずご機嫌そうな神さま、トールだ。
ひいい、あの人も来たあ!
フレースヴェルグは三度、
ううう、やばいやばい!
なんとかしないと!
「ト、トール、さん! お願いがあります!」
「奈落くん! キミから話しかけてもらえるなんて夢のようだッ! キミの願いならなんでも叶えようッ!」
「フレースヴェルグの火球を止めてください!」
「それは出来ないッ! すまない奈落くんッ!」
全然なんでも叶えてくれないじゃん!
トールの返答に、邪竜さんも唸る。
「全然使えんのう、お主!」
「止めたくても、今のワタシには武器が無いんだッ! どこかに飛んで行ってしまったッ!」
あああ、そういえばそうでした!
じゃあ逆に、ミョルニルで私が攻撃をすれば止まるかもしれない。
今フレースヴェルグは下にいる。
邪竜さんから飛び降りて、脳天にスーパーウルトラアルティメットアタックをお見舞いすれば!
「ミョルニルッ! 来てくださいッ!」
私の掛け声とともに、くるくると私の左手に飛んでくる。
そしておそらく
《相棒ううう! なんで俺様よりそいつを呼ぶんだよおおお!》
「ティル、あなたを信頼してるからです! 黒ローブを
《え、しょ、しょうがねえなあ! へへっ!》
あぶない。
下手をしたら心が折れかねない局面。
まあ言ったことは本心だし、ティルなら離れていてもSOSが聞こえるから便利なのよね。
と、言うわけで。
久々に行くぞお!
私はフレースヴェルグ目掛けて邪竜さんの背中を飛び降りた。
ミョルニルに渾身の力を込める。
「うおおおお! スーパーハイパー究極アルティメット――」
「おおお! 奈落くんッ! 来たまえッ! 君の愛を私が受け止めるッ!!」
「いやあああああッ!!」
私は咄嗟に、無意識に、生理的に、反射的に、本能の赴くまま、全身全霊、渾身の力を込めて、落下の勢いもそのままに、ミョルニルでその顔を思い切りぶん殴った。
激しい光と共に稲妻が
「ぶほうあっ! 奈落くん! キミはまさかッ!」
吹き飛びながらも目を見開いて、こちらへなにかを言っている。
「ワタシのことが苦手なのか……ッ!?」
今更ですか!?
そのまま落下したトールは、笑い声と共に再び雲海へと消えていった。
――アーッハッハッハッハ……。
いやなんの笑いなんですか。
……って、ダメじゃん!
反射的にミョルニルをトールに使っちゃったああ!
そしてフレースヴェルグは火球を放つ。
その瞬間、船を守るように、邪竜さんが立ちはだかった。
邪竜さんは既に一撃もらってる!
流石にこれ以上は!
「邪竜さん、駄目ですッ! あなただってもう限界のはずです!」
「言ったはずじゃちい子ちゃん! 皆、何としてもお主らを奈落から脱出させてあげたい思っておると!」
邪竜さんは翼を広げ、大きく口を開いた。
「そしてそれは、儂も同じこと! 黄昏時の老いぼれが輝かしき
そして黄昏の光が邪竜さんを飲み込もうとしたその時。
光は真っ二つに割れ、消えた。
斬撃だ。
誰かが、あの火球を斬ったのだ。
私はその姿を見て驚いた。
どうしてここに、とか。
どうやって斬ったのか、とか。
色んなことが頭を駆け巡ったけど。
でも最初によぎったのは『ありがとう』だった。
だって、いつも
手に持つ大剣は曲線を描き、刀身には炎が燃え盛っている。
その大きさは自身の体とさほど変わらない。
ちいさな体は邪竜さんの頭の上に乗り、胸を張った。
「ラクナおねーちゃん! こんどこそ助けに来たよ!」
スルトくんは、笑顔で私にそう言った。
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