#76 ウィン・バイ・デフォルト。

 ――業務連絡ッ!


 ワタリガラスの二人を見つけました!


 どうやら気を失っている様子。

 人型へ戻ったフェンリルに抱えられ、今は空き部屋のベッドで寝かされている。

 二羽のカラスがベッドの上で布団をかけられている様子は、正直ちょっと可愛かった。


「うん、このまま休めば大丈夫だね!」


 布団をかけた魔王さんは、安堵の表情で頷く。

 

 そっか、よかったあ。

 ……でも気を失っているってことは、やっぱりなにかされたってことなんだよね。

 私たちの為に、角笛を盗み出したせいで……。


「ハ! 確かにコイツらがこんな目に遭ったのは角笛を盗んだからだが、それはコイツらが勝手にやったことだ。テメェが気に病む必要はねぇよ」


 私が目を伏せていると、その様子をフェンリルは鼻で笑う。

 何を考えているのか、見抜かれてしまったようだ。


「はい……。でも、二人はいったいなにがあったんでしょうか。誰に何をされたのか。それは知りたいです」


 フェンリルは腕を組み、息を吐く。

 そして、窓の外の雲へ視線を送った。


「俺と同じだ。神に魔縄を使われ、奈落に捨てられた」


 フェンリルと同じ。

 魔縄を使われて奈落に落とされたっていうのは、確かに同じだ。

 それが神の仕業っていうのは初耳だけど。


 神。

 にわかには信じがたい存在だけど、途方もなく大きい世界樹の根を見た後だと、なぜかそういう存在もいるのかも、という気になってしまう。

 ヘル様を奈落の管理者に任命したのも、神なのかもしれない。

 フェンリルに質問した時の反応も、今考えればそういう事だった気がしてくる。

 


『――無理だな。がそれを許すはずが無え』

『――任命した人を知ってるんですか? 誰なんです?』

『――……言えねえ。悪ぃな』

 


 そうなると、今までの奥歯に詰まった物言いも少し納得がいくかもしれない。



『――なら任命した人に掛け合うよ! その人はどこにいるの?』

『――……お主らでは会うことすら出来んよ』

『――会うことすら? いったい何者なの?』


 

 ヘル様も、こんな様子だったもんなあ。

 確かに神なんて、よく分からない存在だ。

 会うことすら出来ない、はもっともかもしれない。


 うん、まあ考えていても仕方ない。

 とりあえず今はフギンさんとムニンさんのことだ!


「……それにしても、よく一日で見つけましたね。ヘル様はフェンリルを見つけるのに何百年もかかったって言うのに」

「ああ、魔王のお陰だ」


 そう言って懐から取り出したのは、紫色のオーラを放つ黒い針。


 むむ。

 とてもとても見覚えがある。


「まさか、魔王さんが作ったんですか、コレ」


 魔王さんは白い歯を見せて、得意げな表情を見せた。


 かわいい。


 これはロキが使ってきた黒い針、そのミニチュア版て感じだ。

 魔縄を作れるようになって、この針も作れるようになったのか。

 すごい。

 魔王さん天才なのに、更に成長が止まらない!


「この針で魔縄のありかが分かる。要はオマエらが俺を探し出した時と同じやり方だ。しかもこの針は魔縄を解除することも出来る。スゲェよな」


 魔王さんは腕を組み、目を瞑り、顎を上げ、得意げな表情を見せた。


 かわいい。


 今まで魔縄に全く歯が立たなかったけど、魔王さんのお陰で対抗手段を持つことが出来た!

 これは大きい!


 私はベッドの上で静かに眠る二羽のカラスへ視線を送る。

 

 私たちの為に縛られてしまった二人。

 ありがとう。

 私たちは、きっと奈落を抜け出します。


 あ。

 でもこれだけは言っておこう。


「フギンさん、ムニンさん、聞こえますか。私は今あなたの脳に直接語り掛けています。決闘は私たちの不戦勝です。だから目が覚めた時、あなた達はもう私たちの友達です。いいですね」


 ふっふっふ。

 きっとこれで、ふたりは夢の中で私たちとキャッキャウフフなやりとりをしているはずッ!


