Chapter10-太陽になってね。

#81 勇者になりたい、ではなく。

「おはよう、奈落ちゃん」


 私は魔王さんの優しい目覚ましで目を覚ます。

 カーテンを開けてくれるが、外は真っ暗なままだ。


 太陽は作らない。


 もちろん魔王さんの魔力が消費するから、という理由もあるけれど。

 そもそも雲を突き抜けて脱出するので、太陽があると邪魔になってしまうのだ。

 

 私は部屋を片付け、ベッドのシーツを整える。

 鞘に入ったティルを背中に担ぐと、暗いままの部屋をあとにした。



 ◇ ◇ ◇

 

 

 ――業務連絡ッ!

 

 奈落脱出大作戦ッ!


 送別会から一夜明け。

 私と魔王さんとアリスの三人は、王宮の外で見送られていた。


 明け、と言っても朝なのに暗いままだけど。


 私はヒラヒラのついた軽鎧。

 魔王さんは黒いロングコート。

 アリスは元々着ていた騎士団の鎧に身を包み、準備万端。

 

「いやだから、なんでその上からダセえ半袖を着るんだよ!」


 フェンリルが私に向かって目を開く。


「はあ。これが無いと寝れないって、何度言ったら分かるんです?」

「オマエ寝る気なのかよ!」


 そういえばヨルムンガントがいない。

 間に合わなかったかあ。

 出発前に挨拶したかったな。


 ……あれ?


「ラティさんとレトさんが見えませんけど、どうしたんですか?」

「お主たちが出発する前に、もう一度『大空洞』を見てくると言って調査に出かけたわ。一緒について行けぬ代わりに、どうしても役に立ちたいそうじゃ」


 ……ふたりとも……。


 シンモラさんやスルトくんも、手を振り別れを惜しんでくれている。

 

「竜の背に乗りおランデブーなんて、羨ましいですわ!」

「ラクナお姉ちゃんだけちいさいよ! 大丈夫?」


 あ、ぜんぜん違った。

 

 その後ろでガルム紳士が親指を立てている。

 もうふざけているようにしか見えない。


「ラクナ様。ピンチの時は、私の石をお役立てください」


 どう役立てろと。


 よし、もう行こ。


「じゃあね、みんなー!」


 魔王さんが竜の背に乗り大きく手を振る。



『――だいしゅき! みんなだいしゅきー!』



 あの様子は、たぶん昨日のことは覚えてないんだね。

 だめだ、可愛すぎて簡単には忘れられそうにない。


「ラクナ」


 私も邪竜さんの背に乗ろうとしたところを、幼女の可愛い声に呼び止められた。

 振り返ると、ヘル様が人差し指を一本立てている。


「ラクナ、ステラ。今日までご苦労じゃった。今を以て、お主らの使用人としての任を解く!」


 え。



『――じゃあ私たちが奈落を抜け出すまで、っていうのはどう?』



 そういえば、そんな契約だったっけ。


 そっかあ。


「……ということは、私たちはもう、ただの友達ってことですね、ヘル様」

「うむ。そういうことじゃ!」


 ヘル様はいつも通り、にやりと笑った。


「ラクナよ。今持っておる中で、お主の大事な物はなんじゃ?」


 え、大事な物?

 そんな急に言われると……。

 うーん。

 うーん。


「この、半袖ですかねえ?」

「よし、ではそのダサい半袖を貰うぞ!」


 え?


「シンモラよ。早急に脱がせるのじゃ!」

「おかしこまりましたわ! お奈落さま! すぐに馬糞ファッションの刑から救って差し上げますわあああああッ!!」


 え!

 いやちょっと!

 てゆーかこれ罰じゃないですし!!


「ま、待ってください! 間違えました! 私の大事な物は背中の剣です!」


《おい相棒お! 俺様はそのクソダサ半袖のための犠牲かよお! うわああああん、あんまりだああああ!!》


 ひいい、背中が涙でびしょびしょに!!


「じょ、冗談だよ、冗談……」



 というわけで、脱がされました。


「あのー、その服どうするんですか?」

「そりゃあもう、おヘル様が寝るときその馬糞を抱きしめてお休みになるのですわああああッ!!」

「抱きしめんわ!!」


 え。

 そんなに淋しいですか。

 嬉しいなあ。えへ。えへへへへへ。


 そしていよいよ別れの時。


 私も背中に乗り、邪竜さんが大きく翼を広げる。


 羽ばたき、ふわりと巨躯が浮く。

 仰がれた風に、みんな顔を覆う中、ヘル様だけがまっすぐにこちらを見つめていた。

 そして。


「ラクナ、ステラ」


「あの時のわらわの願い。忘れるなよ」



『――お主らにはもう十分すぎるほどの施しを受けた。奈落を抜けたら、あとの余生はわらわのことなど気にせず幸せに暮らせ。……それがわらわの、今の願いじゃ』



 ……忘れていません。


 ……だから、私も口にはしません。


 ……私は友達を救う勇者。


 ……必ずあなたを救います。

 


 私と魔王さんは、小さく頷いた。


 そして、暗雲へ向かって飛び上がる。


「最速でひとっ飛びじゃあ! しっかり捕まっとれよお!」


 超スピードでほぼ垂直の飛翔。

 そのまま分厚い雲へ突っ込む。


 うひい、こわい!


