#82 有暗短朝のタイアップ。

 ――業務連絡ッ!


 ロキの作り出した魔物たちに行く手を阻まれました!

 黒い羽根に黒いローブ。

 どことなくワタリガラスのふたりに似ています。


 そして魔王さんとアリスはやる気まんまん!


 上空の黒ローブたちは、無表情のままこちらを見下ろしている。

 すると一人が両手を合わせて、空に掲げた。


「む! くるぞダブルぼっぴんちゃん!」

 

 私も仲間に入れてえ!

 トリプルぼっぴんちゃんにしてえ!

 

 大きく翼を広げた後、力強く閉じると、人間大ほどの小さな黒い竜巻が発生。

 掲げた両手を振り下ろし、こちらに向かって吹き飛ばす。


「ああああ、なんか飛ばしてきました! どうします!? ティルを囮にします!?」


《なんでだよ!!》


「いや、あなた自由に飛べるし……」


《無理っ! 竜巻はどうでもいいけど、高いとこは無理いっ!》


 竜巻はどうでもいいの!?


「まかせて奈落ちゃん!」


 魔王さんが手をかざすと、黒い竜巻は一瞬でそよ風に変わる。


 すごい。

 前にシンモラさんが私にやった、魔法のコントロールを奪うやつ!


 さらに魔王さんは赤い眼を光らせ、数人の黒ローブの足元に魔法陣を作り出した。


 ――パチンッ!


 指を鳴らして魔縄を出現させ、一瞬で縛り上げる。


 縛られた黒ローブたちは、力なくそのまま眼下に広がる雲海へと落下していった。

 魔王さんは落ち征く魔物を赤い瞳で追いながら、静かに呟く。


「安心して。私の魔縄に、魔力を吸い取る力は無いから」


 すすすごい!

 ロキがやってきた魔法!

 こんなことまで出来るって!

 魔王さんが天才すぎる!


 アリス。

 これは私たち、出番無いかもね。えへへ。


 ふと、アリスに視線を向ける。

 彼女は剣を構えたまま、鼻から風船みたいなのを出していた。


「えええええ!? アリス寝てる!? この状況で!?」

「ん? ああ、お姉ちゃんおはよ」


 おはよ、じゃないよ!

 さっきすごいやる気まんまんだったのに!

 なんで寝てんの!!


「いや、正直この状況では何も出来ないし、魔王に任せれば大丈夫だと判断して」


 とはいえ寝るのはおかしいでしょ!

 いや、むしろよく寝れるね!

 すごい胆力!

 さすが騎士団長!


 とはいえ、見上げれば上空にはまだまだ魔物たちが待ち構えている。

 さすがにずっと魔王さん一人で対処は厳しいはず。


 そんな事を考えているのも束の間、今度は黒ローブたちが三人同時に竜巻を打ち下ろす。


 あ!

 やばい!


 魔王さんが両手をかざして、二つは対処。

 そして最後の一つは。


 ――シュィンッ。


 空を切り裂くような音と共に、最後の竜巻も霧散した。

 そしてそれをやってのけたのは。


《うおおお! どどっどどうだ相棒!》

 

 私の相棒が、黒い竜巻を一刀両断してくれたのだ。

 ぷるぷると震えながら。


「ありがとう、ティル!」

 

 うん、ティルなら自由に飛べるし、この状況でもなんの問題も無い!

 心配なことはティルの心が折れないかどうかくらい。

 いける!

 隣から聞こえる寝息が凄く気になるけれど、これならなんとかなりそうだ!


 ――その時だった。


 下に広がる雲海から、ボフンと何かが飛んできた。

 巨大な、黒い何かが。


「んん!? なんじゃあ!?」


 邪竜さんも、突然の襲来に驚きの声を上げる。

 突如として現れたその黒い巨躯は、大きな翼を広げて大きく叫んだ。


「グオォォォォォォォォッ!!」


 叫び声だけでも、とてつもない衝撃波。

 その体は、邪竜さんとほぼ同じくらいの、大きな体だった。


「ウオッホウ! やばい奴が来おったぞお!」

「おじいちゃん、あの魔獣を知ってるの!?」

「ありゃあ神の国に住まう黒い怪物、大鷲フレースヴェルグじゃあ!」


 かか神の国の怪物う!?

 たしかにやばそうなのが来ちゃった!


「むうう、いよいよ神の妨害も来たようじゃ! ええい、ロキの待ち伏せが無ければ追い付かれんかったものを!」


 ――アーッハッハッハッハ!


 ん?

 なんかすごい笑い声が聞こえる!?

 

 ――アーッハッハッハッハア!

 

「すごいご機嫌だね、どうしたの奈落ちゃん!」


 いやコレ私の笑い声じゃないですけど!!


 どこからだ?


 あっ!


 大鷲の怪物の頭!

 頭の上に、人が乗ってる!


「アーッハッハッハッハ! 君たちだね、ミズガルズに向かっちゃってる子たちって言うのはッ!?」


 腰に手を当て、陽気に私たちに語り掛けてきている。

 金色の長い髪に、筋肉ムキムキの大きな体。

 右手には、見覚えのある金槌を持っている。


「初めまして、だよね!? あなたはだあれ!?」


 魔王さんがいつものご挨拶。


「ああ初めましてだッ! 私の名前はトールッ! すまないが、君たちの名前も教えて貰えないだろうかッ!!」


 なんかすごいちゃんとしてる人だ!


