#78 雄材大略ストラテジー。

 ――ステラさんが一匹。ステラさんが二匹。ステラさんが――。


 ふわふわもこもこの魔王さんが、牧場の柵を越えて何匹も集まってきています。

 ふわふわでもこもこです。

 とてもかわいいです。


 そして、七十八匹目の魔王さんが、こちらを向いて口を開きます。


『――奈落ちゃん。友達は、名前で呼び合うものだよ?』

 


 ――ハッ!

 

 

 ――緊急事態ッ!


 サードステラが奪われましたッ!


 私は頭を抱えてその場に崩れた。

 その様子を見て、ヘル様は不思議そうに首を傾げる。

 

「なんじゃ此奴こやつ。どうしたんじゃ?」

「大丈夫だよヘルちゃん。奈落ちゃんはいつもこんな感じだよ」


 ちょ、魔王さんそれやめて!


「言われてみればそうじゃな」


 納得しないで!


《ハハハハ! 相棒、もちっとメンタル鍛えた方がいいぜ!》


 あなたにだけは言われたくない!


 ――ガラガラガラ。


 物々しい音と共に、謁見の間の扉が開く。


「みんないないと思ったら、ここに集まってたんすね!」

「ふぎゅ~。ドトゥーさんが元気そうなんです~」


 牛の獣人の二人!

 ラティさんとレトさん!


 そういえば外に出ているってガルム紳士が言っていたっけ。

 恰好も、二人そろっていつものエプロンドレスではなく、半袖半ズボンの探検隊みたいな姿になっている。

 首元にはスカーフを巻いて、ちょっとおしゃれだ。


「おお、二人とも。おかえりなのじゃ」


 ヘル様が笑顔で迎える。


 二人はヨルムンガントと共に、ミズガルズと奈落を繋ぐ大空洞の調査に行ってくれていたらしい。

 奈落を抜けるには、必ずそこを通らなければならない。

 そこで監視者不在の今、状況を見てきてくれたのだ。


 ラティさんは顔の泥を拭いながら、ヘル様に向けて報告する。


「やはり代わりの監視者はまだ居ないっす。ヨルムンガントさん曰く、妨害してくるであろう神達は予言とやらで今バタバタしてるらしいですし」


 ヘル様はそこまで聞くと、顎に手を当て目を光らせる。


「ほほう、という事はつまり」

「ふぎゅ~、今が奈落脱出の大チャンスなんですう~」


 聞いたか、とでも言いたそうに、ヘル様はこちらへ向かってニヤリと口角を上げて見せた。


 なるほど。

 じゃあ、あとは邪竜さんが回復出来しだいすぐに出発した方が良いって事ですね。


「では、本題の奈落脱出作戦会議じゃ!」

「盛り上がってまいりましたわあああああああッ!」


 おお、作戦会議!

 魔王さんも、シンモラさんの過剰な盛り上げに合わせて拍手している!

 

 まずは邪竜さんの背に乗って、奈落を抜け出すメンバーをおさらい。

 これは私と魔王さん、そしてアリス。

 あとは――。


「ラティちゃんとレトちゃんは?」

「オレたちはここに残るっす! 中庭の手入れとか、ここでの仕事をもっとやりたいですし。あと邪竜は定員四名までみたいなんで!」

「ふぎゅ~。まおー様をお助けしたい気持ちもあるのですが……」

「ううん! わたしのことは気にしなくていいからね!」


 ――ふたりは奈落に残るらしい。

 という事は、脱出するのは私たち三人か。


《つまり俺様を入れて四人か。ふう、定員ぎりぎりだな!》


 あなたも定員に入るの?


「そしてお次は大空洞での妨害じゃ!」


 脱出の時に通るのが、王宮の真上に位置する大空洞。

 いつも雲が覆っていて何も見えないけど、その向こうは大きな大きな空洞になっていて、私たちの世界ミズガルズに繋がっているらしい。

 そこを邪竜さんと一緒に抜けるわけだけど、その時に妨害をされる、と。


 その理由はひとつ。

 不可侵の世界ミズガルズに、外界からの侵入をさせないため。


 つまり妨害をしてくるのは、掟を作った神ということ。

 でも逆に言えば、ミズガルズに入ってしまえば、自分たちの掟の所為で手出しができなくなる。


「監視の手薄な今! 最速で大空洞を突き抜けてしまえばよいと言うわけじゃ!」


 神の存在と不可侵の世界。

 作戦の肝だからこそ、作戦会議の前に授業をしてくれたのね。


 って、作戦これだけ?


 すかさず魔王さんが挙手している。

 さすが魔王さん。

 学びに貪欲だ。


「ちなみにヘルちゃん、大空洞ってどれくらいの深さなの? おじいちゃんでも、抜けるのに結構時間かかっちゃうのかな?」


 ヘル様は目を瞑り、口をへの字にして唸る。


「おそらくニーズヘッグでも、最速で三時間くらいはかかるんじゃないかのう」


 すると、同じく目を瞑っていたガルム紳士が目をかっぴらいた。


「三時間……! フェンリル様、それはつまり……!!」

「ああ、三千六百まばたきだ!」


 いやあ、いらんなあその変換。

 そしてフェンリルはなぜ一瞬で計算できるんだ。


「本当は脱出を手伝いたかったんじゃがのう」


 ヘル様は俯いてため息をつく。


 まあでも、邪竜さんの背に乗って飛ぶわけだし、手助けなんて出来ないもんね。

 むしろ、いろいろと調べて貰って感謝しかないです。


 あれ、そういえば。


「ヨルムンガントはどうしたんですか?」

「うっす、なんか『アタシにしか出来ない事をしてくるわ☆』って言って、どこかに行っちゃったっす」


 ……そうなんだ。

 いったい何だろう?

 出発までには会えるといいけど……。


 ヘル様は相変わらず腕を組んで唸っている。


「ううむ、例えば兄上の足から炎を発射させて、空を飛んだり出来んもんか」

「出来るわけねえだろうが!」

「おフェンリル様に風船を取り付けて、下から火を起こせばお気球の出来上がりですわあ~!」

「勝手に取り付けんじゃねえよ!」

「ボクは猫耳のおにいちゃん、好きだよ!」

「誰が猫耳のおにいちゃんだ!!」


 わちゃわちゃする中、ラティさんがシンモラさんに声を掛ける。

 もぞもぞと自分のポケットに手を突っ込み、取り出したのは小さな白い鍵。


「そ、それは! ワタクシが無くした宝箱の鍵ですわああああっ!」

「お、やっぱりっすか! たまたま外の調査中に拾ったっす!」

「ありがとうございますですわ! これで九つの錠がひとつ開きますわ!」


 九つの錠のひとつ!!

 いや、鍵かけすぎですって。


「まあとにかく! すぐに出発出来るよう、準備をしておくのじゃぞ!」


 ヘル様の掛け声を合図に、ヘル様による授業と会議は幕を閉じた。


 いよいよ、奈落を脱出するときが来た。

 色々と遠回りもしたけれど、みんなのお陰でとうとうその時が来たんだ。

 

 それぞれが謁見の間をあとにする中、私はレトさんを呼び止める。

 

「ふぎゅ? どうしたんですか、ドトゥーさん?」


 ドトゥーさんって誰やねん。

 っていやいや、そんなことはどうでもよくて。


「あの、レトさん。少しだけ良いでしょうか。大事な話があります」





   

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