#80 ウィッシュ・ミー・ラック。(バックトゥー・ザ・ビギニング。)

 ――業務連絡ッ!

 

 王宮の外。

 黒い大地の上に、白いテーブルと椅子を乗せ。

 準備万端、パーティー開始ッ!


 とりあえず気になるのは魔王さん。

 姿勢正しく座っているけれど。

 頭には巨大な王冠。

 ふわふわのついた赤い豪華なマントを羽織り。

 紅白のタスキを斜めにかけている。

 そこには『本日の主役』の文字。

 

 そしてここまで賑やかな見た目なのに、当の本人はとても真顔。

 なんていうか、感情が死んでるっていうか。

 なにこれ。

 どういう状況?


「オマエはこの送別会の主役だ。だから何も気にするな」


 珍しくフェンリルが、魔王さんへ優しい言葉をかけている。

 しかし魔王さんの眉はさらに垂れ下がり、目線だけをフェンリルへ向けた。


「いやでも、最後ならみんなに料理とか振舞いたいんだけど……」

「ダメだッ! オマエは主役なんだからじっとしてろッ!!」


 魔王さんは不満そうに頬を膨らませる。

 しぶしぶ肩をすくめて、目の前のグラスに手をかけた。

 中身は真っ赤な、生き血と死に血のブレンディ―ドリンクだ。


 な、なるほど。

 魔王さんが料理を作ると言い出すのを先読みして、あんな恰好させたわけか。

 確かに魔王さんが料理を作ったら、その時点でパーティーが終わるもんね。


 そんな中、ヘル様は席に着かずに邪竜とお話をしている。

 いったいどんな話をしているんだろう。


わらわの大事な友じゃからな。くれぐれもよろしく頼んだぞ」

「ウオッホッホッホ。儂にとっても大事な者たちじゃ。安心せいおチビちゃん」


 おチビちゃん。


「誰がおチビちゃんじゃ! わらわの器は、それはもうでっかいのじゃぞ!」

「なんと。ぼっぴんちゃんの他にも器と呼ばれる子がおったのか!」


 ぜんぜん話が噛み合ってない。


「ラクナさん!」

「ドトゥーさん!」


 牛の獣人、ラティさんとレトさんが、私の隣に来て声を掛けてくれた。

 手には、大きくて長いナニカを持っている。


「これ、調査の時に外で拾ったんす! 剣の鞘だと思うっす!」

「ふぎゅ。ドトゥーさんの横でふわふわ浮いてる剣が刀身剥き出しなので、これとかどうかなって思いました~」


 なんと、奈落脱出の餞別!

 確かに奈落にはいろんなものが落ちてくるって聞いていたけど、剣の鞘はまさにちょうど欲しかったやつ!


 ティルも喜んでいるのだろう。

 グリップをぶんぶん振って、レトさんへすり寄った。


 いやもう犬ッ!

 喜んで尻尾振ってる犬にしか見えないッ!


「ふぎゅうううううっ! な、なんですかあこの剣ん! ぬ、ぬめぬめしてるですううう!」


 まだぬめぬめしてるの!?


「ド、ドトゥーさん助けてほしいですう! き、気持ち悪いですううう!」


 ボキッ。


 あ。

 折れた。


「おねえちゃん、ボクからのプレゼントはこれだよ!」


 スルトくん!

 まさかこの子まで餞別を用意してくれたの!?


 取り出したのは、二つの大きな黒い球。


「泥で作った泥団子だよ!」


 あら可愛い。

 ありがとうスルトくん。

 これを食べて頑張るね!

 ぱくぱく。


「これを装備すれば、ラクナお姉ちゃんもおっきいお姉ちゃんになれるよ!」


 おいどういう意味だ。

 このまま泥団子をそのやかましい口につっこむぞー?


「お奈落さまあああああっ! ワタクシからもお餞別がございますわああああ!」


 シンモラさんまで!

 あまりいい予感はしないけど、ありがとうございます!


 彼女が取り出したのは、白い棒。

 というか、鹿の角だった。


 懐かしい。

 なくしたと思っていたけど、シンモラさんが持っていてくれたんだ。

 折れた部分も直してくれてる。


「お鹿のお匂いがおプンプンするお奈落さまには、とてもお似合いですわあああああッ!!」


 それもう取りようによってはただの悪口なんですけど!!


《ちょっと! 誰よその白い武器は!!》


 折れてる剣がなんか嫉妬してる!!


「ラクナ様。私からもご用意させていただいております。ぜひ受け取ってください」


 ガルム紳士!


 この人はもう読めないなあ。

 紳士だったり策士だったり。

 しかも根がサイコパスだから、真面目にやばいものとか持ってきそうだしなあ。

 

 ガルム紳士が取り出したのは、手のひらサイズの石。

 一見ただの石だけど、よく見たら数字が浮かび上がっている。


 でもなんの数字か分からない。

 いち、じゅう、ひゃく、せん……にひゃく……まん……?

 見つめていると、たまに数字が加算される。

 これはいったい……?


