#73 レジャー・トレジャー・ストレンジャー。

 ――業務連絡ッ!


 さて、元気いっぱい夢いっぱい!

 お腹もいっぱいにしたいので、目指すは食堂、王宮闊歩かっぽ


 うんうん、お腹すいちゃったし、まずは食堂に行こう。

 みんなと会いたかったけど、今は出かけてるんだっけ。


《おい、聞こえてるか!?》


 ん、この声は。


《聞こえてるなら助けてくれえ! なんかやべーやつがいるんだああああああ! 相棒おおおおおおおお!!》


 ……。


 …………。


 今のはティルフィング、だよね。

 

 いったい何があったんだろう。

 まるでこの世の終わりみたいに叫んでいたけど……。

 いや、そもそもどこにいるんだろう。


 てゆーか、これからティルフィングが今みたいに突然脳内に直接語り掛けてきたりするのかなあ。

 すごく困るんだけど……。


「ああああ! とんでもないお粘りとお根性ですわあ~!」

 

 むむ。

 この声はシンモラさん。

 どうやら地下から聞こえてくる。


 こんなにテンションが上がってる彼女に近づくなんて嫌な予感しかしないけど、王宮に帰ってきたわけだし、挨拶したい。顔みたい。


 私は恐る恐る階段を降りる。


 誰と喋っているのか分からないけど、ずっとわちゃわちゃしてる声が響いてる。

 やれ悪魔退治だの。

 やれ悪霊退散だの。

 

 ……てゆーかシンモラさんしか叫んでいないような。


 私は階段を降りて、宝物庫の前をそっと覗く。


 そこには、扉の前で剣を持ったまま叫び続けるシンモラさんの姿があった。


 ……ティルフィング、発見!!


 するとこちらに気付いたシンモラさんが話しかけてきた。

 暴れるティルフィングを両手で押さえながら。


「ああ! お奈落さま! 来てはいけませんわ! いま悪魔に取り憑いた剣を懲らしめているところでしてよお~!」


 いや逆でしょ普通。

 剣に取り憑いた悪魔でしょ。


《うわああああああ相棒! 助けてくれえ! 王宮に着いてから、こいつずっとこの調子なんだあ!》


 二万八千八百まばたきもこれやってんの!?

 逆にすごいなシンモラさん!

 いや二万八千八百まばたきがどれくらいか知らんけど!


 と、とりあえず、ティルフィングを助けてあげよう!


「あ、あの、シンモラさん! それ、私の剣なんです!」

「ええ!? お奈落さまの剣!? こんなにもお美しい剣が!? クソダサお奈落さまの!?」


 クソダサお奈落さまッ!!


 シンモラさんは私の言葉が信じられないといった様子で、依然暴れ倒しているティルフィングにしがみついている。


 ……駄目だ!

 私がクソダサお奈落さまなせいで信じて貰えない!


 くううう、かくなる上は!


 ――ヤーレンソーラン装着ッ!


 私は右手に魔力を集め、魔法を想像した。


 久しぶりに行けッ!

 私の水魔法ッ!


 私の右手からどろどろの水が発射され、見事シンモラさんの両腕に命中した。


「ああああああッ! お奈落さまの体液がッ!!」


 体液じゃないです!!


 付着したどろどろ水は見事に手を滑らせることに成功。

 ティルフィングはするりとシンモラさんの腕を抜け出した。


《うわああああん! 相棒おおおおおお!》


 泣き叫びながらこちらへ浮遊してくる伝説の剣。

 勢いよく、私の顔に飛びついてきた。


 あ、うん。

 すごいぬめぬめしてる。

 あんまり引っ付いて欲しくないかも……。


 私たちの様子を見てシンモラさんもようやく信じてくれたようで、顔をほころばせている。


「ああああッ! ぬめぬめの刑ッ! 羨ましいですわあああああああッ!!」


 あ、ぜんぜん違った。


 シンモラさんは絶叫した後、突然何かを思い出したように宝物庫の中へ走っていった。

 部屋の奥から沢山の物をひっぺがえす様な、騒々しい音がする。

 

 相変わらず元気で自由だな、シンモラさんは。

 なんだか安心する。

 そして、ごきげんよう。さようなら。


 私が階段を上ろうとすると、息を切らしながら肩を揺らすシンモラさんに呼び止められた。


「お奈落さまのお宝! 大事に保管しておりましてよ!」


 差し出されたのは、旅立ちの日に取り上げられた私の私服だった。

 まさか宝物庫に保管されていたとは。

 

 私が両手で受け取ると、シンモラさんはにっこり微笑んだ。

 そして私服に袖を通す姿を、頬に両手を当てて見守ってくれている。

 きっと、シンモラさんなりのおかえりってことなんだろうな。


 ただいま、シンモラさん。えへへ。


「あああああ! 馬糞ファッションの刑ッ! 羨ましいですわあああああッ!!」


 あ、ぜんぜん違った。


 シンモラさんは私の全身を舐めるように見回し、恍惚な表情を浮かべている。

 そんなに羨ましいなら奈落を抜けた後、シンモラさんにこの服を買ってきてあげようかな。


「シンモラさん、もし地上に行ったらこの超ハイセンスファッションのお土産買ってきますね!」

「あら、お奈落さま。とっても嬉しいですわ。おステラさまも同じことを仰ってくださいました。ワタクシ、良いお友達を持って、本当に幸せですわ!」


 ん?

 ちょっと待って。

 いまなんて言った?


「シンモラさん。いま魔王さんのことって言いました?」

「もちろんでございますわ。ワタクシたちはお友達。『シンモラちゃん、おステラさま』と呼び合う仲なのですわああああああああッ!」


 いやあああああああ!!

 セカンドおステラさまも奪われてるうううううううッ!!





 

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