#84 風分かつ雲路。

 ――業務連絡ッ!


 とりあえず大鷲の炎を止めないと!

 あれを撃たれたら、船は確実に壊れちゃう!


 邪竜さんに向かって駆け出す私を見て、狼の人獣フレキが走り出す。

 が、魔王さんの赤い眼が輝き、フレキの足元に魔法陣が出現した。

 フレキは咄嗟とっさに後ろへ飛んで地面から突き出すように現れた黒い針をかわす。

 魔王さんはこちらに向かってウインクを飛ばした。


「奈落ちゃん、大鷲は任せるね!」

「はい!」


 船の手すりに手をかけ、思い切りジャンプ。

 邪竜さんの背に飛び乗った。

 

 ティルにはこのまま黒ローブの相手をしてもらうしかない。

 武器は、シンモラさんに貰った鹿の角を使う!

 

「邪竜さん、大鷲に近づいてもらえますか!」

「あいわかった! このままフレースヴェルグに突進するぞい!」

「はい! お願いします!……って、ええ!? 突進!?」


 邪竜さんは大きく羽ばたくと、一切の躊躇いもなく一直線に大鷲へと向かう。

 奈落脱出に見せた、あの超ハイスピードである。


 ひいいいいい!

 速い速い速いいい!!


「じ、邪竜さん! さっきの火の玉で大けがしてるんですから、むむ無理しないでください!」

「ウオッホッホッホ! よわい幾千年! 今の儂は、無理をしてでもちい子ちゃん達を応援したいお年頃なのじゃあ!」


 大鷲フレースヴェルグの頭に乗るトールが、こちらへ向かって両手を広げる。


「やめるんだッ! ちゃんと話し合おうッ!!」

「黙れい! それはこっちのセリフじゃああ!!」

「いやッ! フレースヴェルグに言ったんだッ!!」

「ぬう! そうなのか!」


 いやだから全然言うこと聞いてないですって!!


 邪竜さんは一切スピードを緩めることなく、そのまま大鷲に激突した。

 その衝撃で、私は宙に投げ出される。


「いやあああああああッ!」


 しかも、フレースヴェルグの炎は収まっていない。

 あの強烈な突進にも全く動じてない!?

 このままじゃ撃たれちゃう!!


 私は鹿の角を握りしめた。

 体制を整えて、大鷲の頭を見据える。


 このまま大鷲の頭に落下して、一撃を喰らわせてやる!


 ……と、思ったら、落下地点には満面の笑顔で待つトールがいた。

 こちらに向かってめいいっぱい両手を広げている。


「奈落くんッ! 来たまえッ! 君の愛を私が受け止めるッ!!」

「いやあああああああッ!!」


 トールは目を瞑り、口先を尖らせる。

 私は咄嗟に、無意識に、生理的に、本能の赴くまま、渾身の力を込めて、鹿の角でその顔を思い切りぶん殴った。

 

 ――ガシャアアアアアアン!


 鹿の角が折れた。

 トールの顔は、ぶるるんと肉が揺れる程度で全然微動だにしていない。


「ありがとうッ!!」


 お礼言われた!

 こわい!!

 てゆーかまた鹿の角壊れちゃった!

 シンモラさんごめんなさい!


《相棒!? 大丈夫か相棒うううう!》

 

 いや待てよ。

 ティルも神具なのだとしたら。

 金槌ももしかして!


「あの! 私のこと覚えてますか! 覚えてるなら手を貸してください!」


 私の言葉に反応するかの様に、トールの手から金槌がするりと離れる。


「うおおおっ!? どうしたミョルニル!?」


 金槌はそのままくるくると私の左手に飛んできて、それをうまくキャッチした。


 やっぱり、神具には意思がある!

 金槌の声は聞こえないけれど、いま私の呼びかけに応じてくれた!


「ありがとうございます、ミョルニルさん!」


 そしてそのままトールへ振り下ろした。

 流石のトールも両腕でガード。

 激しく稲妻が発生する。


「素晴らしいぞ奈落くん!! キミとの恋は、まるで雷に打たれたように刺激的だッ!!」

 

 いや実際に打たれてるんですよ!

 てゆーか、ミョルニルを奪われて攻撃されたのに!

 まるで効いてる気がしない!

 心にも体にも!


 と思った次の瞬間。


「ぐあああああッ!?」


 ――突如、叫び声を上げたトールは、体からメキメキと音を立て、すさまじい勢いで吹き飛んだ。

 そのまま大鷲から投げ出され、落下していく。


 ――アーッハッハッハッハ……。


 そして雲海の中へ消えていった。


「恋は盲目。けれど、独りよがりの愛は毒よ。互いの心をむしばむアナタの恋愛は盲独猛毒ネ☆」

 

 あまりに一瞬のことで理解が追い付いていなかったが、私は助けてもらったようだ。

 その救世主は遠い眼をしながら雲海を見下ろすと、二又の舌をちろちろ出してこちらへ微笑んだ。


 「というわけで、アタシの毒牙をお見舞いしてあげたわん☆」


 ……え。

 ……ヨルムンガント!?


