#85 Raquna ★ caring.

 ――B-side. ▶▷▷ アリス。

 


 ◆ ◆ ◆


 

「貴様ァァァァァァァッ!!」


 私は怒りに任せて、魔王の胸倉に掴みかかった。


 帰ってきた姉の姿を見て、頭が真っ白になってしまったのだ。

 

 何があったのかは分からない。

 いや、聞いたところで何が変わる訳でもない。

 とにかく目の前の姉はボロボロで傷だらけで、意識も無い。

 それに加えて――。


「お姉ちゃんがこんなにボロボロで、どうして貴様には傷ひとつないんだ!? どういうことだッ!?」


 魔王は私の問いに、燃える様な赤い眼を真っすぐに向けながら、一言。


「……ごめん……!」


 とだけ答えた。


 その表情は、怒りとも悔しさともとれる、そんな顔つきだった。

 まるで……鏡を見ているようだった。


 その後すぐに周りにいさめられ、引きはがされる。

 私の肩をポンと叩きながら、ヨルが落ち着いた声で囁いた。


「リーダー、アナタには分からないかもしれないけど、魔王ちゃんの魔力は殆ど残ってない。たしかに傷は無いかもしれないけど、あの子だってボロボロなのよ」


 私はヨルの手を振り払い、足早にその場を去った。


 お姉ちゃんがボロボロになるような状況で、あの魔王が何もしなかった筈がない。

 そんなことは分かってる!

 分かっているのに。


 体の底から際限なく溢れ出る怒り。


 これは、自分への怒りだ。


 二人がこんな危険な目に遭ったっていうのに、ただ待つことしかしなかった。

 そんな自分への。


 それをただ、魔王にぶつけただけ。


 ……なんて最低なんだ、私は……!



 ◆ ◆ ◆



 私は愚劣な自分を振り払うかのように、剣を振った。

 研鑽に身を置いた。


「アリス様はどうして中庭で剣を振っているのです……?」

「わ、わからないっす。せっかく育てた草木に当たりそうで、ずっとひやひやっす……」


 遠くでガルムとラティが心配そうに見守っている。

 周りの視線を感じられるくらいには、冷静になってきているようだ。


 お姉ちゃんも、ぐっすり眠っているだけで命に別状はないと聞いた。

 本当によかった。

 

 ……魔王は……。


「アリスちゃん!」


 予想外の声に手を止める。

 

 魔王が少し息を切らしながら、私の名を呼んだ。

 顔は先ほどよりもやつれていて、クマも出ている。


「……どうしたんだ? ひどい顔だぞ。休んだ方が良いんじゃないのか?」

「ううん、私のことはいいの!」


 そう言って、彼女は片手を差し出した。

 

 小さな、黒い針のようなものが三本。

 黒い妖気の様なものが立ち上がっている。

 

 これはいったい……?


「アリスちゃん、力を貸してもらえないかな?」


 魔王はあの時と変わらない、燃える様な赤い眼を真っすぐに向けている。


「ラタトスクちゃんやフギンちゃんムニンちゃんがいなくなったこと。……奈落ちゃんはきっと、自分の所為だって思ってる。……だから、これを使って……三人を……」


 言い終える前に、まるで糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちてしまった。


「おい、魔王!?」



 ◆ ◆ ◆



 意識を失った魔王を、自室に運びベットに寝かせる。

 その場に居合わせたガルムとラティも、神妙な面持ちで見つめていた。


「……もう彼女には殆ど魔力は残っていませんでした。正直、死ぬ寸前だった……」


 ガルムがため息交じりに目を伏せる。


 死ぬ寸前……?

 魔王はそこまでして、この黒い針で何を……?


「魔縄、だな」


 事態を聞きつけ、フェンリルとヨルも部屋へと駆け付けた。

 フェンリルは私の持つ黒い針を見るなり、確信を持ったように呟く。


 魔縄……?

 この小さな黒い針が……?


「あらん☆ しかもその針、魔縄の反応を探索できる仕組みね。魔法の使えない兄さんやリーダーでも、魔縄のありかが分かるようになってるわ☆ 命を削って、とんでもない物つくったわね……」


 ……すべては、お姉ちゃんのために……。


 私は、外に向かって駆け出した。


「オイ、待て!」

「なんだ!? 止めても無駄だぞ! 今度こそ私は私に出来ることを――」

「そうじゃねえ。おい、ヨル!」


 ヨルは、フェンリルが次に何を言い出すのか分かっているかのように、口角を上げながら視線を下ろす。


「黒い針が示してる反応はふたつ。おそらくカラスどもだ。こっちはオレ達で向かう。オマエは――」

「ラタトスク、ね☆」

「頼んだぜ」


 そしてフェンリルは腕を組み、私の目を見てニヤリと笑う。


「おい妹。まさか、この広い大地を歩いて探す気か? オレの背に乗って行け。代わりに、ナビは任せたぜ」


 コイツ、ヨルに似ている。

 まるで私の心を見透かしたように先読みして、して欲しいことを突いてくる。

 わざわざ、私が断らないように言葉を添えて。


 フェンリルは私を見下ろし肩をすくめると、ため息交じりに首を振る。


「ハ! 悪いがオマエの考えてることなんざお見通しだぜ。なんせコッチには、オマエによく似た生意気な妹がいるんだからよ」


 ぐ!

