#77 楽な☆スタディ。

 ――業……務……れ……すぴー。すぴー。


「おい! まだ何も話しておらんわ!!」


 私は𠮟責の声に目を覚ました。


 ここは謁見の間。

 ヘル様が世界のことについて話をしてくれるそうで、魔王さんと共にみんなで集まった。


 それにしても気になるのはヘル様の恰好。

 いつもの黒いフリル付きのドレスではなく、黒いローブを身に纏っている。

 

「ヘルちゃん、どうしたのそのローブ?」


 ほら、さっそく魔王さんのファッションチェックが始まったよ。

 

 ヘル様は腰に手を当て胸を張り、鼻を高くして「ふふん」と鳴らした。


「今日のわらわは先生じゃ! という訳で、それっぽくお気に入りのローブを召したわけじゃ!」

「うん、それはいいんだけど、どうしたの? そのローブ、あちこちビリビリだよ?」

「ぶっ!」


 あ、やべ。

 面白すぎて我慢できずに噴き出しちゃった。


 ヘル様は不機嫌そうに、ぷるぷると小刻みに震えている。

 眉を吊り上げ、目には涙を滲ませ、私に向かって勢いよく指を差した。


「おいラクナ! 何を笑っておる!!」

「いや、すみませんヘル様! ちょ、いくら何でもそれはダサすぎませんか!」

「ぐぬぬぬう! お主、誰のせいでローブがボロボロになったと思っておるのじゃ!!」


 え、誰のせいなの?


 半泣きになりそうなヘル様を、魔王様がなだめながら外へ連れ出す。


 お色直し、はいりまーす!



 ◇ ◇ ◇



 美しい深緑のドレスに着替え、ご機嫌を取り戻したヘル様。

 では、授業再開です。


「ヘルっちゃん、ボクはさっきのローブの方が好きだよ!」


 スルトくん、いつの間に。

 てゆーか、着替えた直後にいらんこと言わなくていいんだよ。

 あとヘルっちゃんて呼んでるんだね。

 村の幼馴染みたいな呼び方だね。


「では、まずこの世界の話じゃ!」

「盛り上がってまいりましたわあああああッ!」


 いやまだ始まったばっかりなのよ。

 気が散るなあ。


「まず、この世界は三階層に、そして九つに分かれておる! ここまでは分かるな?」


 いや、全然分からないよ?

 どゆこと?

 これはどんどん挙手していかないと!

 

「ボクのおうちはドコ?」


 あーちょっとちょっと。

 プライベートな質問はあとにしてもらえるかな。

 そもそもの三階層のところでまだ足踏みしてるから、こっち。


「ムスペル族の故郷はムスペルヘイムじゃな。二階層目の南に位置する世界じゃ」


 あーちょっとちょっと。

 先生、個人的な質問に答えないで。

 こっち置いてかれてます。


「ヘルちゃん、全然意味が分からないよ?」

「なんじゃと!?」


 なんじゃとじゃないよ。

 魔王さんありがとう。


「三階層というのは天空・地上・地下、に分かれておる。神の住む世界は天空、お主らの住む世界は地上、そしてこの奈落は地下に位置しておる」


 ああ、やっと分かりました。


「そして神の住まう世界『アースガルズ』や人間の住む世界『ミズガルズ』など九つの世界に分かれており、それぞれ世界樹によって繋がっておる」


 私たちが住んでた世界はミズガルズと呼ばれている、と。

 ふむふむ。


 魔王さんが「はいっ!」と声を上げながら挙手をしている。

 学びに積極的な姿勢だ。


「ずっと生きて来たけど、そんなこと全く知らなかったし、周りも知ってる感じじゃなかったよ?」

「うむ、そこがこの授業最大のミソじゃ」


 お、すごい腕を組んで胸を張っているぞ。

 とても得意げだ。

 さっきまでビリビリのローブ着てたくせに。


「この九つの世界には神族とヨトゥン族という二つの種族がおってだな。太古より争いを続けておる」


 むー?

 神様と、ヨトゥン?

 あれ、人間は?


「そして人間と魔族の始祖は、神族が作り出した者たちなのじゃ!」

「な、なんですってええええええええッ!!」


 あー、ちょっとリアクションが大きいなあ。

 気が散るなあ。


「ん? お主らは驚かんのか?」


 ヘル様は私と魔王さんのリアクションの小ささに不満げだ。


 まあ正直、話が飛びすぎて実感がない。

 って言うのが本音かなあ。

 しかも始祖ってことは、最初の人間ってことでしょ?

 結局私たちは普通に人間から生まれてるわけで。


「でも、人間も魔族も同じく神さまが作ったなら、どうして見た目とかいろいろと違うの?」


 魔王さんのするどい質問!