「すごいよ二人とも! 雲の中だよ!」


 魔王さんの声が聞こえる。


 いやいや、景色なんて見てる余裕ないです!

 寒いし冷たいし、なんかゴロゴロいってるし!


「まるで濃霧の中だな。紫の光は雷か? 金属の鎧着てて大丈夫なんだろうか」


 アリス!

 怖いこと言わないで!

 

「奈落ちゃん、大丈夫? 虫とは言わないけど、まるで木に引っ付いて樹液を吸ってるみたいだよ?」


 いやもうそれ虫じゃないですか!

 いや、いい!

 なにを言われたって私は絶対に動かないぞー!


「むう、ここから約三時間か。少し仮眠していいか?」


 すごいなアリス!

 この状況で寝るの!?

 こんなほぼ垂直みたいな状況で!?

 虫じゃん!!


 ……ってゆーかあと三時間もこの状況が続くのー!?


「ウオッホッホッホ。安心せい赤ぼっぴんちゃん。雲はもうすぐ抜けるぞい!」


 赤ぼっぴんちゃんて!

 なら私の事も白ぼっぴんちゃんて呼んでよ!

 なんで私だけちい子ちゃんなのよ!


 ……て、え。


 もうすぐ抜けるの!?


 伏せていた顔を上げた瞬間、雲を突き抜け、真っ暗な視界が終わる。

 

 上空から降りてくる光。

 

 目線の遥か先、上空には、まだまだ小さいけれど、目標地点が見えていた。

 ゴールの先は青い。

 きっと、青空が広がっているんだ。

 

 大空洞と言われるだけあって、大きな大きな洞穴。


 視界が鮮明になって分かったことは、ゴール地点だけではなかった。


 バサバサと羽ばたく音が聞こえる。

 行く手を遮るように、上空には無数の黒いローブを着た者たちが、翼を羽ばたかせてこちらを見下ろしていた。


 十……いや二十人……?

 とにかく沢山飛んでいる。

 なんとなく、フギンさんやムニンさんに似ている見た目をしているような……。

 

 てゆーか、あれええ?

 なんですかこの黒い人たちは。

 今なら神の妨害は無いって話じゃないんですか?


「あの黒い子たちも、脱出を手伝ってくれるのかな?」


 魔王さんがニコニコで上を見上げている。


 そ、そうですね。

 そうだといいですね。えへへ。


 前方に広がる黒い景色に、邪竜さんが笑う。


「確かに調査通り、神の妨害は無いようじゃが。まあ儂らにとっては妨害に代わりないのう」

「おじいちゃん、どういうこと?」

「ありゃロキの作り出した魔物じゃよ。どうやら待ち伏せされておったようじゃ。ウオッホッホッホ!」


 ロキ!

 やっぱり魔王さんを狙ってるんだろうか。

 

「このまま突っ切るのは無理じゃ! 一旦、応戦するぞい! あの黒ローブの中にロキの分体が紛れておるとも限らんからのう!」


 邪竜さんは私たちが立ち上がれるよう、体を水平に保つ。

 そして魔王さんは、上空にいる魔物たちを見上げて、わらった。

 

「奈落ちゃんのこともあるし、ちょうどロキとはもう一度会いたいと思ってたところだよ! ね、アリスちゃん」

「ああ! 奴らをぶっ飛ばせばロキが現れるのか? それともあの中に紛れてるのか? なんにせよ願っても無い機会だ! 細切れにしてくれる!」


 なんか二人ともやる気まんまんだ!

 アリスはすごい怖いこと言ってるけど。

 よ、よーし。

 下は見ない。

 下は見ない。


《うひー! 下に広がる雲を見るだけで、心が折れそうだぜ!》


 ティル……あなた飛べるのに高所恐怖症なの?


 ぷるぷる震える私とティルに、アリスが耳元で囁く。


「大丈夫だよお姉ちゃん。魔王は、とんでもなく強いから」


 え。

 そりゃもちろん知ってるけど。

 どうしたのアリス。

 魔王さんとなにかあった?


 そして魔王さんはゆっくりと立ち上がり、睨みつけるその瞳が、紅く輝く。


「たっぷりとお礼してあげるよ! ロキッ!!」


 魔王さんは紫色のオーラをほとばしらせながら、空に向かって叫んだ。





 

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