 私をあんなちびっ子と一緒にしやがって!


 フェンリルは堪えるように笑うと、そのまま部屋をあとにする。

 そして、背中のまま一言加えた。


「オレ達だって、勇者と魔王には沢山の借りがある。あいつらの為に出来ることがあるなら、全力でやらせてもらうぜ」


 そうして、ラタトスクとワタリガラスたちの捜索が始まった。



 ◇ ◇ ◇

 


 ――キィン!


 ゲリと呼ばれた狼の人獣が、両手の鋭い爪で飛びかかってくる。

 私は王国からもらい受けた剣で構え、それを弾く。

 金属音が鳴り響き、火花が散った。


「グオオアアアアッ!」


 監視者と名乗る二人の狼。

 眼鏡をかけている方はずいぶんと理性的だが、私が相手をしているゲリは見た目こそ一緒だが、その振る舞いは獣そのものだった。

 体は大きいがしなやかで素早く、かつ一撃が重い。

 なんとか剣や鎧で防げてはいるが、このままでは防戦一方だ。

 もしもお姉ちゃんの様な軽鎧を着ていたら、私はとっくに傷だらけだったろう。


「アリスちゃん、大丈夫!?」


 フレキと戦う魔王が、こちらに目線を送る。

 魔王も接近戦を強いられ、魔法を使えずに苦戦しているようだ。

 それでも、爪や牙を使うフレキの猛攻に、拳で渡り合っている。

 その上、こっちを気にする余裕まであるのか。

 

 白状しよう。

 私は誤解していた。

 

 魔王は王として魔物に慕われ崇められ。

 努力せずとも天賦の才が備わっており。

 平和などは決して望まず。

 傲慢で利己的な性格。

 魔王さえ倒せば、世界は平和になると思っていた。

 

 ……そして、そのすべてが間違いだった。


「なあ魔王! こんな時だがひとつ伝えていいか!」


 魔王はフレキの攻撃をいなしながら、こちらに視線を送る。


「なあに、アリスちゃん!」


 奈落にいる人間は、私とお姉ちゃんしかいない。

 本来、私にとっては敵だらけのはずだった。

 しかしヨルと出会い、ラティとレトに出会い。

 そして王宮のみんなと出会った。

 気付けば私は、みんなを好きになっていた。

 

 本当はただ、奈落からお姉ちゃんを救い出すためだけに来た筈だったのに……。



『――……あはは! あはははははは!!』



 昨日の夜、笑っているお姉ちゃんを見て思ったよ。

 仲間に裏切られて奈落に落とされたお姉ちゃんはもう、とっくに救われていたんだって。


 なあ、魔王――。


「――お姉ちゃんと友達になってくれて、ありがとう!」


 そして、魔王は笑う。


「本当に、だよ!」


 ……それはすまない。


「それに、、だけじゃないでしょ?」


 魔王が「ふひひ」とこちらへウインクを飛ばす。


 私が言うのもなんだが、戦いの最中に随分と余裕だな。


「グオオアアアアッ!」


 再びゲリが雄叫びを上げ、両腕を大きく振りかぶってこちらに飛びかかる。

 

 そろそろ鎧も限界だ。

 ただ受けているだけでは結局じり貧。

 鎧を犠牲にして、一撃を喰らわせてやる!


 私が一歩踏み込んだ瞬間、飛び上がったゲリの足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。

 黒漆こくしつの輝きと共に魔法陣から魔縄が現れ、ゲリは空中で縛られた。


「はいっ! アリスちゃんとの友情の証ね!」

 

 魔王。

 相変わらずフレキと戦いながら、こちらをサポートする余裕まで。

 まったく――。


「――私は良い友を持ったものだな!!」


 私がゲリに向かって剣戟を放とうとした、その瞬間。

 突如後ろから人影が現れ私を追い抜いた。

 その影は青く長い髪を振り乱しながら飛び上がり、魔縄で縛られたゲリの頭部目掛けて強烈な蹴りを浴びせる。

 ゲリはその強烈な蹴り技に、船の手すりまで吹き飛ばされた。

 

 わ、私と魔王の友情の証が……。

 

 私は突然のことで一瞬なにが起こったのか分からなかった。

 脳の理解も追い付かず、誰かが助太刀に来たことよりも別のことでがっかりしていた。

 

 その青髪の長髪はこちらへ振り返ると「よお」といつものように挨拶をする。

 そこでようやく、私も言葉を取り戻した。


「……フェ、フェンリル……!? どうして貴様がここに……!?」

「ハ! 言ったろ。勇者と魔王には沢山の借りがある。それを返すためなら、全力でやらせてもらうってなァ!」

 




 

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