「おい、ヨルムンガント! なにしとんねん! まだ作業の途中やろが!」


 目下の帆船から、ラタトクスが両手をバタバタさせながらこちらに向かって叫んでいる。

 

 あ、黒ミイラは解いてもらったのね。

 てゆーか、作業の途中?

 もしかして、ヨルムンガントは船の小部屋にずっといたのかな。

 よく考えたらヨルムンガントがラタトクスを見つけてくれた訳だし、一緒に行動していてもなんら不思議じゃないもんね。


「あらん☆ アタシが駆け付けてなかったら、勇者ちゃんのファースト☆ハギングが奪われちゃうトコロだったのよん☆」


 ファースト☆ハギングってなに!?


「それに術式の作業はほぼ終わったから、仕上げはアナタに任せるわ☆ 縛られ昇天黒ミイラのアナタでも、それくらいは出来るでしょ?」

「だ、だ、誰が縛られ昇天黒ミイラやねん!! アカンアカン、ワイは忙しい――」

「あらん☆ 聞き訳の無い悪い子は……パックンチョよん♡」

「う、うわあああああああああああッ!!」


 もう断末魔じゃないの。


 ラタトスクは絶叫しながら、全力疾走で船の小部屋へと向かった。


「それにしても、よく咄嗟に相手の武器を奪うことを思いついたわねえ。さすが勇者ちゃん☆」


 大鷲の頭の上でへたり込む私の頭を、ヨルムンガントが優しく撫でる。

 

 まさか、こんなところで会えるとは思ってもみなかった。

 よかった。嬉しい。


「いろいろ話したいことはあるけれど、あまり悠長なことはしてられない状況ね?」

「はい、とにかくこの大鷲の炎を止めないと!」


 依然、大鷲の嘴には炎が集まり続けている。

 火球もかなり大きくなってきた。


 私は大鷲の頭をぺしぺし叩く。

 でも、邪竜さんの突進でも止まらないし、いったいどうすれば……。


「そんなのカンタンよ☆ 勇者ちゃん、ちょっと離れてなさい」


 ヨルムンガントは自信満々に二又の下をちろりと覗かせた。

 私は指示通り邪竜さんの背に乗り、距離をとる。


「それじゃ、勇者ちゃん。また会いましょう☆チャオ☆


 そう言うと、ヨルムンガントの体は光り輝き、巨大な大蛇の姿へと変貌した。

 邪竜さんの三倍はあろう、とてつもない大きさ。


「ぎゃ!」


 大鷲はヨルムンガントの重さに耐えられず、そのまま一緒に落下していった。

 ボフン、と大きな音を立て、雲海にのまれる。

 私は思わず邪竜さんから身を乗り出して見下ろした。


「ウオッホッホッホ! 無茶するのう! ま、あやつなら大丈夫じゃよ、ちい子ちゃん」


 うう、もっといろいろ話したかったのに。


《相棒うう! いい加減助けてくれよおおおおお! っていうか誰ヨその武器い!》

 

 感傷に浸ってる暇なんてない、か。

 ティルももう限界っぽい。

 なんかミョルニルに嫉妬してるし。

 心が折れる前に、助けにいかなくちゃ!


「どうするちい子ちゃん。一旦船に戻るかの?」

「いえ、このまま黒ローブたちの元へ向かってください!」

「ゲリとフレキはええのか?」

「船のことは魔王さんとアリスに任せます! あの二人なら大丈夫!」

「ウオッホッホッホ! あいわかった! じゃあしっかり捕まっとれよ!」


 そして私は邪竜さんと共に、更に上空へと飛翔した。

 帆船で監視者と相対する、魔王さんとアリスに背を向けて――。



 ◇ ◇ ◇

 


 邪竜に乗って羽ばたいていく、お姉ちゃんの背中を見つめる。

 

 あの背中を見るのは何度目だろう。

 その背中を送り出すのは何度目なんだろう。


 嫌なことからは全力で逃げ出して、でもお願いされたら断れなくて。

 弱気で臆病で、真面目で優しくて。


 そんなお姉ちゃんが、逃げ出さずに、投げ出さずに、自ら背負えるだけ背負い込んで。

 重い荷物を抱えたまま、笑顔で旅立った。


 そして、お姉ちゃんは傷だらけで、瀕死の状態で帰ってきた。

 それはつまり、私は二度もお姉ちゃんを失いかけたということ。


 だから私は思い出さなきゃならない。

 私が奈落へ飛び込んだ時の想いを。

 私が何のために奈落へ来たのかを。


 そして、に誓った決意を――。


 


 ――――――B-side. ▶▷▷ アリス。



 


 

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