 助かります!


「作った神が違うのじゃ。人間はオーディンという神が世界樹の枝を依り代に魔力を吹き込み作り出し、魔族はロキという神が魔縄を依り代に魔力を吹き込み作り出した」


 ロキ!

 そういえば魔物を生み出したって言っていたな!


 そこで今まで黙っていたガルム紳士が口を開く。

 

「この依り代の違いこそが、人間には寿命があって、魔物にはない理由です。人間は世界樹から出来ているのでいつかは枯れます。つまり寿命です。その代わりに魔力が尽きても死ぬことはありません。逆に魔物は――」

「おい、ガルム! 今はわらわの授業じゃぞ! 勝手に解説するでない!」

「失礼しました」


 いや、いい、いい。

 誰の解説でもいいのよ、別に。


 まあでも、つまり。

 魔物の依り代に使われている魔縄は元々魔法だから、魔物は魔力の塊なんだ。そのお陰で人間のように枯れたりしないし、逆に魔力が尽きれば死ぬってことなのね。


 そこで今まで黙っていたフェンリルが口を開く。


「で、テメェらが今まで世界の事を知らなかったのは、そう仕向けられていたからだ」

「仕向けられてた?」

「神族にとってテメェら人間と魔物は自分の子みてぇなもんなんだ。だから守るために不可侵の掟を作った。テメェらが住む世界ミズガルズは、何人なんびとの侵入も、神でさえも許さないって掟をな」

「こらっ、兄上! 勝手に解説するなと言っておろうが!」


 それで私たちは世界のことも神様のことも知らないってこと?

 ミズガルズを神様すら侵入できない様にして、自分たちで作った人間と魔物だけの世界を作り上げたと。

 その掟のせいでフェンリル達も私たちに何も教えられなかったし、監視もされていた、と。


「でも、そんな世界を作った意味ってなんなんですか?」

「……ラクナ、お主はペットを飼いたいと思うか?」

「……え、まあ、はい」

「それはなぜじゃ?」

「……え。まあ、可愛いから、です」

「うむ。そういうことじゃ」


 え。そんな理由でミズガルズは作られたの?


「まあ、魔物を作ったロキは、別の思惑があるようじゃがの」


 ここで魔王さんがフェンリルに視線を送る。

 

「誰も侵入できない箱庭に、神の作った人間と魔族を住まわせる。だからフェンリルはわたしたちのことを人形って言ったんだね!」


 あれ、なんか魔王さん怒ってる?


「だから、悪いって謝っただろうが!」


 喧嘩しないで!


「ねえねえ、『ふかしん』ってなあに? ボクのこと?」


 そんなわけないだろ。


「おスルト様。不可侵っていうのは、可侵が不、という意味ですわ!」


 説明によって全く意味が分からなくなることってあるんだ。


 そういえば、アリスがとても静かだ。

 ちゃんと正座をして姿勢正しく授業を聞いている。

 まあなんだかんだこの子は大人だし、騎士団の団長らしいし、しっかりしてるところはしっかりしてるんだよね。


 微笑みながらアリスへ視線を送る。

 彼女の鼻から風船みたいなのが出ていた。


 いや寝とんのかい!!


「じゃが今からすっごく前に、人間たちが使っておった魔物を封印するための洞穴と、地下世界の此処ニブルヘイムが繋がってしまうという大事件が起こる!」


 すっごく前。

 

「ヘル様、補足させていただきます。すごく前というのは、十七億七千六百五十二万八千まばたききの事です」


 いや分からん。

 補足になっとらん。


「ボクの話はいつ出てくるの?」


 ああ、勝手に喋らないで。

 スルトくんの話は出てこないんじゃないかな。


「いつかはおスルト様の故郷へおランデブーしたいですわあああああああッ!」


 勝手におランデブーしないで。


「ええい、うるさいぞ! お主らはなぜ黙って聞いておれんのじゃ!」


 学級崩壊!

 ヘル先生、学級崩壊してます!


 わいわいとやかましい生徒を見つめ、ヘル様はうっすらと涙を浮かべて震えている。

 そんなヘル様に魔王さまは駆け寄り、頭を撫でながら微笑んだ。

 可愛そうなので、私も声を掛ける。


「大丈夫ですよヘル様。私たちはちゃんと真面目に聞いてましたから……」

「むう。まあ正直、ラクナとステラさえ聞いていれば問題はないのじゃ。よいか、ここからが本題じゃぞ」

 

 ……な、なんてこと……。


 震える私を見て、ヘル様が口角を上げる。


「お、興奮してきたようじゃな?」

「ヘル様……今、ステラって呼びませんでしたかッ!? いや、確かに言ったあああああッ!!」

「どこに興奮しとるんじゃお主は!!」





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