#87 Tresure, Pleasure.
――B-side. ▷▷▶ ステラ。
◆ ◆ ◆
今から六十九年前。
わたしは真っ暗な部屋で目を覚ました。
ここはどこなのか。
自分が何者なのか。
上体を起こして辺りを見回していると、誰かが近づき手を差し伸べる。
「おはよう」
その
でもわたしはその温かい声と優しい言葉に不思議と安心し、すぐにその手を取った。
外に出ると、部屋とは反対に真っ白な景色。
雪が降り積もり、息も白い。
寒さに震えながら、わたしは黒い鎧を見上げて、問う。
「はじめまして。あなたはだあれ?」
黒い鎧は少し間を開けて、答える。
「僕は君を生んだ者、かな」
「じゃあおかーさん、だね!」
「……お父さん、で頼む」
わたしはお父さんの手を握り、銀世界をゆっくりと歩いた。
小さい足跡を残しながら。
途中わたしが「さむい!」「つかれた!」と駄々をこねると、お父さんは枯れ木を集めて綺麗に積んだ。
手をかざして火の玉を作って枯れ木に放ち、焚火をしてくれた。
こうすれば寒くない。
わたしも真似してみようと思い、見よう見まねで手をかざす。
魔法のいろはも心得ていない私の火の玉は、純粋な魔力の力のみで自分よりも大きな火球を作り出してしまった。
お父さんは慌てるわたしの肩にそっと手を置き、火の玉に手をかざす。
「このままだと焚火ごと吹き飛ぶな」
そう小さく呟くと、火球は一度消滅し、その後手のひらサイズの火の玉へと姿を変えた。
今思えば、魔法の書き換えをしてくれたのだと思う。
魔法は想像。
その時お父さんが教えてくれたことだ。
そうして少し休んだ後、再び歩き出す。
手を繋いで、魔王城へ。
全身を鎧で包むお父さん。
表情は見えなくても、お父さんの優しさは伝わった。
いなくなる四年間、わたしはずっとお父さんが大好きだった。
◇ ◇ ◇
「こりゃあ驚いた。君は、僕の魔力を上回っているって事?」
灰にされた自分の魔法を見て、ロキは焦りの色を滲ませながら笑っている。
ロキ。
ヘルちゃんの授業のお陰で、色んなことが分かった。
ロキは神の一人で、わたしたちが相手にしているのは分体と呼ばれる偽物。
そして魔族を生み出した。
いわば魔族の……王。
ヘルちゃんの話でピンときた。
きっと本物のロキはウードガルザ。
わたしのお父さん……なんだよね。
今思えば全身を黒い鎧で覆っていたのも、ウードガルザを名乗っていたのも、素性を隠すため。
不可侵のミズガルズに、神である本体が居るのは掟に反するもんね。
もしもロキの分体の言葉が、お父さんの言葉なのだとしたら。
『――僕は世界の終わりに乗じて、世界のへんかんを起こす。これはそのために必要な器なんだよ』
お父さんがやろうとしていることは、わたしには分からない。
でも世界の終わりを望んでいるんだとしたら。
わたしはあなたに協力できない。
わたしの望みは平和な世界を始めることだから。
でも、そう思ったきっかけは。始まりは。
お父さんなんだよ?
『――それは善が悪を倒す物語じゃない。その物語は善が悪を救う物語』
お父さんがくれた本と言葉。
わたしの宝物。
わたしはこの本と言葉が大好きだった。
この言葉を胸に生きようと思ったし、生きられた。
そして勇者に救われて、思ったの。
朝目覚めた人におはようって、明るく声をかけてあげたい。
困っている人に大丈夫?って、手を差し伸べてあげたい。
泣いている人を抱きしめて、優しく頭を撫でてあげたい。
絶望にのまれて沈んだ人を……笑顔で救ってあげたい。
わたしは、
ロキの分体は、焦燥を滲ませながら禍々しいオーラを放つ。
「世界が滅亡した後、器が必要なんだよ!」
ロキは広範囲の魔法陣を敷く。
おそらく黒い針を出すつもりだろう。
わたしは手をかざして魔力を送り込む。
「ダメだよ。そんなことしたら船が壊れちゃう」
「それでいいんだよ! ミズガルズへ行く手段を断てれば、僕の役目は終わりさ!」
さっきのようなコントロールを奪うやり方では、魔法が発動してしまう。
それではダメだ。
奪ったところで船の損傷は免れない。
わたしはロキの魔法陣の上に魔法陣を敷いた。
魔法陣を上書きしたのだ。
でもわたしとロキの魔力は同じくらい。
このままだと打ち消して終わり。
すると、わたしの肩に優しく指が触れる。
振り返ると、頷きながら微笑むレトちゃんがいた。
「まおー様、私の魔力を使ってくださいです」
「レトちゃん……!」
「私はそのために、ここへ来たです!」
レトちゃんの指先から魔力が伝わり、力が強まる。
魔法陣は燃え盛る炎のように、紅く輝いた。
ロキは信じられない、といった表情で足元を見回している。
わたしは指を鳴らして魔法を発動させ、ロキを魔縄で縛り上げた。
あまりにもあっさりと決着がつく。
レトちゃんが助けに来てくれたお陰だ。
わたしの魔縄には魔力を吸い取る力は無い。
それでもわたしにしてやられた悔恨からか、はたまた役目を全う出来なかった焦りからか。
ロキの顔は歪んでいた。
「あなたとの会話は本物のロキ……ウードガルザに届いているの?」
ロキは「ふっ」と一笑に付しただけで、何も答えない。
それでも、いい。
分体を送り込んでも、わたしに全く歯が立たないと伝われば、それで十分だ。
それがわたしの答え。
優しかったあなたが、世界を終わらせなきゃいけない理由があるのなら。
協力しない代わりにわたしが。
「――いつかあなたを救ってあげるよ。お父さん」
だから今はさよなら。
わたしはロキの分体を、魔縄で縛ったまま船の外へ放る。
その姿はゆっくりと落下し、やがて雲海に飲まれ、消えた。
またね、お父さん。
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