#83 インスペクターの炯眼。

 ――業務連絡ッ!


 突然、下に広がる雲海から空飛ぶ帆船はんせんが現れました!

 そして、その先頭に立つ者は。


「ラタトスク!?」

「ラタトスクちゃん!」

「リスッ!!」


 ラタトスクは私たちに向かって、小さな両手をめいいっぱい広げて手招きをしている。

 それに呼応するように、邪竜さんがその背を船に寄せた。


「ほれ、飛び乗るんじゃ!」


 その言葉通り、私たち三人は邪竜さんの背から飛び上がり、帆船に着地する。

 

 ラタトスクは腕を組み、前歯を見せながらケタケタと笑っている。


 ラタトスク……。

 本物だ……。

 よかった。

 本当によかった。

 私はてっきり……。

 

 魔王さんも両手で口元を押さえ、安堵の表情を見せている。


「ラタトスクちゃん、よかった! どうやって生き返ったの!?」

「いやまず死んでへんわ!」


 ラタトスク!

 本物だああ!


「まあ確かにピンチやったんは間違いないねんけど。ヨルムンガントが見つけてくれてん」


 ヨルムンガントが。

 結局さいごまで会えなかったけど、ラタトスクを探してくれてたのね!


 ここまで聞いて、アリスは不思議そうに首を傾げる。


「だが、なぜヨルは貴様を見つけられたのだ? 変態同士だからか?」

「ちゃうわ!」


 ラタトスクは体からもぞもぞと何かを取り出す。

 それは、ヨルムンガントの鱗だった。


 ……私とアリスが押し付けた。


「こいつのお陰や。あの時、このゴミを押し付けてくれてホンマ感謝してまっせ!」


 ひい!

 皮肉だ!

 このリスは皮肉を言っている!


「ああ。なんせこの時の為に渡したからな」


 だとしたらアリスは予知能力者か何かかな。

 あまりにも平然と嘘つくの、お姉ちゃんすごく怖いよ。


 まあなんにせよ、無事でよかった。


 しかも、こんな空飛ぶ船まで引っ提げてくるなんて。

 邪竜さんと同じく、本当に予想外。びっくり。


「ラタトスクちゃん。この船が、小人族に造ってもらった『奈落脱出のための道具』なの?」

「せや! 奈落帆船ナグルファル! まだ未完成らしいんやけど、まあ十分やろ!」


 未完成、なんだ。

 船は帆が二つに小部屋がひとつの小さな船。

 でも三人が乗るには十分すぎる大きさだ。

 それにしても、死者の爪っていう素材はどこにあったんだろう?

 結局、おじいちゃんからも貰えず、素材集めは諦めたんだけどな。


 ラタトスクは私の方を見上げると、目を細めてニヤリと笑う。


「なんや勇者はん。素材はどうやって集めたんやっちゅう顔やな」


 むむ!

 なんて察しのいいリスなんだ。


「まあ素材はヨルムンガントが小人族を脅してなんとかなったからエエねん。そんなことよりせっかく船を作ってもろたのに、まさかニーズヘッグが手を貸すとは思ってへんかった。めっちゃドヤ顔で王宮寄ったのに出番無くなってまうやんと思て、急いで追いかけてきたわけや!」


 そんな理由!?

 てゆーか小人族を脅したって話がすごく気になるんだけど!


 ――アーッハッハッハッハア!


 むむ、この笑い声は!


「ラタトスクちゃん、すごい上機嫌だね!」

「いや、ワイちゃいまっせ! 目の前にるんやから分かるやろ!」

 

 雄大に羽ばたく音と共に、大きな影が船を覆う。

 上空から、フレースヴェルグに乗ったトールが見下ろしていた。

 金色の長髪をなびかせ、白い歯全開の笑顔でこちらに親指を立てている。


「でかしたぞラタトスク! 君は奈落くんとのブライダルシップを用意してくれたのだなッ!」

「はあ? なんやアイツ。何言うてんねん」

「いや、ちょっとよく分かりません。でもトールはあなたのこと知ってるみたいですけど」


 私の言葉に、ラタトスクは大きく目と口を開いた。


「トトトトトール!? なんでトールがこんなとこんねん!!」

「え。あの人って、けっこうやばい感じなんですか?」

「めっちゃヤバいで! オーディンやロキに並ぶ、神々のトップや!!」


 えええ!!