 その様子を、魔王さんは口をおさえて笑う。


「もう、ずるいよ奈落ちゃん!」


 笑い合い和やかな空気の中、フェンリルが怪訝な表情で私の方を指差す。


「そういえばずっと気になってたんだが、ソレなんなんだ?」


 ソレとは、私のとなりでふわふわ浮いているティルの事。

 物知りなフェンリルでも、ティルフィングの事は知らないんだ。


 ティルはフェンリルに向けて、刀身をぺにゃんと折り曲げた。


 何してんの?

 お辞儀?


 フェンリルの眉間のしわが、さらに深くなった。


「うわ! なんなんだその剣。おもちゃなのか? なんにしてもキモチワルいな」

 

 ボキ。


 ティルからすごい音がした。

 よく見たら刀身が真っ二つに折れている。


 えええ!?

 ど、どうしたの突然!?


 そのまま床に落下すると、力ない声が聞こえてきた。


《……あいつ、いきなり人のこと気持ち悪いとか……ひどくない……?》


 人じゃないけどねあなた。

 そんなことより大丈夫なんだろうか。

 

《……ああ、俺様は心が折れると刀身も折れちまうんだ。まあ気にするな。三分あればまた生えてくる》


 本当になんなのこの剣。


「ええい! 泣いとらんわ!!」


 私たちが折れたティルを囲んで眺めていると、突然聞き慣れた叫び声が聞こえてきた。


 わちゃわちゃと言い争いながら、喧騒が部屋へと入ってくる。

 青髪の少女と赤髪の女性。

 

 ヘル様とアリスがなんか分からないけど揉めている。

 絵面的には小さな子供と大人の女性が喧嘩しているよう。

 なにやってんの、この二人は。


 ヘル様は私を見るや否や、眉を吊り上げ人差し指を向け声を上げた。


「おいラクナ! なんで突然姿を消した! まだわらわが寝ておったじゃろうが!」


 寝ておったじゃろうがと言われましても……。

 むしろ起こさないように気を使ったんですけど。


「おまけに、たまたま会ったお主の妹は『泣いているのか』と馬鹿にして来おるし!」

「馬鹿になどしていない。ただ、それくらいのことで泣くなど可愛い奴だなと思っただけで――」


 アリスと視線が合う。

 この子と会うのも随分久しぶりに感じるなあ。


 私が小さく手を振ると、アリスはフリーズした後、小刻みに震えだした。


「――あああああああ!! お姉ちゃんが動いてるううううううッ!!」

「めっちゃ泣いとるじゃないか!! おいラクナ! お主の妹はどうなっておる!」


 いやどうなっておると言われましても……。


「お主はお主で、泥だらけじゃし!」


 これはあなたのお兄ちゃんにやられました。


「ヘルちゃん。奈落ちゃんはいつもこんな感じだよ?」


 私っていつも泥だらけなの?


 私が目をぱちくりさせていると、ヘル様はたたた、と小走りにこちらへ突っ込んできた。


「へ、ヘル様!?」

「……大事ないか?」

「は、はい。ヘル様の看病のお陰でばっちりすっきり絶好調です!」

「……それはよかったのじゃ」


 ヘル様のからだ、あったかい。


 私が両手で抱きしめると、視線を感じて顔を上げる。

 アリスが涙を拭きながら、物欲しそうにこちらを見つめていた。


 私が両手を広げると、赤い髪を振り乱しながら飛び込んでくる。

 二人をめいいっぱい抱きしめて、あったかい気持ちに包まれた。


「泉では、大変な目にあったそうじゃな」

「……はい。しかもよく分からないことも沢山で……」


 ヘル様がなにかを閃いたように、部屋の入口へ走り出す。

 その表情は、眉を吊り上げ、口角を上げた、いつものヘル様。


「今なら監視者も寝ておるわけだし、いい機会かもしれん!」


 ん?

 突然どうしたんだろう?


「お主が出会ったロキ、そしてこの世界について、話をしてやろう!」


 あ、そっか。

 今までいろいろ話せないのは、奈落の監視者がいるからって言ってたっけ。

 だとすれば今なら……。


「ただしラクナ!」

「はいっ!」

「寝るなよ?」

「うっ!?」


 私の反応に、ヘル様は鋭いジト目を向けるのだった。





   

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