「これは、奈落のすいを集めて制作した魔道具です。なんとラクナ様が奈落を訪れてから今までの、まばたきの数が分かるようになっています!」


 すいを集めて、なんてものを作ってるのよ!


「良かったね、お姉ちゃん」


 私の隣に座るアリスが、グラスを傾けながら微笑んでいる。


 よく見たらそれ、魔王さんと同じやつじゃん。

 

「え……アリスも生き血と死に血のブレンディ―ドリンク飲んでるの!?」

「え? いやこれは『レッドブラッド』っていう、れっきとしたお酒だよ。……てゆーかなに? 生き血と死に血って……」


 ああなんだ、お酒かあ。


 ん?


「ちょっとアリス! 駄目でしょ! お酒は二十歳になってから! めっ!」

「いやお姉ちゃん。私、二十八だってば」


 あ、そうだった。

 ごめん。


「お姉ちゃんも一緒に呑も!」

「いやいや駄目だってば! お酒は二十歳になってから! めっ!」

「いや、お姉ちゃん三十歳じゃん」


 え、そうなの?


「ぎゃああああああ!」


 こんな楽しいパーティーで悲鳴!?

 誰の悲鳴!?


 と、フェンリルが険しい顔でこちらに走ってくる。


「ど、どうしたんですか!?」

「いや、わからん! 魔王がおかしいぞ! なんとかしろ!!」


 魔王さんが?


 大きな王冠を被った本日の主役は、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへにじり寄ってきていた。


 たしかに様子がおかしい。

 というか、笑ってるのに無言でこちらへ近づいて来ている。

 なんかこわい。


 一度ぴたりと制止した後、赤い眼をぎらりと光らせ、直後こちらに向かって飛びかかってきた。


 ひぃぃぃぃぃぃぃ!


「あー! 奈落ちゃんん! しゅき!」


 え?


 魔王さんは私を思い切り抱きしめると、とんでもなく甘い言葉を言い放った。

 周りのみんなもあぜんとしている。


 なにこれなにこれ。

 どういう状況?

 しゅき?

 っていうか抱きつく力強いかも!

 なんか体がミシミシ言ってるかもおお!

 っていうか酒くさああああ!!


「ちょっとアリス! 魔王さんが飲んでたのって生き血と死に血のブレンディ―ドリンクじゃないの!?」

「だからなんなの生き血と死に血って! 違うよ、魔王が飲んでたのも私と同じ酒だよ!」


 レッドブラッド!?

 

「はあ~、奈落ちゃんは可愛いねえ。よしよし。ステラがよしよししてあげる」

 

 魔王さんお酒飲んじゃったの!?

 あああああ痛い痛い!

 力すっごい強いんですけど!!

 よしよしも強い!!

 首もげるよ!

 そんなしたらもげちゃうよおおおおお!!


「と、とりあえず助けようか、お姉ちゃん……?」

「いけませんアリス様! こんなたの……ただのステラ様のスキンシップです!」


 たの、って言ったなガルム策士!!

 なにがいけませんだよ!!

 ちょ、助けてええええ!!


「大変ですわ! お奈落さまが、奈落を抜ける前に天国へ旅立ってしまいますわあああああ!!」


 そう思うなら助けてえ!


「ラクナおねえちゃん、はやく泥団子を装備して!」


 いまバストアップしてどうするのよ!!

 こっちは意識がバーストアップしそうなのに!!

 

「あはははははは! だいしゅき! みんなだいしゅきー!」


 ばたーん!


 魔王さんは、愛を叫びながらダイナミックに地面へ倒れた。

 尚も笑っているが、目はぐるぐるだ。

 大の字になったまま、しばらくすると鼻から風船みたいなのが現れた。

 

 た……。

 たすかった……。


「ラクナ様、お見事です」


 なにがだよ。

 ゆるさんぞガルム策士。


 そもそもよく考えたら、泥団子に変な石って。

 どんな餞別なのよ。

 痛みで訳が分からなかったけど、魔王さんが信じられないくらい可愛かったし。


 ……はあ。

 結局、いつもと変わらない滅茶苦茶なパーティーだったなあ。

 こりゃあ、明日は思い残すことなく旅立てそうだ。

 なんか、急に、無性に笑えて来た……。

 ……くく。

 

「……あはは! あはははははは!!」


 

 ――――――#80 ウィッシュ・ミー・ラック。



「んん!? どうしたんじゃラクナ!?」


「ほほ! ちい子ちゃんが楽しそうじゃ!」


「ラ、ラクナさん?」

「ドトゥーさん、どうしたですか!?」


「ラクナ様……お楽しみ頂けているようで何よりです」


「お奈落さまが、イカレちまいましたわあああああっ!」


「ラクナおねーちゃん、泥団子を気に入ってくれたんだね!」


「おい、魔王に続いて勇者までおかしくなっちまったのか!?」



「……初めて見た……」


「……お姉ちゃんが、こんなに大笑いしてるの……」



 ――――――――――バックトゥー・ザ・ビギニング。


 

 


 

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