#86 Ingenious scheme; morals zero. ~神機妙算モラルゼロ~

 ――B-side. ▷▶▷ レト。

 


 ◆ ◆ ◆


 

 ヘル様の授業が終わると、私はドトゥーさんに呼び出されたです。

 なんだかいつになく険しい表情で、私を上から下まで舐め回すように見つめてくるです。

 かと思っていたら、急にピースサインを向けてきました。

 今日のドトゥーさんはいつも以上に変です。

 激しい戦いの所為で、頭を強く打ってしまったのかもしれないです。

 

「あ、あのう~」


 私が声を掛けると、ドトゥーさんはニヒルな表情で口角を上げ、口を開いたです。


「レトさん、アナタには二つ、お聞きしたいことがあります!」


 ピースサインだと思っていたのは『二つ』という意味だったようです。


「は、はいぃ。なんでしょう~?」

「アナタは魔王さんのお名前を知っていますか?」


 まおー様のお名前?

 結局あの時は決まらなかったはずですよね?

 う~ん?


 私が首を傾げていると、ドトゥーさんは大きく口を開けて笑い、勝ち誇った表情で私に人差し指を力強く向けました。


「やはり紛れていましたか! ロキめえっ!!」


 ……え? ロキ?

 急になにを言ってるですか、ドトゥーさんは。


 私が目をぱちくりさせていると、「ふふん」と鼻を鳴らして更に続けます。


「魔王さんの名前はステラさんです! それを知らないと言うことは、ロキということですッ!」

「ふぎゅう~っ!? えええ、私ほんとうに知らないです! ロキじゃないですう~!」

「……え、そ、そうなんですか?……いや、で、でも。だ、騙されませんよ!?」

「私、まおー様が帰ってきてほとんどお話出来ずに旅へ出たです! 他のひとたちも同じはず! だから旅に出た人たちは逆にまおー様の名前を知らないはずです!」

「……え……え? いや、でも。……ええぇ?」

「そもそも私がロキなら、ドトゥーさんなんて変な呼び方しないはずですう!」

「変な呼び方の自覚あるんですか!?」


 

 ◇ ◇ ◇



 空間を直結する魔法。


 小人族の作った奈落帆船ナグルファルが作り出すエネルギーと、ヨル様による空間直結魔法の術式。

 このふたつにより、ナグルファルと王宮を繋げるゲートを作り上げたです。


 先にこのゲートをくぐって行ったフェンリル様が戻ってこないということは、成功したか死んだかのどっちかですう!

 

「ラティ、このゲートの先にすてら様が待ってるですう。……あの時とは、似ているけど完全に逆ですね」


 私とラティが、まおー様を夜。

 あの時も、こうして二人並んでまおー様の居る先を見つめてた。

 でもあの時とは真逆。

 今度はまおー様を救う為にこの先へ向かうです。


 ラティはゲートを見つめる私に向かって、優しく微笑んだ。


「そうっすね。ロキにやられたあの時とは違うっす。今度はステラさんを救うっす!」


 まおー様がボロボロのドトゥーさんと一緒に帰ってきた時。

 まおー様の怒り、悲しみ、無念、後悔。

 そのすべての感情が伝わって、私は胸が張り裂けそうでした。

 

 だから私は、私の出来ることをやるのみです!


 私は両足に力を込め、渾身の想いでラティの背中にドロップキックを浴びせた。

 ラティは突然のことで驚きながらも、そのままゲートに吸い込まれる。


 そして、私も後を追った。



 ◇ ◇ ◇



「あいだー!? レト、なにするっすか!?」


 私とラティはナグルファルの甲板に出たです。

 私に蹴られたラティは四つん這いの態勢になってます。

 そして目の前には狼の獣人と戦うまおー様がいました。


 フェンリル様がその獣人に向かって蹴りを放つと、その獣人は後ろに飛んで一旦距離を取ります。

 その隙に、まおー様はこちらへ振り向きました。


「え、今度はラティちゃんとレトちゃん!? ど、どうなってるの!?」


 困惑するまおー様へ、私は突き出したラティのお尻を踏みつけながら口を開きます。


「まおー様! ロキを連れて来たですう! さあ、無念を晴らすですう!」

「え!? ロキ!?」


 するとラティが紫色の光を放ちながら飛び上がり、帆船の手すりへ移動したです。

 光が収まると、紫色の長髪をした姿へと変わりました。

 ロキです。

 片手で顔を押さえながら、気だるそうにうなだれています。


「……はああ、なんで分かったの? 結構うまく化けてたんだけどなあ……」

「まずラティはすてら様の名前を知らない筈です。それに、私たちが出会った紫髪の男がロキであることも。……あなたは私に話を合わせようと喋りすぎたです」


 ロキは不敵な笑みを浮かべながら、紫色のオーラを強めます。

 そしてまおー様は私の前に出ました。


「ラティちゃん、いつからロキに……?」

「ふぎゅう。たぶん今日の朝。大空洞の調査に出かけた時ですう」


 まおー様は小さく頷くと、後ろの二人へ視線を送る。


「アリスちゃん、フェンリル。ゲリとフレキの相手を頼んでもいいかな?」

「ああ、もちろんだ!」


 まおー様の足元に魔法陣が浮かび上がります。

 おそらくロキの魔法。

 そしてロキの瞳が金色に輝くと、そこからまおー様を囲むように魔縄が出現。


「まおー様!」


 私は即座に火球を作ってロキに投げつけた。

 爆発が起きるも、ロキは全くの無傷。

 涼やかな顔でこちらに視線を移すと、今度は私の足元に魔法陣が浮かび上がったです。


 それでいい。

 今の私はまおー様を助けるために、ここにいるです。



『――今はもうそんなこと無いから! だから見てて! これからのわたしのこと!』



 まおー様。

 ずっと見てたです。

 笑顔で明るくて楽しそうなまおー様を沢山見ることが出来て、本当に嬉しかったです。

 だから今度は守るです。

 まおー様がずっと笑顔のままでいられるように。


 ――パチン。

 

 まおー様の指の音。

 いつも魔法を使う時に鳴らす音。

 私の足元にある魔法陣から現れた魔縄は、その音と共に灰となり風に乗って散っていった。


 今のは、前に私もやられたやつ……。

 相手の魔法のコントロールを奪ったです。

 でもこれは、相手の魔力を大きく上回っていないと成功しない技。

 今のまおー様は、あの短期間でロキよりも強くなったということ……です。


 そしてまおー様は赤い瞳をロキに向け、冷ややかに言葉を放ったです。


「あなたの魔法はこんなもの? なら、もうあなたはわたしの敵じゃないよ、ロキ」





 

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