「わたしはステラ! こっちは奈落ちゃん! そして剣を構えながら寝てるのがアリスちゃんだよ!」


 いやまだ寝てるの!?


「そうかッ! どうもありがとうッ! アーッハッハッハッハ!」


 なんの笑いなのよ。


 魔王さんは口元に手を当てながら、尚も問いかけを続ける。


「トールちゃんは、神様なんだよね? わたしたちの妨害に来たの?」


 トールちゃんッ!

 もうッ!

 さすが魔王さん!!


「ああ、そうさッ! いや、そうではないッ!!」


 いや、どっちだよ。


「この中に、ロキの分体を倒した者がいると聞いて、いてもたってもいられずフレースヴェルグに飛び乗ってきたのだッ! で、誰なんだいッ!?」


 え。

 それって私だよね。

 えええ。

 いやだなあ、名乗りを上げるの。


 魔王さんが「どうする?」と言いたげに、肩をすくめて合図を送ってくる。


 魔王さん、居留守の方向で!


 私が首を横に振ると、魔王さんはこちらにウインクを飛ばした。


「トールちゃん! ロキの分体を倒したのは、奈落ちゃんだよ!」


 ええええええ!!

 全然伝わってなかった!!


「アーッハッハッハッハ! そうか君かあ! って、うおおおおおおおおおおおっ!?」


 トールは急にたじろぐように、身を引いて叫んだ。


 なになに。

 こわいのよ、いちいちリアクションが。


「奈落くん! 君、私のヤールングレイプルを装着しているじゃないかあああああッ!!」


 え。

 私がずっと愛用してるこの鉄の手袋ヤーレンソーランって、トールの物なの?


 トールは大口を開けて、さらに大きく笑い出した。


「奈落くん! 聞こえるか、奈落くんッ!」

「あ、はい。聞こえてますけど……」

「結婚しようッ!!」

「はいいぃ!?」


 なななななに言ってんのこの神様!?


「だめだ奈落ちゃん! もう倒すしかないよ!」

 

 魔王さんの急な方向転換ッ!


「なんで急にお姉ちゃんプロポーズされてるの!?」


 なんでアリスは急に起きてるの!?


《あああ相棒! そろそろ限界かも! やばいかもおおおおお!》


 あ、ティルはこの間もずっと黒ローブたちと戦ってくれてたのね!

 ごめん、ぜんぜん見てなかった!!


 すると黒い大鷲の口に炎が集まり出す。


「む! あれはまずいぞい! 撃たせてはならぬ!」


 邪竜さんが焦りの色を交えて叫ぶ。


「おい、お姉ちゃんにプロポーズしたんじゃないのか!? なんで攻撃してくるんだ貴様!」

「ああ、すまない奈落くん! ミズガルズへ行くのは諦めてくれッ!」

「ど、どうしてですか!」

「君がミズガルズへ入ったら、僕たちは二度と逢えなくなる! そしたら僕たちの育んだ愛はどうなるッ!?」


 いやまず育んでないんですけど!!

 

 魔王さんが無言で魔縄を飛ばす。

 しかしそれを、トールは金槌で簡単に灰にした。

 ぱりぱりと青白い電撃を纏いながら、大口を開けて向けて声を上げる。

 

「いったん攻撃をやめるんだッ! 話し合おうッ!」

「いやこっちのセリフですけど!!」

「いやッ! フレースヴェルグに言ったんだッ!」

 

 あああ、そうなんですね。

 てゆーか全然止まる気配ないですけど!


 そして黒い大鷲は、集まった炎を集約して、巨大な火球をこちらへ向かって吐き出した。


「いかん! 防御するぞい! 三人ともしっかりつかまれい!!」


 邪竜さんが私たちを守るように、翼を大きく広げる。

 放たれた巨大な火球を、正面から受け止めた。


 すさまじい衝撃と熱波が襲う。


「いやああああああッ!」


 その後、衝撃は収まったが、すこしづつ邪竜さんの高度が落ちていく。

 焼け焦げた臭いと黒煙が、辺りに立ち込める。


「おじいちゃん、大丈夫!?」

「ウオッホッホッホ、これは大誤算じゃなあ……」


 あの攻撃を正面から受けたんだ。

 そりゃあ、大丈夫なはずがない、よね。

 羽ばたきも遅くなり、高度も少しづつ落ちている。

 

「……ウオッホッホッホ。三人とも、聞こえるか! あの笑い声が!」


 え?

 笑い声?

 トールの笑い声、って意味じゃないんだよね?


 魔王さんもアリスも、首を傾げる。


 ……??


 ――……っはっはっは……。


 んん?

 確かに、なにか聞こえる……?


 ――なーっはっはっはっはあ!!


「ウオッホッホッホ! これは大誤算! さすがは我が友じゃあ!!」


 次の瞬間。

 笑い声と共に、下に広がる雲海から、またもや大きな影。


 そして、突き抜け現れたのは。

 大きな箱舟。

 簡素ではあるが、空飛ぶ帆船だった。


 えええええ!?

 船が空を飛んで来たんですけど!?


 船嘴せんしに立ち、大声で笑う者が、私たちに向けて声を張り上げる。


「なーっはっはっはっはあ!! ひっさしぶりやなあ、勇者はん魔王はん!! ほれ、約束はしっかり守ったでええええ!!」


 それはとても見覚えのある、態度の大きい小さな運び屋の姿だった。





 

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