Chapter9-月は煌めき、星は瞬く。
#72 一陽来復ナイトメア。
――おや。
この眩しい光はもしかして。
地上!?
やった。
やったよ!
とうとう奈落を脱出したんだ!
――おい、あいつ勇者じゃないか!?
あ、どうも。
勇者です。えへ。
――勇者! どうして魔王を倒してないんだ!!
え。
え?
あ、いや、その。
――世界を救うって言うから応援したのに!!
うう。
ううううう。
――この役立たず!!
――期待外れもいいところだ!!
――処刑だ! こんなやつは処刑しよう!!
いや!
ちょっ、ま!
ああああああああいやあああああああ!!
「うわああああああああ!!」
……は。
……ここは。
ふかふかのベッド。
散らかったチェスト。
窓からは、淡い光が漏れている。
間違いない。
私の部屋だ。
今のは夢か……。
邪竜さんの背中に乗せてもらったところまでは覚えてるけど、そのあとのことは覚えていない。
きっと誰かがここまで運んでくれたんだ。
ふと、違和感を感じて視線を隣へ送る。
青髪の幼女が私の体に腕を絡ませながら、すぅすぅと可愛い寝息を立てている。
……。
…………!?
へ、ヘル様!?
ヘル様が私のベッドで寝ている!?
ななななんで!?
……。
……それにしても、ヘル様の寝顔を初めてみた。
ああ。
黙っていると、なんて可愛いことか。
いたずらしたくなる可愛さ。
すこしだけ開いてる口に、野菜を入れてみたい。
でもバレたら大騒ぎだろうなあ。
うーん。
うーん。
うん?
というか、なんでヘル様がとなりで寝てるの??
「おはようございます、ラクナ様」
ふと、落ち着いた声に顔を上げる。
よく見たら、部屋の隅に椅子を付け、姿勢よく座るガルム紳士がいた。
ガルム紳士!
すごい、こっちも珍しい来客!
二人とも、どうして私の部屋に?
◇ ◇ ◇
どうやら私は、ずいぶん長い間寝ていたらしい。
王宮に帰ったとき、ボロボロの私を見て全員大騒ぎ。
アリスは乱心して仇をうつと叫んで王宮を飛び出し、ヘル様は半泣きでずっと看病をしてくれていたそうな。
ヘル様に関しては、角笛を渡して送り出した手前すごく責任を感じていたっぽい。
で、最終的には疲れて寝てしまったようだ。
「なんせラクナ様は二万八千八百
ガルム紳士は険しい顔で、目を瞑りながら頷いている。
……いや、
そういえば他のみんなはどうしてるんだろう。
なんだか王宮がずいぶん静かに感じるのよね。
まるで初めて訪れた時みたいに。
「ガルム紳士、みんなはどうしてるんですか?」
「フェンリル様とアリス様はパトロール中で、ヨルムンガント様とラティ様レト様の御三方は別件で外に出ています。シンモラ様は激しい戦いを繰り広げているさ中で、ステラ様は――」
「ああああああああッ!!」
私が急に声を張り上げたため、ガルム紳士は目を丸くして話を中断した。
いま、確かに言った。
言ったよね。
ステラ様って。
「ガ、ガルム紳士。もう魔王さんをステラ様って呼んでるんですか……?」
「もちろんです。ステラ様は私の友ですから。もう私たちは『ガルムさんとステラ様』と呼び合う仲です」
いやああああ!
もう呼び合ってるッ!!
ああああ、私が一番最初に呼び合いたかったのにいいい!
『奈落ちゃん。ステラって名前、すごく素敵!』
「似合ってますよ、ステラ。あなたはいつだって一番星です。コッ☆」
『奈落ちゃん! 残念すぎる服とのギャップが素敵! きゅん!』
私の理想のシチュエーションがッ!
くそう!
奪われた!
ファーストステラ様を奪われたあッ!!
ぷるぷると怒りと悲しみに打ち震える私を見て、ガルム紳士も同様に震えている。
……というか、笑っている。
「随分とうなされていたので心配しましたが、元気そうで何よりです」
先ほどまでの表情とは一転して、緩んだ口元に
たぶん馬鹿にされているんだろうけど、私もつられて笑顔になった。
そういえば、長旅のあといつも出迎えてくれるのはガルム紳士だ。
だからかな、こんなに安心するのは。
ガルム紳士はふうと息を吐き、そのまま言葉を続ける。
「ニーズヘッグから、泉でのことは聞いております。ロキ様のことも」
ロキ……。
結局目的も分からないまま消えてしまった。
あの時は魔王さんを守らなきゃ、って必死になって戦ったけど。
魔王さんを連れ去って、何がしたかったんだろう。
……ん?
ロキ
「ガルム紳士。ロキを知ってるんですか?」
「ええ知っていますよ。彼が二人を泉へおびき出した目的までは分かりませんが……」
ぐぬぬぬ。
やっぱり分からないか。
「まあまた現れるかもしれません。用心はしておいた方が良いでしょう」
「……それが、魔力を使い果たして、ロキは消えちゃったんですよ」
私の言葉に、ガルム紳士はゆっくり首を横に振る。
「魔力を使い果たして消えた、という事は、それはロキ様の作り出した分体です。そもそも、本物は自らのこのこ奈落に顔を出すような方ではない。もっと聡明で、狡猾です」
ぶんたい?
あれ、偽物だったの?
信じられないくらい強かったけど?
「あ、あんなのがまたやってくるかもしれないんですか? しかも変身も出来るし……」
「大丈夫です。もし仮にロキ様が我々に変身したとしても、今なら簡単に偽物か確かめることができます」
「……え?」
「合言葉は、『ステラ』です」
あ。
魔王さんの名前。
それは今、王宮にいる人しか知らない名前。
……もし、魔王さんに近づく怪しい人がいたら、これで確かめられる……!
「まあ、難儀な話はこれくらいにして、今はゆっくりお休みください。まだ傷も癒えていないでしょう?」
ガルム紳士は優しく微笑むと、ゆっくり立ち上がった。
「ラクナ様。よくぞステラ様を守り抜いてくださいました。私は友として、あなたを誇りに思います」
「ガルム紳士……」
「おかえりなさい。よくぞご無事で」
床に散らかった服を避けながら部屋を出るガルム紳士を、私は呼び止めた。
「そういえば、魔王さんって?」
「ああ、彼女は今ニーズヘッグにエサをやっています」
エサて。
ペットじゃないんだから。
「そのあとは日が暮れる前にお散歩へ連れ出します」
いやペットか。
「大丈夫です。ちゃんとリードを付けていますから」
いやペット!
扱いがずっとペット!!
なにが大丈夫なのよ。
それだけ言い残して、ガルム紳士は部屋を去っていった。
ま、まあ、私も部屋を出ようかな。
まだ体があちこち痛いけど、邪竜さんに改めてお礼も言わなきゃ。
これからお世話にもなるしね。
……依然となりで寝ている我が主は、どうしようかな。
起こすのもアレだし、とりあえず置いて行こうか。
青髪の少女は変わらず私の体に腕を絡ませ抱き着いて、すうすう寝息を立てている。
黙っていれば、本当に天使みたいな寝顔。
見つめているだけで、自然と笑みがこぼれてしまう。
「ふふ……ただいま、ヘル様」
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