#79 月は煌めき、星は瞬く。

 ――業務連絡ッ!


 外はすっかり真っ暗だった。

 夜の奈落は凍えるほど寒くて、吐く息は真っ白。


 私はレトさんとのお話を終えて、王宮の外にやってきた。

 邪竜さんに奈落脱出大作戦を伝えるために。


 神様のこととか世界のこととか。

 まだまだ整理は出来てないんだけれど、とりあえず今は元の世界『ミズガルズ』に帰る事だけを考えようと思う。

 

 ヘル様とガルム紳士が元の世界へ帰るために色々と調べて動いてくれて。

 アリスとフェンリルがパトロールをしてくれて。

 ヨルムンガントとラティさんレトさんが作戦の調査をしてくれた。


 奈落脱出大作戦、必ず成功させよう。


 そして、ミズガルズを――。



「おーい、奈落ちゃん!」


 暗闇に明かりを灯すような声を聴いて、私は顔を上げる。


 闇を保護色とするような、真っ黒な体の邪竜さん。

 赤い瞳だけが怪しく光っている。

 そしてその更に上、邪竜さんの頭の上から魔王さんが手を振っていた。


「ようこそいらっしゃい! さあ、あがってあがって!」


 邪竜さんをまるで自分の部屋みたいに紹介する魔王さんに呼ばれ、私も頭部に乗せてもらった。


「じゃ、邪竜さん。大丈夫ですか。重くないですか」

「ウオッホッホッホ。大丈夫。これで首が折れたとて、儂は本望じゃ!」


 いや、笑えませんよ。

 というか、重くないとは言ってくれないんですね。


 高いところから見渡しても、景色が変わることは無い。

 黒い雲に、黒い大地。

 すっかり見慣れた、変わらぬ景色。


「ちい子ちゃんや。お主、ケガの具合はどうじゃ? 儂の方はいつでも大丈夫じゃぞ」


 邪竜さんがゆっくり翼を広げる。


 その様子だと、魔王さんから作戦のことを聞いたのかな。

 だとすれば、私も元気だし、いつでも出発できそうだ。


「では、奈落脱出大作戦は十二時間後に大決行しましょう!」

「十二時間後? もしかして奈落ちゃん、私の魔力回復を気にしてくれてる? それなら大丈夫だからね」

「いえ、監視が手薄と言ってもなにが起こるか分かりません! 万全の状態で挑まないと!」

「でも……」

「あー。私、お腹痛くなってきちゃいました! たぶん十二時間後には治るので、ちょっと待ってもらえますか?」

「もう、奈落ちゃん。わかったよう。ちゃんと休みます」


《なんだ相棒! お腹痛いのか! 大丈夫なのか!?》

 

 ひとり、わかってない。


「なんじゃ!? ちい子ちゃんお腹痛いのか!? 降ろした方がよいか!?」


 ああもう全然伝わってない!


 でも魔王さんは口元隠して笑ってる。

 まあ、魔王さんに伝わってるならいっか。


「ずっと雲が覆ってるこの世界とも、とうとうお別れだね」


 白いため息交じりで見上げるその横顔は、少し寂しそうでもあり、哀しそうでもあり。

 でもその赤い大きな瞳には、夢や希望が宿ってキラキラ輝いている。

 そんな気がした。


 そう。

 初めは魔王さんをお家に帰してあげたい。

 そう思って脱出の方法を探していたけれど。

 今の私たちは、ただ家に帰るんじゃない。

 人間と魔物が一緒に仲良く暮らせる世界を作りに行くんだ。


 今も戦争状態なのだとしたら、きっと簡単なことじゃない。

 でも、私と魔王さんなら。

 勇者と魔王なら、叶えられるって信じてる。


 そしてもし、その夢が叶ったら、その次は――。


「奈落のみんなとも、もう会えなくなっちゃうの淋しいなあ……」


 魔王さんが再び白い息を吐きながら、呟く。


「まあ、もう二度と逢えないって訳じゃありませんから」


 私の言葉に、魔王さんは珍しく目を丸くして何度もまばたきをした。


「え? でも、私たちの世界は不可侵って話だし、多分もう二度と――」

「不可侵のせいで世界を知らなかったのはもう昔の話です。もう知っちゃいましたし。ねえ」

「あ、奈落ちゃん。悪い顔してる。なになに。何を企んでるの! わたしにも教えて!」

「えへへ。内緒です」

「あー!」


 二人で笑い合っていると、真っ暗だった空に明かりが灯った。


 太陽の光じゃない。

 青白くて、優しい光。

 まるで月のよう。

 すごく綺麗。


 魔王さんも、笑顔でその光を見上げている。

 蒼白の月光に照らされる横顔は、まさに星の瞬き。


 ステラさんッ!

 って私はいつになったらステラさんて呼ぶの!?


「どうじゃ、キレイじゃろー?」


 真っ白な歯を見せながら、青髪の幼女がこちらに向かって得意げに胸を張っている。

 ヘル様。

 深緑のドレスが月に照らされ、こちらはこちらで儚げなお嬢様のよう。

 黙っていれば、美少女なのよね。黙っていれば。


 というか今の言い方だと、この月を作ってくれたのはヘル様ってこと?


「出発の邪魔にならぬよう、数時間で消える太陽を作ったのじゃ。太陽というか、まるで月じゃがな」


 よく見たらヘル様は食堂の椅子を持ち出して、邪竜さんの足元に設置している。

 魔王さんもその様子を見下ろしながら首を傾げた。


「ヘルちゃん、何やってるの? ここは食堂じゃないよ?」

「知っとるわ! 功労者であるニーズヘッグは、食堂に入れぬじゃろ?」


 そう言ってヘル様は王宮へきびすを返すと、顔だけこちらへ振り返った。


「送別会をやるぞ。最後のパーティーじゃ!」


 送別会!

 なるほど、邪竜さんのためにここでそれをやるんですね。

 食堂の椅子やテーブルを持ち出して。

 月を作ってくれたのもそのためか。


 魔王さんは「わたしも手伝うよ!」と地面へ飛び降り、ヘル様のあとを追った。


 ヘル様、本当にありがとう。

 もしミズガルズに帰って、人間と魔物がともに暮らす平和な世界を作れたとしたなら。

 

 私は次に、あなたを必ず救いに来ます。

 

 それが私の夢。私の希望。そして、野望。

 

 神様も手出し出来ない不可侵の世界で、みんなで仲良く暮らすんだ。





 

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