 そんな神様が、こんなとこで何してんの!!


「ってゆーか、お姉ちゃんはそんなすごい神に求婚されているのか!!」

「ええ! 勇者はん、トールに求婚されとんのかいな! やったやん! 玉の輿やん!」

 

 やったやんじゃないよ!

 このリスめ!

 

 次の瞬間、突然ラタトクスが小さく「あっ」と声を漏らし、そのまま魔縄にぐるぐる巻きにされて転倒した。

 もう黒いミイラが誕生したんじゃないかと思うくらい、それはもう余すことなくぐるぐる巻きである。

 そこへ魔王さんが近寄り姿勢を落とし、黒いミイラの頭を撫でる。


「全然やってないよラタトクスちゃん。奈落ちゃんは嫌がってるんだから。めっ、だよ」


 優しい言葉とは裏腹に、ツッコミの攻撃力が高すぎる!

 

「ぼっぴんちゃん達、気を付けるんじゃ! 何者かが下りてくるぞい!」


 邪竜さんの言葉通り、上空にいる黒い大鷲フレースヴェルグから二つの影が落ちてくる。

 くるくると空中で回転し、帆船へ綺麗に着地した。


 フレースヴェルグから降りて来たという事は、神の妨害の一味ってことなんだよね。

 てゆーか、トールの他にも乗っている人が居たんだ。


 その二人はゆっくりと立ち上がると、こちらへ鋭い眼光を向けてくる。

 両者とも、白いロングコートに白い手袋。

 そして顔は黒い狼。獣人だ。

 双子のようにそっくりで、片方は眼鏡をかけている。

 正直、ガルム紳士にも似ていると思う。


 私たちが身構えていると、眼鏡をかけている方の人獣がゆっくりとお辞儀をして口を開く。


「おはようございます。我々は新たに派遣された奈落の監視者、フレキです」

「ヴぁああああああッ!」

「こちらはゲリ」


 フレキと名乗る眼鏡の獣人は横に掌を向け、隣で叫んでいる獣人のことを紹介した。


「この船は外界からミズガルズへ侵入するという禁忌を犯そうとしています。このまま進路を変えないのであれば、監視者としてこの船を破壊します」


 フレキは静かに淡々とこちらへ説き伏せる。

 その言葉に一番反応を示したのは、私たちではなく。


「フレキくんッ! その船はブライダルシップなんだ! 破壊しないでもらえるかッ!?」

「いえ、駄目です。破壊します」

「そうかッ! 分かったッ!」


 聞き訳が良いな!


「これはやるしかなさそうだな」


 アリスが口角を上げながら、腰の剣を抜いて構えを取る。


「うん、船を壊されるわけにはいかないもん!」


 魔王さんも紫色のオーラを放ち、臨戦態勢に入る。


《相棒うう! 俺様のことも気にしてくれよおおお! もう黒いカラスの相手すんの限界きてるよおおお!》


 やべ。

 また忘れてた。


 そして頭上では、またもくちばしに炎を集め始めるフレースヴェルグ。


 あ、やばい。

 またアレを撃つ気だ!

 船と平行に飛んでいる邪竜さんも、上を見上げて口を開く。

 

「ぐぬう! 今度こそ撃たせる訳にはいかんぞい!」


 船の上には二人の監視者。

 頭上にはトールとフレースヴェルグ。

 そしてその更にその上空に大量の魔物たち。

 

 やばいやばい、けっこうピンチだ!

 でも、なんとかしないと!


 私は邪竜さんに向かって走り出す。


「奈落ちゃん!?」

「魔王さん、アリス! 監視者の相手を頼みます!」

「お、お姉ちゃんは!?」

「私は、そこの大鷲とトールの相手をしますっ!!」





 

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